6.用意された教科書
実は3人目の王子がいました‼︎
その王子にこの国を継がせます‼︎
とかいきなり公言すると、かなりの国の混乱が予想されるため色んな手順を踏んで公式な婚姻は約2年後になるだろうとクドウさんが教えてくれた。
それまでに私は、令嬢の子たちが小さな時から習っているマナーやダンス、この国の歴史や政治、他国の語学など様々なことをここ第三離宮に箱詰めになって覚えなくてはならないらしい。
私が離宮に箱詰めになるというのは、2年間にしては山盛りすぎるスケジュールを消化する為というのもあるだろうけど、私が外でノアのことを他言したり色んな派閥に介入することがないようにというのも正直あると思う。
まぁそこまでは言われてないけど。
この離宮に連れてこられて2週間の今、打ち解けてきたメイドさんたちに聞いた話ではクドウさんはかなりの切れ者らしいから、多分箱詰めの意味合いはそうだろうと思っている。
そして、その切れ者のクドウさんよりもノアの方がもっと頭が切れるというのだから本当にどうしたもんか。
私はこれから2年の間、その頭脳明晰なノアを殴るチャンスを狙っていくのかと思うと震えるけれど、なんとか一発お見舞いしてやりたい!
でもこの国の王を殴るわけだから2年後は確実にこの国を出ていくことになる。
そう思うとこれから習う全てのことは逃亡後にも生かされていくかもしれないから本腰入れて頑張ろう!
うお〜〜〜〜‼︎‼︎
何事にも熱くなったことがなかった私は、目的のために燃えていた。
…燃えているんだけど、いまいち身が入らない。
それには原因がある。
用意されている教科書を開きながら拭えない違和感を口にする。
「ねぇ、ノア。聞きたいことあるんだけど。」
ノアは机を挟んで目の前で足を組みながら優雅な仕草で分厚い本を読んでいた。私が呼ぶと顎まである金色の前髪をサラリと揺らして紫の瞳で私を捉える。
「ん?」
無愛想なまま短く返事したノアをジトっと見つめる。
「ねぇ。なんで私は座学の時、ずっとノアの執務室にいるの?」
私は目覚めてこの2週間、ほぼノアと一緒に過ごしている。座学の際は講師もノアが務めているのだからびっくりする。
「なんだ、そんなことか。」
ノアは分厚い本をパタンと畳むと机に肘を付いて私を楽しげに見据えてきた。
「俺たちは婚約者だろう?婚約者はずっと一緒にいるものなんだ。死ぬまで。」
そばかすのある頬を赤ながら言うのが地味に怖い。
「いや、重すぎるし違うと思う。ずっと一緒っていうのは、そのぉ、物理的にというより精神的にというか。」
「精神?生まれ変わっても一緒というわけか。」
「違います。なぜ私は今1人で勉強出来ないのかと言うシンプルな疑問です。」
「一緒にいては…ダメなのか?」
うっ、食い気味に瞳を潤ませて仔犬のように小首を傾げてくるなんて!
ただでさえ造形美が強すぎるのに。
「いや、ダメっていうか、なんていうか。あと1番疑問で意味不明なことあるんだけど言ってもいい?」
「ん?」
「なんで私が学んでるマナーとか、外国語とか、いろんな本にノアの名前書いてあるの?私が渡された本どう見ても令嬢向けの教科書だよね?これ全部ノアの私物なの?」
そういうとノアはそんなことかとあまり気にする様子もなく真顔になり
「書いた。」
と言った。
「……は?」
「だから俺が書いたんだ。アンタに渡した本、全部。」
私は机の上に重ねて置いた数十冊の分厚い本を見遣る。
「え、ちょ、え、ちょっと待って!これ全部ノアが自分で執筆したってこと⁉︎」
「そうだ。」
ノアは短くそう答えると、傍にあったティーカップを手に取り気品溢れる動作で紅茶を飲み始めた。嘘をついている感じもない。
そんな平然すぎるノアを見ながら一瞬私がおかしいのかな?と思ったけど、そんなはずなかった。
「あっははははははははは‼︎‼︎‼︎」
思わず声を上げて口も隠さず爆笑してしまった。
その笑い声にびっくりしたノアは、動揺したのかティーカップをガチャっと音を立てて置くと
「なっ、なぜ笑う⁈」
と言って赤くなった。
「だって、あは、だって、この高く積んだ令嬢向けの本全部ノアが書いたってことでしょ⁈令嬢向けだよ⁈第三王子が⁈待って、凄すぎる。凄すぎるよ、あはははは。」
「なっ!笑いすぎだ‼︎何がおかしい⁈」
本気でわからないと慌てた表情をするノアはいつもの余裕たっぷりの彼ではなく、不覚にも少しかわいいと思ってしまった。
以前クドウさんが
『自分のものだと印をつけないと安心できませんからね、ノア様は』
と言っていたのを覚えていたから、てっきり名前を書いた私物の教科書を私に貸してくれたものだとばかり思っていた。
それがまさか全部自分で執筆していたって、自分のものだと印をつけるどころか全部丸々自分で仕上げてきたなんて。
ノアは今でこそ私と一緒にずっといるものの、2週間前にファンファーレと共に甲冑姿で帰ってきたということは戦にも出ていたんだろうし、自分の仕事もあるだろう。
「というかこれだけの量いつから⁈なんでノアが書いたの⁈」
そういうとノアは耳まで赤くなり俯いた。そして小さく
「別に、いいだろ。」
といった。
それが私のいたずら心に火をつけた。
「へぇ〜、これをノアがねぇ〜。字も上手だしわかりやすくてすごいね〜。」
パラパラとわざとらしく本を数冊めくっていく。
パラパラめくるだけでもわかるけど、貴族ではない私にもわかりやすい優しい表現ですごく丁寧に執筆してある。
私は素直に感心した。
「笑ってごめん。本当にすごいね、市販できるよ。」
そう言った瞬間に、パッと真剣な顔でこちらを見たノアは素早く立ち上がるとこちらへやってきて、私の後ろに立って背中から囲う体制で机に両手をついた。
そして私の左の耳元に自身の口を寄せると
「市販なんてしない、これはアンタのためだけに書いてきたものだから。」
と言った。
「……え。」
耳元にかかる熱い吐息がくすぐったい。
後ろから囲われて逃げ場もない中、急な緊張感に私は小さく唇を震わせる。
「ずっと舞姫を思いながら書いた。舞姫の一生をもらうんだ。これからアンタが学ぶ全て、アンタに起こりうること全て、俺が知っておきたい。俺の言葉で舞姫に伝えていきたい。」
だから書いたの?
令嬢にしか必要ない挨拶のマナーやダンスの仕草も学んで書いたの?凄過ぎない?
こんなにわかりやすく、令嬢じゃない学のない私でもわかるように。
「い、いつから?」
すぐ左隣を向けば鼻と鼻が当たりそうなほど近くにあるノアの顔を見ることができずに、落ち着きなく手元のページを行ったり来たりさせながら聞く。
「ずっと前から、舞姫を思いながら書いた。」
耳に当たる吐息とノアの低い落ち着きのある声に身を震わせた。
その時
"ビジネスパートナー”
という言葉が浮かび、思わず胸がギュッとなる。
ずっと前からノアはこの本を書いていた。まだ見ぬ舞姫というビジネスパートナーのために。
私のためじゃない、舞姫のために。
……うん。そうだよね、危ない危ない、思わず自惚れるとこだったわ〜。切り替えなきゃ。
赤くなる頬を落ち着かせて、笑顔を作った。
「ありがとうね!忙しいのに前から準備してくれてたんだ!」
気持ちを落ち着かせたのに、なぜか涙が出そうになった。
私が舞姫だと嘘をつかなければ、この丁寧にノアが書いてきた教科書は違う子が喜んで見ていたのかな?
それを見てノアは優しく微笑んだりしたのかな?
なんだろ。なんでこんな気持ちになるんだろ。
私が唇を強く噛むとそれを見ていたノアが
「舞姫?」
と心配そうに覗きながら言ってきた。
その瞬間、私は言うつもりもなかったことを思わず言ってしまった。
「…んで。」
「ん?」
ノアが聞き返したので、左隣を向いてノアの顔を見る。
西日を受けて紫の瞳に光が入りアメジストのように輝いている。
「舞姫じゃなく、アメリアって呼んで。」
そう言った瞬間、ノアは一瞬驚いて目を見開いた。
でもすぐに目を細めて微笑むと、机に付いていた両手で私を後ろから強く抱きしめた。
そして短くはぁっと息を吐く。
逃げ場のない甘い香りが私を包んだ。
「俺の…アメリア」
と、少し震える声でそう言った後、ノアは柔らかい唇で私の下唇を甘噛みするようにゆっくりと優しく口付けをした。
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