戦わない理由
1937年の大陸での1コマ。
「日本軍が万里の長城まで攻めてきた!!」
「やつらは我々中国人の住む場所を奪っていった!!」
「日本軍は敵だ!!」
1937年。
中国は日本と戦争していた。
5年前に日本軍が建国した国満州国により日本軍による大陸での横暴はさらに見るに堪えないものとなり中国各地では学生達がデモを起こしていた。
「花蓮こっちよ。」
苑花蓮は女学校の級友宋鈴に連れられデモをする学生に会いに行く。
そこで宋鈴の恋人を紹介される。彼はデモ隊の指導者だ。
「信秀、こちらは花蓮よ。お父様は国民党の政治家で蒋介石とも親しい間柄なのよ。」
「はじめまして。お会いできて光栄ですわ。」
花蓮は挨拶する。
「花蓮さん、お聞きしますが貴女は今の日本軍の横暴をどう思いますか?」
「由々しき事だと思いますわ。お父様も偉い政治家の方々がいらした時にそう話しておりますわ。」
「でしたら、我々の仲間になりませんか?」
「花蓮、一緒に武器を持って日本軍と戦うのよ。」
宋鈴も同調し花蓮を誘ってくる。
「日本軍と?」
「そうよ。」
「ごめんなさい。それはできないわ。」
花蓮は迷わずに答える。
「花蓮、どうして?」
「日本軍と戦えばあの人とも敵同士になってしまうからよ。」
花蓮は叫ぶ。
時は遡ること3年前。花蓮が女学校に入学した年だった。花蓮は幼い頃からたくさん習い事をさせてもらった。フランス語にバレエ、バイオリン、刺繍と何でも習った。
習い事は嫌いではなかったが女学生になると遊ぶ時間もほしくなる。一度だけ宋鈴の家に行こうとしてバイオリンのレッスンを抜け出したことがある。
しかし学校を含めた普段の外出は家の馬車を使っているため1人で外に出たことがなかった。
宋鈴の家までの道のりが分からなかった。
途方に暮れていた時
「お嬢さん、1人?」
男性が3人話しかけてきた。装いからして中国人だ。
「はい、友達の家に行きたいのですが道が分からなくて。」
「だったら俺達が送ってってあげるよ。」
男の1人が花蓮を抱き寄せる。
「やめて下さい。」
「いいじゃないか。」
花蓮は男達に囲まれ車に乗せられそうになる。
その時
「おい!!」
日本軍の軍服を来た青年か男達の前に現れた。華奢で軍帽から垣間見える顔は白く美しい。
「なんだてめえは?」
「汚い手で僕の許嫁に触らないでくれるか?」
美青年に許嫁と言われ花蓮は頬を赤く染める。
「何だと?やっちまえ。」
男達は青年目掛けて殴りかかる。しかし青年は瞬速でかわし反撃する。
「さあ、行くよ。お嬢様。」
花蓮は手を握られ走り出す。
「待て!!」
男達は追ってくる。
どれほど走っただろうか?前方に馬車が見えてきた。
「あの馬車まで走れるか?」
「はい。」
花蓮は全速力で馬車まで走ると青年に手を支えられ乗り込む。青年は自分も馬車に乗ると御者に一言「出してくれ」という。
馬車は動き出した。自分はどこに連れていかれるのか?
花蓮は不安になってきた。青年は花蓮を心配そうに見る。
「安心して。僕は女だ。君をどうこうしようだなんて思っていない。」
青年は花蓮に名刺を渡す。
「川島芳子」
名刺にはそう書かれていた。「よしこ」という名は日本人の女の子に使われると父から聞いたことがある。
「君の名前は?」
「苑花蓮、中国人です。」
「君のようなお嬢様がなぜあんな場所へ。」
芳子は花蓮の丸襟にピンクのワンピースという姿からどこかの令嬢と判断したのだろう。
「お恥ずかしい話ですが、習い事が嫌で抜け出してきたのです。友達の家に行こうとしたのですが1人で外出したことがなくて道が分からなってしまったのです。」
花蓮はことの経緯を芳子に話す。
「花蓮ちゃん」
芳子は花蓮の隣に移動すると手を握る。
「いいかい、外には危険がたくさんある。親切そうな顔して近づいて騙そうとする人も。花蓮ちゃんに何かあったら君の家族が悲しむ。だからこんなことしちゃいけないよ。」
「はい。ごめんなさい。」
花蓮は謝罪すると芳子に髪を撫でられる。分かればいいんだよと言われるように。
「芳子様、そもそも中国人であるわたくしをなぜ助けてくださったのですか?貴女は日本人のはずなのに。」
「そうだな。」
芳子は一瞬考える。
「日本と中国の距離を縮めるためかな。」
「日本と中国の間にある海をなくすってことですか?」
「ははは、面白い事言うね。距離を縮めるっていうことは仲良くなるってことだよ。今日の僕と君がその一歩だね。」
芳子は花蓮を抱き寄せる。
馬車が家に着くまでの間だったが話は付きなかった。
「僕がなんで男装してるかって?越劇女優への未練かな?」
越劇というのは女性だけで演じる中国の演劇である。男の役も女優が演じるのだ。
「越劇の養成所に入るために日本から来たが箸にも棒にもひっかからなくてね。それで男になれる軍に入隊したってわけさ。」
「そんな理由ですか?!」
想定外の理由に驚く花蓮
「っていうのは嘘。」
「ですよね。」
本当の理由は亡き父の夢を叶えるだけだと話してくれた。日本と中国が手を取り合って暮らす国を作ることだと。
父の夢を話す芳子は誰よりも嬉しそうだった。冗談も言うが夢に真っ直ぐな芳子に短時間で花蓮は惹かれていった。
「花蓮、正気なの?」
芳子のことを語る花蓮に宋鈴が尋ねる
「ええ正気よ。」
花蓮の気持ちは変わらなかった。
その時
「お前達そこで何をしている?」
軍服姿の将校が現れた。
「あなたは?」
花蓮は将校に見覚えがあった。
「君はあの時の?」
「芳子様?!」
将校は芳子であった。助けてくれたあの時と変わらない軍服姿だった。
「日本の軍人だ!!逃げるぞ!!」
信秀の合図で学生達は走り出す。
「花蓮、行くよ。」
宋鈴が花蓮の手を引っ張る。
「離して!!」
花蓮は宋鈴の手を振り払う。
「ごめんなさい。わたくしは日本軍とは戦えない。」
「分かったわ。もういい。私達これでお別れね。」
花蓮を突き放すような冷たい声で一言呟くと宋鈴は去っていった。
その場には花蓮と芳子の二人だけが残される。
「花蓮ちゃん、大丈夫か?今の友達だろう?」
「友達、いえ友達だったと言う方が正しいかもしれません。」
「彼らとは行動を共にしなくていいのか?君も中国人だろう?」
花蓮は顔を上げ芳子を真っ直ぐ見つめると告げる。
「わたくしは中国人ですが日本軍とは戦えません、いえ戦いません。だって芳子様のことが好きだから。貴女に銃を向けることはできません。」
FIN
降ってきたので書きました。
芳子様死なないの初です。自分でもほっとしました。