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9 白の使い魔

※本日、数回ほど更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。




「それではメアリさま。夕飯のお支度が済むまでは、このお部屋で自由にお寛ぎを」


 メアリを部屋に案内してくれたのは、エドガルドの魔法によって召喚された使い魔だった。


 真っ白な髪に真っ白な肌を持つ、先ほどの少年だ。

 エドガルドにメアリの世話を命じられた彼は、メアリが転移してきたときに居た部屋まで案内してくれた。


 改めて眺めても広い部屋だ。大理石の床や壁の他には天蓋付きの大きな寝台しか無いことも、この部屋をより広く見せていた。


「全体的に大きなお城ね。ここはエドガルドさまのお住まいなの?」

「はい。アイゼリオン国の北東、ご主人さまの領地にある居城です。これまでこの城にお住まいの王族は、ご主人さまおひとりだけでした」


 少年の物言いが過去形なのは、今日からメアリが住むからだろう。

 神殿の外に住むなんて、メアリにとっても初めてのことだ。こんなに長く神殿を離れていたことだって、記憶の限りでは一度も無い。


「ところで、エドガルドさまは一体どちらでお過ごしなのかしら?」

「……申し訳ありません。回答の許可をいただいていない内容です」

「あ! こちらこそごめんなさい、謝らないで!」


 少年が頭を下げたので、メアリは慌ててそれを止めた。

 先ほどメアリを抱き締めたエドガルドは、しばらく経ってようやくメアリを解放したあと、ものすごく嫌そうな声でこう言ったのだ。


『今日はもういい、部屋に戻れ』

『エドガルドさま。しかし、悪女のお勤めについてが……』

『もういいと言った、以降は明日だ。……約束通りの自由と贅沢を与えてやるから、これ以上俺を振り回すな……』


 あの声音は、心の底から疲れ切った人のものだった。

 改めて同情していると、使い魔の少年がメアリに苦笑を向ける。


「それにしても、今日はメアリさまにとって大変な一日でしたね」

「ええ、本当に……」


 メアリは溜め息をつきながら、あの紫色の瞳を思い浮かべた。


「まさか私の魅了魔法が、エドガルドさまにうっかり効いてしまうなんて」

「……」


 すると、使い魔の少年がぽかんとする。


「ど、どうかした?」


 いまのやりとりの一体どこに、驚くような要素があっただろうか。メアリが焦って尋ねると、少年は恐る恐る尋ねて来た。


「……メアリさま。普通は『大変だった』といえば、神殿を追放されたことや婚約破棄、ならびにうちのご主人さまに売られてしまったことを指すのでは……」

「その辺りは別に、大変というほどでは」


 メアリはきっぱりと少年に答える。


「聖女を辞められて嬉しいし、神殿から解放されたのは幸せだわ。婚約も破棄できて自由になれた上、エドガルドさまには神殿以外で働いたことのない私を破格の条件で雇ってもらえたんだもの。それも、目指したかった悪女として! 人生の再出発として、すっごく幸先の良いことだと思わない?」

「そ……そうですね。いえ、そうでしょうか?」

「失敗したことはひとつだけ、エドガルドさまに魅了魔法を掛けてしまったことよ。……本当に嫌そうだったし、罪悪感がものすごくて……」

「…………」


 その説明に納得するどころか、使い魔の少年はますます不思議なものを見る顔になった。


「……ご主人さまはひょっとして、とんでもなく稀有なお方を見付けてしまったのでは……」

「……?」


 メアリは首を傾げながら、不便なことに気が付いた。


「ところでエドガルドさまの使い魔さん。あなた、お名前は?」

「名前ですか?」


 少年は、先ほどまでとは違った驚きの表情で目を丸くした。


「僕に名前はありません。だって、所詮は人外の者ですから」


 その響きが心なしか寂しそうに聞こえて、メアリは更に尋ねる。


「でも、エドガルドさまはあなたのことをなんと呼ぶの?」

「呼んでいただく必要も無いのです。ご主人さまは用事があるときに僕たちを呼び、それをお命じになるだけですので」


 その説明には納得するものの、メアリはううんと考えた。


「……私があなたに名前を付けたら、それは迷惑になるかしら?」

「――!」


 尋ねた瞬間、少年はこれまでで一番びっくりした顔でメアリを見た。


「僕に、名前を……?」

「ええ。エドガルドさまがお使いにならなくとも、私があなたを呼びたいもの」


 すると、真っ白な睫毛に縁取られた双眸が何度も瞬きをする。


「そ……」


 少年は、落ち着かない様子でそわそわと俯いた。


「それは、その、たとえば。ど、どのような名前なのでしょう」

「異国の言葉で、『シュニ』というのはどう? 真っ白で綺麗なあなたによく似た、雪を意味する言葉なの」

「……っ!」


 そう告げると、少年は小さな両手で頬を抑えて呟いた。


「シュニ。……シュニ……」


 繰り返し何度もそう唱えたあと、やがてその頬が赤く染まる。


「……僕にもらった、名前……」

「……ふふ」


 喜びを噛み締めるような表情に、メアリも嬉しくなって微笑んだ。


「これからよろしくね、シュニ」

「っ、は……はい。メアリさま」


 シュニと呼ぶことにした少年は、慌てたように一礼した。先ほどまでは大人びた雰囲気だったが、それとは少し異なる様子だ。


「僕に名前を下さって、ありがとうございます」

「いいえ、こちらこそありがとう。シュニのお陰で、早速悪女の務めを果たせたわ!」

「……はい?」


 シュニが不思議そうな顔をしているので、メアリも不思議に思って首を傾げる。


「だってシュニは、エドガルドさまの使い魔でしょう? 夫のものに勝手に名前を付けるなんて、とっても欲張りでいけないことよね」

「そ……それは、言われてみればそうかもしれませんが」

「悪女の種類は数あれど、『強欲』こそすべての悪い女の基本だと思うの!」


 聖女の仕事以外では、メアリにとって初めての就職だ。不安はあったものの、なんとかやっていけそうなので安堵した。


「私に魅了魔法なんて掛けられてしまったエドガルドさまのためにも、この調子で頑張って『雇われ悪女』を遂行するわ!」

「…………」


 シュニは何度も瞬きをしたあと、ごくごく小さな声で何事かを呟いた。


「……その悪女像は、思いっ切りズレていらっしゃるような……」

「シュニ、どうかした?」


 聞き取れなかったので尋ねるも、シュニはぶんぶんと首を横に振るばかりだ。


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