7 冷酷王子さまの目的は
【2章】
西大陸で随一の大国アイゼリオンには、ふたりの王子がいる。
第一王子は銀髪に赤の瞳を持つ、民に愛される兄王子。
そして第二王子は黒髪に紫の瞳を持つ、呪われた弟王子だ。その第二王子エドガルドは優秀だが、人々には恐れられていた。
何故ならば彼には、『神からの贈り物』とされる魔法が通用しないからだ。
(通用しない、はずなのだけれど……)
ふかふかの椅子にちょんと座ったメアリは、心底から気まずい気持ちで、向かいに座っているエドガルドを見遣った。
「――つまり、お前は神殿の連中や俺から逃げる手段として、魅了魔法を常時発動させていたということなんだな?」
(すっっごく嫌そうなお顔だわ……)
深い溜め息をついたエドガルドが、大きな手で自身の顔を覆う。メアリは申し訳なく思いつつ、エドガルドの前に手を翳した。
「先ほどから、何度も状態異常の解呪魔法を使ってみてはいるものの……」
ふわりと広がった光の魔法陣は、エドガルドに触れた瞬間に、ばちんと音を立てて霧散する。
「本当に、エドガルドさまには弾かれてしまうのですね」
聖女の役目のひとつとして、心身に異常をきたす魔法の解呪は何度も試したことがあった。だが、これも通用しないらしい。
「試しに魔法陣を介してではなく、御身に直接触れて魔力を流しますか? そうすればより効き目が強いので、効果が出る可能性もあるかもしれません」
メアリが尋ねると、エドガルドにじろりと睨まれた。
「……断る」
「ですが」
「どうせ無意味だ。魅了魔法が通用したのが異常なだけで、本来俺に他者の魔法は作用しない。それに」
エドガルドは眉間の皺を深くして、低い声で言う。
「……いまお前に触れると、また離してやれなくなるぞ」
「そ、それは一大事ですね……!」
エドガルドの瞳をよく見ると、何処か切実な感情を堪えるような、鋭い光を宿していた。
先ほども、メアリの上に覆い被さったエドガルドの下から逃れ出るのは大変だったのだ。そのときのことを思い出しつつ、メアリはエドガルドを眺めた。
(魅了魔法の不可抗力で恋なんかさせられて、この人ほんとうにお可哀想……)
「やめろ。諸悪の根源が同情の目を向けるな」
「ごめんなさい!」
メアリは慌てて彼に詫びつつ、状況の分析を再開する。
「エドガルドさまには他者の魔法は効かない。これは大前提として、魅了魔法だけは効いてしまうということなのでしょうか?」
「違う。これまでも、俺の妃の座を狙って小細工をしてきた女は多勢いた。魅了魔法など浴びるほど受けてきたが、そのどれもが無効力に終わっている」
「では、エドガルドさまに通用するのは私の使った魅了魔法だけということになるのですね」
これは一体どういうことなのだろうか。首を捻っていると、エドガルドはじとりとメアリのことを見据えた。
「……俺に掛けられた魅了魔法の分析よりも、お前にとって気掛かりなことは他に無いのか?」
「と言いますと?」
メアリが瞬きをすると、エドガルドはますます険しい顔になった。
「いきなり身柄を買われた末、妃となって悪女を演じろなどと命じられているんだぞ。その意図を探ったり、そもそも身の危険を感じたりするのが妥当だろう」
「エドガルドさまのお言葉で、意図については想像がつきました」
まったく心配をしていなかったので、メアリはけろりとして答える。エドガルドはそれを受けて、こちらを探るように目を眇めた。
「エドガルドさまは、『国を滅ぼしかねないと、神すら危惧する悪女』をご所望。これはつまり『悪女』を妃に迎えることによって、王位継承権を手離したいのでしょう?」
「…………」
「国々の王は、神によって選ばれます。そこには民の意思も、前王の意思も、本人の意思すら関係ありませんから」
この世界では、各国の王城に設けられた聖堂に神からの無言の神託が下る。
神託が行われるのは、王族の血を引く王子が生まれた際と、その国の現王が亡くなった際だ。
男児が産まれる度、どの王子が次期国王にふさわしいかの神託があり、王太子はそれによって定められる。
たとえば一度王太子に選ばれた男児がいても、次に生まれてきた弟に素養があると神が判断すれば、『弟を王太子に』との神託が下されるのだった。
そしてまさにエドガルドこそが神の神託により、兄を差し置いて選ばれた世継ぎなのだ。
「王位継承権第一位の王太子は、神託によって決まるもの。ですが、その王太子殿下が必ず次期国王になるとは限らないのですよね? 正式な次期王はその国の現王が亡くなった際に、そこで下される神託によって決められる……」
メアリは紫の瞳を見据える。
「あなたさまの目的は、この『国王を決める神託』において、ご自身の王位継承権を剥奪されること。――つまりは兄君を次期国王にし、ご自身はその座から退くことなのでは?」
「……」
エドガルドの沈黙は、肯定だった。
無表情のまま目を細め、メアリを見遣るその様子からは、特段その目的を隠すつもりもないさまが見受けられる。
(やっぱり、この予想は当たっていそうだわ)