65 思惑の街歩き
アイゼリオン国の北東、エドガルドの治める領地において、夏は最も過ごしやすい季節だという。
午後の眩しい陽射しの中、涼やかな風の吹き抜ける町を歩いていたメアリに向けて、ひとりの青年が声を掛けてきた。
「メアリさま!」
「まあ。こんにちは、お花屋の……」
荷車にたくさんの花を積んだ青年は、手早く作った花束を抱え、メアリの方に駆け寄ってくる。
「その節は本当にありがとうございました。お陰さまで、弟はすっかり元気です!」
「よかった。くれぐれもしばらくは安静に、無理をしないでとお伝えくださいね」
「はい! だけどあいつ、あれからずっと『メアリさまが優しかった』とか、『大きくなったら結婚する』なんて言ってて……」
「まあ。ふふ」
青年の話す弟とは、まだ四歳くらいの小さな男の子だ。
先日治癒した彼のことを思い出して微笑むと、青年が僅かに緊張した素振りを見せ、俯いた。
その上で、抱えていた花束を差し出してくる。
「こ、これ……改めて、弟を治していただいたお礼です。どうか、受け取ってください!!」
「よろしいのですか? こんなに綺麗で立派なお花……」
「もちろんです!! だって、メアリさまは俺たちの憧れですから!! 優しくて、お綺麗で……弟だけじゃなく、俺だって…………」
そこまで言った青年が、ぴたりと言葉を止める。
「?」
不思議に思って振り返ると、そこにはエドガルドが立っていた。
「エドガルドさま!」
「…………」
不機嫌そうな顔をしたエドガルドが、メアリの前に一歩踏み出す。
そして、青年に向かって手を差し出すのだ。
「受け取ろう」
「ひ……っ」
青年が、はくはくと口を開閉させる。
「どうした? 妃への献上品なのだろう」
「え、ええと……あの、その」
慌てて跪いた青年は、自らの頭上に花束を掲げた。そして、裏返った声で早口に言う。
「こ……こちらを!! それでは失礼します、さようなら!!」
「お花屋さん!」
一息にそう言い切ると、荷車と共に急いで走り去った。ぽかんとしたメアリの後ろで、エドガルドが花束を転移させる。
「行ってしまわれました……どうしましょう、お礼をちゃんと言えていません!」
「俺が離れた隙を狙って、お前に近付くような人間だぞ。必要無い」
エドガルドはひとつ息を吐いたあと、メアリを見下ろす。
「……ひとりにして悪かった」
「いいえ、ご心配なく!」
なんだか罪悪感があるらしいエドガルドに、メアリはにこっと微笑んだ。
こうして領地を見回ることは、これまでに何度も経験している。王都のような都会では難しいだろうが、この辺りはエドガルドの治世のお陰で、とても治安が良いのだ。
「それよりも、お城を出てからずっとついてきていた追跡魔法は、問題なく解除できましたか?」
「ああ。やはり、父王の使った魔法だ」
メアリの手を取ったエドガルドが、歩き出しながら教えてくれる。
「遮断した上で、改めて使い魔に返事をさせた。『その呼び出しには応じない』と」
エドガルドの横顔は冷静で、そこにある感情が窺えない。
「――お前を置いて、誰が王都に戻るものか」
「…………」
シュニから聞いた伝令を、エドガルドは一切受け入れなかったのだ。
「……ですが、エドガルドさま。お父君があのようなご命令をなさるのなら、とっても大事なお話があるのでは?」
「出向いたところで、俺に利のない通達をされて終わるだけだ。挙げ句の果てに、留守の間は……」
(エドガルドさまの兄君。ヴィンセントさまが、代わりにこの地へいらっしゃると)
エドガルドは、それも含めて機嫌が悪いらしい。
「ひょっとして、私とエドガルドさまの結婚に反対なのでしょうか。だからこそ、私を置いてお戻りになるよう仰せなのかも」
「だとすれば尚更知ったことか。俺は……」
そんなことを話す言葉を止めて、ふたりで同時に上を見上げた。
「………………」
メアリたちの頭上一メートルほどのところに、ごく僅かな魔力の瞬きが感じられる。
それが何かは明白で、メアリは素直に口にした。
「追跡魔法ですね。きっとまた、お父君の」
「……なんなんだ、くそ……」
撒いたはずの魔法の再出現に、エドガルドがうんざりとした溜め息をつく。
「エドガルドさま。これほど幾度も接触があるということは……」
「いい、無視しろ。甘味の店が見たかったんだろう、さっさと行くぞ」
「でも……」
エドガルドに手を引いてもらおうと、メアリにはどうしても気に掛かる。ケーキやチョコレートの誘惑も、エドガルドに関わる憂いごとには負けるのだ。
「ひょっとしたら、魔物や瘴気に関わることかもしれません」
「それならば、父王の持つ戦力でどうにでもなる。俺が出て行くまでもない」
「でしたら、エドガルドさまにしか対処できないこと……」
考えられる可能性を思い浮かべ、それを尋ねた。
「この国の、神に纏わる懸案なのでは?」
「――――……」
雇われ悪女の小説1巻、発売中です!
書き下ろし小説は第1部エピローグの間の、イチャイチャを更に補完するエピソード!
両想いになったエドガルドとメアリが、いっぱいキスをして『悪女』を追求するお話です!
***
「忘れるな。……お前がここにいるのは、俺が願ったからだ」
「エドガルド、さま」
今度のキスは、メアリのまなじりに落とされる。
「離れることは許さない」
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