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64 お疲れ気味の王子さま


「あわわっ、あの、エドガルドさま!!」


 念のため抵抗を試みるが、腕力で叶うはずもない。こうしてメアリの『こっそり添い寝する悪女』計画は、無惨な失敗に終わってしまう。

 それどころか、エドガルドの抱き枕も同然だ。


「……これは、夢だな」

「…………っ」


 耳元に柔らかな吐息が触れて、くすぐったさに背筋が震える。


「こんなに美しい人間が、この世界に居るはずもない……」

「お気を確かに、エドガルドさま……!!」


 必死に身じろいだら、片手の自由を取り戻すことが出来た。エドガルドの背中をとんとんと叩き、メアリは彼に呼び掛ける。


「落ち着いてくださいませ、私です!」

「ん……」

「女神ではなく悪女! あなたの婚約者の、悪女、メアリです……!!」

「――――……」


 もう一度、ぎゅっと強く抱き込まれる。

 そのあとで、エドガルドの腕の力が緩み、覚醒し始めた双眸がこちらを見た。


「……メアリ?」

「はい、私です!」


 眠っているときばかりでなく、こうして目を開いていても、やはりエドガルドの造形は美しい。

 至近距離で見詰め合う形になりながら、メアリがしみじみと実感した、その直後だ。


「――――朝から一体何を言っているんだ俺は、いい加減にしろ……!! 大体メアリのような美しい人間が実在するから困っているんだろう、現実を見ろ!!」

「あああっ、エドガルドさま!! お可哀想に、天蓋の柱に頭を打ちつけては駄目です、しっかりしてくださいーーっ!!」


 こうして、『エドガルドと朝の時間を怠惰に過ごす』という悪女の偉業は、達成できずに終わってしまうのだった。




***




「失敗です。今日は『怠惰』の悪女を遂行するべく、計画を練ったのですが……」


 窓辺の椅子に腰を下ろして、メアリはしょんぼりと項垂れた。

 すると、サイドテーブルを挟んで向かい合ったエドガルドが、顔を顰めてぽつりと呟く。


「……『色欲』ではなかったのか」

「? いま、何か仰いました?」

「いいや。まったく。一言も?」

「???」


 明らかに喋っていた気がするのだが、話してはもらえなさそうだ。

 エドガルドはひとつ溜め息をついて、サイドテーブルに置いた花瓶の花と、朝食用のパンを見遣る。


「パンはともかく、この花はどうした? ……さてはまた、新しい悪女業を思い付いたのか」

「いいえ。エドガルドさま」


 メアリは微笑み、白い花びらをちょんちょんと指でつつく。


「お花はとても愛らしいですし、香りもいいでしょう? 本物のお花がこれほど心を癒してくれるのだと、神殿を出るまでは知りませんでした」

「…………」

「ですから」


 恋慕うエドガルドを見上げ、心から告げた。


「お目覚めのエドガルドさまに、お届けしたかったのです。少しでも、あなたに癒されてほしくて!」

「――――――……」

「どうして両手で顔を覆っておしまいに!?」


 婚約者を労る贈り物のつもりが、どうやら苦しめているようだ。

 エドガルドはしばらく呼吸を止めていたようだが、やがてゆっくりと吐き出して、こう言った。


「有り難く受け取る。……何よりも、お前の心遣いに癒された」

「!」


 メアリの心に、ぱあっと明るい喜びが溢れた。


「そう仰っていただけて嬉しいです! それでは朝ご飯に致しましょう、エドガルドさま。今日はお昼頃までご公務もなく、お出掛けはなさらないのですよね?」

「使い魔共が、余計な気を回したようだからな。まったく」

「きっと、私が相談したからです。エドガルドさまと一緒に過ごせる時間が欲しいと」

「………………」


 俯いて沈黙してしまったエドガルドを前に、メアリはいそいそと準備を進めてゆく。パンや果物を並べ、瓶を用意するだけの、ごくごく簡易的な朝ご飯だ。


(……こうお伝えすれば、しっかり休養してくださるかしら)


 内心の考えを顔に出さないようにしながら、心配事を思い浮かべる。


(エドガルドさまは近頃、物思わしげなお顔をされることが増えたわ。ふとした折に、何か考え込んでいらっしゃるような……)


 メアリが声を掛けても、『公務のことだ』と返されてしまう。

 想いを交わした婚約者は、多大な秘密を抱えているのだ。


(このお方は神託によって次期国王に選ばれ、それを退けるために行動していらっしゃる。悪女をご所望になった理由もそのひとつ――だけど、どうして王座につきたくないのかは、教えてくださらない)


 エドガルドは冷酷に見えるものの、統治者としての手腕は優秀だ。彼が国を治めることになれば、この国は発展をし続けるだろう。

 それなのにエドガルドは、王になる神託を退けることに時間を注ぎ、いまもその方法を探し続けている。


(もっと、お力になりたいのに……いっそのこと、真っ向からもう一度お聞きしてみる?)


 メアリが思い付きを試そうとした、そのときだった。


「――失礼いたします。ご主人さま」

「!」


 ノックの音と共に、廊下からこんな呼び掛けがある。


「なんだ。白の使い魔」

「お寛ぎのところ、申し訳ございません。伝令です」

「伝令?」


 扉越しに聞こえてくるシュニの声は、いつもより更に畏まっていた。


「お父君より。……『近く、婚約者を連れず、ひとりでこちらに戻ってこい』とのこと」

「…………」


 エドガルドが小さく舌打ちをする。


(病に臥せっていらっしゃるという、国王陛下?)


 これまで、王室からの干渉は皆無だった。

 だというのに、婚約式を終えた今になって、エドガルドをひとりで呼び出そうとしているのだ。


「その間、エドガルドさまの管轄なさるご公務は、ヴィンセント殿下が果たされるとのことです」

(……エドガルドさまの、お兄さま……)




***

雇われ悪女の小説1巻、発売中です!


挿絵(By みてみん)


書き下ろし小説は第1部エピローグの間の、イチャイチャを更に補完するエピソード。

両想いになったエドガルドとメアリが、いっぱいキスをして『悪女』を追求するお話です!


***


「忘れるな。……お前がここにいるのは、俺が願ったからだ」

「エドガルド、さま」

 今度のキスは、メアリのまなじりに落とされる。

「離れることは許さない」


***


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https://twitter.com/ameame_honey


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