63 つまり悪女の朝は早い
【第2部1章】
すべての国は、異なる神に守護されている。
つまるところ『国』とは、それぞれの神がひとつずつ所有する、人の世界の領土なのだ。
だからこそ、国々の王になれるのは、神によって選ばれた者だけである。
神託によって名指された王族は、王座から逃れることは出来ない。
そうして国家も、王に据えることが出来るのは、神の選んだ人間だけだ。それに背いた国は存続出来ず、やがては滅びの道を歩むことになる。
***
「――メアリさま!」
「!」
バスケットを手にし、城内の廊下を歩いていたメアリは、使い魔に呼び掛けられて振り向いた。
「おはようシュニ。素敵な朝ね!」
「おはようございます。そのお荷物……ひょっとして、おひとりで厨房に入られていたのですか?」
こちらに歩いてくる少年は、肌も髪も雪のように真っ白だ。小さな子供の姿をしていながらも、その振る舞いには大人びた上品さが感じられる。
(世界における魔力の根本を司る、最強の大精霊のひとり。他の人は、この子たちのことをそう呼ぶけれど……)
「言ってくだされば、僕たちがお手伝いしますのに」
シュニは、心配そうにメアリを見上げて言った。
「――頼って欲しいです。メアリさまに」
「ふふ。ありがとう」
精霊が人を愛してくれることを嬉しく思いながら、メアリはシュニに合わせて屈み込む。
「だけど、これは私が準備したかったの」
抱えていたバスケットの中を見せると、シュニはその丸い目をいっそう丸くして呟いた。
「パンと、花束?」
「エドガルドさまの朝ご飯よ。……こっちは、さっきお庭で摘んできたの」
焼き立てのパンとジャム入りの瓶、夏の花々を集めたブーケ。
メアリは立ち上がり、それらが入ったバスケットを抱え直す。
「今日は少しのんびり出来る日でしょう? だから、お部屋でゆっくりのんびり過ごしていただきたくて」
「メアリさま……」
微笑んだメアリを見上げたシュニが、感慨深そうにこう言った。
「ご主人さまは幸せです。あなたのような……」
「――それに、何より大切な役割があるもの」
「?」
ぐっと拳を握り込んだメアリは、今日も決意を新たにする。
「王を怠惰に誘ってこそ、一流の悪女……! エドガルドさまと自堕落な朝を過ごすことで、悪女の任務を果たしてみせるわ!」
「…………」
数秒ほど無言で固まったシュニが、やがてにこっと笑みを作る。
「…………はい! 応援しております、メアリさま!」
「ありがとう! それと一緒に、『エドガルドさまにこっそり添い寝をする』という大罪も犯すつもりなの。どうかしら、悪いかしら……!?」
「実に大変な悪事ですね。ご主人さまは想像すらしていないかと」
「そうよね。が、頑張らないと……! それじゃあ行ってくるわね、シュニ!」
はしたないと分かっていながらも、足早に廊下を進んでゆく。
「…………さて」
こんなシュニのひとりごとも、まったく聞こえはしないままに。
「メアリさまは果たして、何分ほどご主人さまを『のんびり』させられるでしょうか。七分……いや、三分? いずれにせよ……」
***
(失礼いたします、エドガルドさま……)
心の中で呟きながら、メアリは静かに扉を開けた。
カーテンを夏用に掛け替えた寝室は、以前よりもずっと明るくなっている。『自由に立ち入っていい』と許可が出ているエドガルドの部屋を、メアリは慎重に覗き込んだ。
(よかった、まだ起きていらっしゃらないわ。早速、作戦を決行しなきゃ!)
毛足の短い絨毯は、足音を嘘のように消してくれる。
バスケットをサイドテーブルに置いたメアリは、寝台を包む天蓋を開いて、そうっと寝台に忍び込んだ。
(愛する人の寝顔を盗み見るどころか、勝手に一緒に寝ようとするなんて。……ごめんなさいエドガルドさま、メアリは本当の大罪人です……!!)
心の中で懺悔しながらも、ここで手を抜くことは出来ない。
(エドガルドさまは、神に任命された王座を手放したがっていらっしゃるわ。『悪女』を妃にすることが出来れば、エドガルドさまを王にと命じられた神託が撤回されて、このお方の願いが叶う)
そのために、メアリは協力してあげたい。
(これもエドガルドさまのため。覚悟を決めて……!)
改めて見下ろした婚約者を前に、メアリは思わず息を呑んだ。
「…………っ」
寝台では、メアリが心から慕う大切な人が、柔らかな寝息を立てている。
エドガルドの美しい顔立ちは、目を閉じていても芸術品のようだ。それどころか、睫毛の長さが強調され、普段とは違った雰囲気の美貌が際立っている。
通った鼻筋も、綺麗な形をした薄いくちびるも。
滑らかな肌と頬のライン、全てが完璧だと感じるのは、恋をしている欲目だけではないはずだ。
(本当に、美しいお方……)
メアリがじっと見詰めていると、凛々しい眉が少し歪んだ。
「…………?」
(あ!!)
メアリが失敗を悟ったときには、もう遅い。
(どうしましょう、起こしてしまったわ……!)
「…………」
数度瞬きをしたエドガルドは、その深い紫色の瞳でメアリを見上げる。
かと思えば右手を伸ばし、メアリの頬にやさしく触れて、いつもより僅かに掠れた声で言った。
「……なぜ、俺の前に女神が居る……?」
「へっ」
その瞬間、強い力で抱き寄せられる。
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書き下ろし小説は第1部エピローグの間の、イチャイチャを更に補完するエピソード!
両想いになったエドガルドとメアリが、いっぱいキスをして『悪女』を追求するお話です!
***
「忘れるな。……お前がここにいるのは、俺が願ったからだ」
「エドガルド、さま」
今度のキスは、メアリのまなじりに落とされる。
「離れることは許さない」
***
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