61 雇われ悪女の願い(第1部・完)
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「ラデルニア神の意向により、クリフォード殿下は王太子の地位を剥奪されたとのことです」
あの夜会から二週間ほどが経ったある日の午後、異母妹から受け取った手紙を読んだメアリは、それについてをエドガルドに伝えていた。
「クリフォード殿下はそのまま王室を離れて、以後は大神殿に仕えるご予定だとか。ニーナの支えとなってくださるだけでなく、これを機に司教さまたちの汚職について正式な調査を入れて、大神殿の正常化を図るそうですよ」
メアリとエドガルドは、城の中庭にあるベンチに並んで座っている。メアリは膝に手紙を広げているのだが、隣のエドガルドはそちらに視線すら向けない。
「あの男の進退についてなど、どうでもいいな」
恐らくは、その意見が全てなのだろう。
「お前の元婚約者であるという時点で、俺にとっては死んでも良い存在だ。ましてや子供の頃のメアリを放置しておきながら、今更大神殿の是正を始めたところでどうなる」
メアリの口にチョコレートを放り込みながら、エドガルドは続けた。
「神に拒まれ、王太子の座を剥奪され、国を追放されて苦境に放り出される……その程度の処遇が下されたところで、お前を軽んじた罪は拭えはしない」
「でふが……んむ」
「お前は本当にそれでいいのか? 何度も言うが、望むなら誰にどのような報復だってしてやれるぞ。あの男も、異母妹も、司教たちのすべても」
もむもむとチョコレートを食べ終えて、メアリは頷いた。
「いりません。エドガルドさまも、私に内緒でこっそりお仕置きするのは駄目ですよ?」
「……ちっ」
「はっ、さては考えていらっしゃいましたね!?」
「冗談だ」
絶対にどう考えても冗談ではない。メアリは冷や冷やしつつ、改めてエドガルドに念を押す。
「本当に不要なのです。追放していただいたお陰で、私はこうしてエドガルドさまのお傍に居られる訳ですし……」
「無欲だな、お前は」
「とっても欲張りの罪深い悪女であることは、エドガルドさまが誰よりもご存知かと思いますが!」
メアリは決して欲がない訳ではない。ただ、せっかくエドガルドに何かしてもらうのならば、もっとお互いにとって楽しいことの方がいいというだけなのだ。
「あの方たちへのお仕置きに使う時間で、私と過ごしていただけた方が嬉しいです。……いまのように」
「…………っ」
「エドガルドさまーーーーーーーーっ!?」
エドガルドがベンチの背凭れに額を打ちつけ、ごっ! と鈍い音がする。メアリは慌てて手を伸ばし、効かないと分かっている治癒魔法を掛けた。
「今度は何が駄目でした!?」
「駄目じゃない。駄目じゃないから死にそうになっている、可愛いことを言うのもいい加減にしろ……!!」
「魅了魔法では無かったのに、結局はお可哀想なエドガルドさま……!!」
魔法の効果ではないと自認してからも、エドガルドはなんだか苦しそうだ。メアリが何やら迂闊なことを言うと、こうして何かに葛藤している。
「魅了魔法では無かったからこそ、余計に性質が悪いんだ。お前があまりに愛らしいと、あらゆる手段を用いての自制をする羽目になる」
「あ、あらゆる手段を用いての自制……」
大変そうなのは伝わってきて、気を付けなくてはと反省する。
「こんな部分でだけ悪女らしくとも、雇われ悪女としての責務は果たせませんのに……」
「…………」
メアリが悲しい顔をしてエドガルドの額を撫でていると、彼は溜め息をついた。そして座った体勢のまま、メアリを横抱きに持ち上げる。
「ひゃっ!?」
そのまま横向きに彼の膝へと降ろされ、抱き込まれた。
「エドガルドさま……?」
エドガルドは目を閉じると、こつりと互いの額を合わせて言う。
「俺が今、心からお前を必要としているということだけを意識していろ。……それだけでいい」
「……っ!」
自分の頬が火照るのを感じた。けれど甘んじるだけではいけないと、メアリは彼の頬に手を添える。
「エドガルドさまは『お傍に居たい』という、私の欲を叶えて下さいました。ですから私も悪女として、エドガルドさまのお望みを叶えたいのです」
「充分叶えられている。その望みは、俺自身も望んだことだ」
「他にも野望をお持ちでしょう? エドガルドさまが王太子の座を退き、兄君さまにお譲りになれるよう、誠心誠意頑張りますので……」
ただエドガルドの望みを叶えたいと告げるだけでは、また自己犠牲だと思われてしまう。
だからメアリは考えて、にこっと笑ってこう告げた。
「これだって、私の欲でもあります」
「……?」
怪訝そうに目を眇めたエドガルドに向け、自信たっぷりに言い切ってみせる。
「国王さまはご多忙ですもの。ですから私、悪巧みを致しました」
「……メアリ」
「――王位が遠い方が、エドガルドさまに構っていただけるでしょう?」
すると、エドガルドが僅かに目を見張った。
「……」
そうかと思えば彼は身を屈め、口元を押さえて激しく咳き込む。
「げほ……っ」
「エドガルドさまーーーーっ!!」
メアリは慌てて膝から降りると、エドガルドの背中を撫でながら尋ねた。
「申し訳ありません、いまのも駄目でしたか!?」
「お前、わざとやっているだろう……!」
「ごめんなさい、正真正銘の本心だったのですが!!」
「もういい……」
「!」
エドガルドは掠れた声で言うと、メアリをぐっと抱き寄せた。
「そんな企みなどしなくとも、ちゃんとお前の傍に居る」
「…………!」
胸の奥がきゅうっと締め付けられて、泣きたいほどの喜びに満ち溢れた。
「……はい。エドガルドさま」
一度だけ頬を擦り寄せて、それから離れる。照れ臭くなってしまったメアリは、慌てて目を逸らしながら言った。
「っ、あの、お水を取って参ります。少しお待ちを……!」
「……ああ」
顔の火照りは耳まで伝わり、なかなか冷めてくれそうもない。
それを手で押さえて隠しつつ、メアリは急いで駆け出すのだった。
***
メアリがいなくなった中庭に、激しい咳の音が断続的に響いている。
ベンチに腰を下ろしたエドガルドは、身を丸めて口元を押さえていた。制御しようと思っても困難なそれは、何度か繰り返すことでようやく落ち着いてくる。
「っ、は……」
深く息を吐き出して、エドガルドは眉を顰めた。
「――うるさい」
他には誰の姿もない中庭で、『呪われた王太子』が小さく呟く。
「……地獄の底から、そんなに呼ばずとも聞こえている」
その手のひらには、吐き出したばかりの赤い血が広がっていた。
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第1部・完
第2部へ続く
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悪党一家の愛娘、転生先も乙女ゲームの極道令嬢でした。~最上級ランクの悪役さま、その溺愛は不要です!~
悪虐聖女ですが、愛する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、嫌われているのですが)
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死に戻り花嫁は欲しい物のために、残虐王太子に溺愛されて悪役夫妻になります! 〜初めまして、裏切り者の旦那さま〜




