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6 大変な事態になりました(1章・終わり)

 こちらを睨み付けるエドガルドに、メアリははっとした。


「あまりにも自然に視線が来るから忘れていました。エドガルドさまには、私の姿が見えていないんですよね?」

『……魔力の揺らぎで位置は分かる。それよりお前、自分が何を承諾したかの自覚はあるのか?』

「はいもちろん。ですが、雇用契約のお話を進めるにあたって、いつまでもエドガルドさまから私の顔すら見えないのはよくありませんよね?」


 メアリはわしっと水鏡を掴む。こちらが見えないエドガルドの代わりに、使い魔の少年が声を上げた。


「メアリさま!? あの、一体何を」

「エドガルドさまにご挨拶させていただかないと。本で読んだの! 初めての職場で上司と話すときは、上司のところに部下が出向いて行くのが基本だって」

『……?』


 メアリは水鏡に魔力を注ぐ。鏡は膨大な力を漲らせ、強い輝きを放っていた。


「よいしょ」


 ドレスの裾をたくしあげ、大きく広げた水鏡のふちに足を掛ける。


『おい待て。この魔力の揺らぎ方は、まさか……』

「少し離れていてくださいね、エドガルドさま!」

『……っ!?』


 そう告げて、メアリは水鏡の中に飛び込んだ。

 結界らしきものの強力な抵抗を浴びながらも、これくらいなら抜けられる。迸る雷鳴を全身に纏い、真っ暗な空間を通過したと思ったら、次の瞬間には大理石の広間に切り替わっていた。


 落下するメアリの真下には、先ほど水鏡越しに見た黒髪の男が居る。


(わあ、本当に美青年)

「――――……」


 いきなり空中、それも頭上に現れたメアリに対し、エドガルドの反応は早い。

 彼はメアリを抱き留めたかと思うと、瞬時に両手首をまとめて掴み、覆い被さるようにして床に押し倒した。


「きゃ……っ」

「……お前は」


 衝撃でぎゅっと目を瞑ったメアリの顎を、エドガルドの手が掴む。なんとなく意外なことに、その手は思いのほか温かい。


(あら? そういえば)


 メアリは目を閉じたまま、ふと思い出した。


「確かに大した魔力量だ。俺と同等の魔力を持つ人間は、初めて見た」

(忘れていたけれど、私。さっきの魅了魔法を発動させたままじゃないかしら……)


 魅了の効かない使い魔の少年や、水鏡越しでのエドガルドと話した所為で忘れていた。


(あ! だけど影響は無いのよね。エドガルドさまは『他者の魔法が一切効かない、呪われた王太子さま』だもの)

「だが、あまり勝手な真似をするな。今後は俺に無断で近付くことや、水鏡などを使った監視は禁ずる」

(それはつまり、魅了魔法も効かないということ)


 メアリに覆い被さったエドガルドは、これまでより一層低い声で言う。


「理解したか?」

「……はい。エドガルドさま」


 雇用主と話をするのならば、きちんと相手の顔を見るべきだろう。

 そう判断したメアリは、ゆっくりとその目を開いてゆく。紫色の睫毛がふるりと揺れて、桃色の瞳がエドガルドを見上げた。


「――――……」


 その瞬間、ぱちん! と何かが弾けたかのように、エドガルドが僅かに目を見開いた。


 メアリの瞳が普段より赤みを帯びていると、初対面のエドガルドは知らないはずだ。

 それなのに、メアリを見下ろすエドガルドは、言葉を失ったように黙り込んでいる。


(近くで見ても、やっぱり綺麗)


 その黒髪も、紫の瞳も顔立ちも美しい。メアリの手首を掴む右手も、顔の横に突かれた左手も、彫刻のような造形をしている。


「エドガルドさま……?」


 大理石の床に押し倒されたメアリは、夫となるらしき美丈夫を見上げて首を傾げる。


「――お前、いま俺に何をした?」

「え?」


 形のいい眉が歪められて、忌々しそうにメアリを睨む。


「何か魔法を使っただろう。……精神操作、いいや精神支配。それに類するような、おぞましい魔法を」

「……それは……」

「お前の魔法が、何故俺に通用している……?」


 それを聞いて、メアリはさっと青褪めた。


「まさか、私の魅了魔法?」

「……っ、どういうことだ……」


 メアリの手首を掴んだ指に、なんだか切実な力が込められた。


「お前を見ると目が眩む。その声を、いつまでも聴いていたいと感じる」

「え……え?」

「……強く抱き寄せて、そのまま二度と離してやるものかという要求が湧く。……くそ……!」


 心底厭わしげな舌打ちのあと、エドガルドは苦しそうに目を細め、メアリを見詰めるのだ。


「――こうして触れているはずなのに、尚もお前が恋しい」

「……っ!!」


 その瞬間、メアリの心臓もどきりと軋む。

 誰かにそんな言葉を掛けられたことは、もちろん一度もありはしない。魔法の所為だと分かっていても、それは奇妙な感覚だ。


「正真正銘の、この悪女め」


 上に覆い被さっていたエドガルドが身を屈め、メアリの隣の床にごつりと額を押し付けた。そしてメアリの耳元で、掠れた声が告げる。


「……なんということを、してくれた……」

(た…………っ)


 大変なことになってしまった。


 こうしてメアリは、どうしてか魅了魔法の効いてしまった『呪われた王太子』のために、悪女としての妃を務めることになったのである。



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2章に続く

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― 新着の感想 ―
[一言] 魅了魔法かける側…だと… 良きかなぁ(昇天)
[一言] 堕ちた際のエドガルド目線プリーズ と思いましたが、ほぼ本人が口にしてたw これ魅了のせいにして本音ダダ漏れなやつですね
[一言] (これは恋の病なのでは…?)
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