59 罪の告白
【エピローグ】
「エドガルドさ、ま……っ!」
「――それで?」
メアリを寝台に降ろしたエドガルドは、使い魔たちを呼び出して振り返った。
部屋の隅に立ったシュニとフラムは、エドガルドの前でしゅんと項垂れている。ふたりの目は潤み、泣きそうだ。
「ご命令に違反してしまい申し訳ございませんでした。ご主人さま」
「ご、ごめんなさい。でも俺たち、あそこでご命令通りにメアリを遠ざけたら、ご主人さまが死んじゃうと思って……」
ふたりの謝罪を聞いたメアリは大慌てで起き上がり、エドガルドの手を引く。
「エドガルドさま、私が我が儘を言ったのです! シュニとフラムは悪くありません、お叱りは私に」
エドガルドは使い魔たちに、メアリを神から遠ざけるように命じた。けれどもふたりはそれに背き、チョコレートの入ったメアリの鞄を探してくれたのだ。
エドガルドは、メアリたち三人の顔を順番に見遣った後で溜め息をついた。
「その件を追求しようとした訳じゃない」
「え……」
「メアリの命令を聞くことに、さほど躊躇が無かったように見えた。日常的な世話の範囲以外で、何かメアリから命令を受けているな?」
メアリはぎくりとしてしまった。しかし、使い魔たちも気まずそうにメアリを見上げるので、彼らに説明させる前に白状する。
「……みんなにお願いしていたのです。私がエドガルドさまに掛けてしまった魅了魔法の解き方を、一緒に探してほしいと……」
「…………」
エドガルドの眉が僅かに動いた。シュニとフラムはますます項垂れるが、エドガルドは寝台に腰を下ろしながらこう告げる。
「その命令には従うな」
「え……」
使い魔たちと一緒に、メアリも驚いて瞬きをした。
「聞こえなかったのか? 魅了魔法を解く方法は探さなくて良い。俺の使い魔なのだから、これに関してはメアリよりも俺の命令を聞き入れろ」
「で、ですがご主人さま。ご主人さまからも……」
「もう一度言うぞ。今後一切、探そうとするな――メアリからの頼みであろうと、誰の命令であろうとな」
「!!」
その言葉に、使い魔たちの表情がぱあっと華やいだ。メアリだけがまったく飲み込めずに、何度も瞬きを繰り返す。
「え……え?」
「ご主人! それじゃあご主人は、メアリの魅了魔法が解けなくても良いってことなんだな!?」
「分かったのならもう退がって良い。他の使い魔たちにも伝えておけ」
「ご命令しかと承りました、ご主人さま。ありがとう、ございます……!」
「お、お待ちくださいエドガルドさま。それにシュニもフラムもどうしてそんなに、喜んで……!!」
狼狽えるメアリをよそに、使い魔たちはとても嬉しそうにはしゃいでいる。
「やったなシュニ!! 早くみんなにも教えてやろうぜ!!」
「言われるまでも。それではご主人さま、メアリさま、僕たちはこれにて」
そうしてふたりが姿を消すと、寝室にはふたりきりになってしまった。
「ほ……本当に、使い魔さんたちにも探して貰わなくて良いのですか? 魅了魔法を解く方法……」
メアリは少し緊張しつつ、寝台の上にぎこちなく座り直す。
「不要だ。お前も探すのはやめて、毎晩しっかり休め」
「そ、それは」
「……そもそもが、そんなものはどうせ必要ない」
エドガルドが小さく呟いたので、メアリは首を傾げた。けれどもふと不安になり、彼の頬に触れて覗き込む。
「もしや、毒が抜けてからもお体の具合が……?」
「……」
エドガルドは目を閉じて、メアリを安心させるようにこう言った。
「問題は無い。お前がレデルニア神を鎮めたあと、すぐに毒の影響は抜けた」
「……ほんとうに?」
「毒とは呼んでも、あれはほとんど呪詛のようなものだ。……それよりも」
「!」
メアリの手首が捕まって、彼の方へと引き寄せられる。
かと思えばもう一度、お互いのくちびるが重なった。
「……!」
キスをしながら優しく後ろに倒され、メアリの背中がシーツに沈む。何が何だか分からなかった所為で、反射的にその背中にしがみついてしまった。
「っ、ん」
口付けからはすぐに解放してもらえたものの、名残を惜しむかのようにゆっくりと離される。目を開けたメアリが見上げれば、エドガルドはメアリに覆い被さったままこちらを見下ろしていた。
(紫色の、瞳が……)
黒い前髪の掛かった双眸は、神秘的な光を宿して揺れている。寝室の淡い灯りが逆光になっている所為か、いつもより暗くて深い色合いに見えた。
エドガルドは、親指でメアリのくちびるを拭いながら尋ねてくる。
「……『話』の続きが必要だな?」
「〜〜〜〜……っ」
一気に頬が熱くなり、メアリは慌てて抵抗した。
先ほど隠し部屋で口付けをされたとき、メアリは彼に告げたのだ。魅了魔法を解き、雇われた務めを果たしたら、エドガルドからは離れると。
その話は確かに終わっていなかった。けれども続けられる気がしなくて、ぐいぐいと必死にエドガルドを押し遣る。
「明日……! ごめんなさい、お話は明日に」
「駄目だ。……許さない」
「ひゃう!」
今度は頬に口付けを落とされて、メアリは殆ど泣きそうになってしまった。
「え、エドガルドさま……!」
「俺から離れると言った癖に。そのあとにまったく違うことを口にした、本音はどちらだ?」
「う……」
メアリのまなじりに触れてくれる、その仕草がとても恭しい。
左手をメアリと繋ぎ、右手で頭を撫でながら、エドガルドはメアリの耳元にもキスを落とす。そして、僅かに掠れた声で紡いだ。
「メアリ」
大切そうに名前を呼ばれる。
少しだけ身を起こし、代わりにメアリのおとがいを指で掴んで、決してエドガルドから視線が逸せないように上向かされた。
「傍に居たいと、そう願ったな?」
エドガルドは無表情に、けれども穏やかに目を伏せて、愛おしいものに注ぐまなざしをメアリに捧げる。
「……俺に、ちゃんと聞かせろ」
「…………っ」
本心を偽るような大罪を、メアリが選ぶことは出来なかった。
「……お慕い、しております」
震える声でそう答えると、視界が滲んで揺れてしまう。
「……あなたのことが、愛おしい……」
「――――……」
そう答えた瞬間に、メアリの瞳からいくつも涙が零れた。
エドガルドはその指で、子供をあやすように柔らかく、とてもやさしく雫を掬う。
「だったらお前の望むまま、俺の元にずっと居ろ」




