表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍①発売】雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章 大罪の悪女〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/62

58 甘露の罪禍(第1部最終章・完)

 ニーナはそう言って、寂しそうに笑った。ふらつきそうになったニーナを、隣のクリフォードがしっかりと支える。


「駄目だニーナ、贄になるなら私を。仮にも聖国の王太子だった身、今後はどうなるか分からないが……」

「っ、不要です!」


 クリフォードの言葉を遮ったとき、ちょうどメアリを呼ぶ声があった。


「メアリさま! 見付けました、ご命令のものです!」

「受け取れメアリ、ぶん投げるぞ!!」

「シュニ、フラム!」


 ふたりの大精霊たちが、メアリに向けてあるものを放り投げた。

 夜会用に準備したメアリの鞄だ。天井に舞い上がった小さな鞄を見上げ、メアリは声を上げる。


「エドガルドさま! レデルニア神さまのお口を、氷魔法か何かで開けさせてください!」

「……!?」


 エドガルドは胡乱げに顔を顰めたものの、すぐさまメアリの願い通りにしてくれた。

 竜の口を開けるように、氷の魔法が迸る。メアリは鞄を受け止めると、その中身を取り出した。


「レデルニア神のお口にこれが入ったら、氷の解除を! いきますね、うんしょ……っ」

「待て、メア…………くそ!!」

『う、ぐ……』


 物を投げるなんて初めてで、上手くいくかも自信がなかった。それでも渾身の力をもって、メアリはそれをレデルニア神の口に放り込む。


『っ、が……!!』


 それと同時に、エドガルドが氷魔法を解除した。

 氷が一瞬で砕け散り、竜の口が閉じる。その瞬間、レデルニア神が焼け爛れたような目を見開いた。


『…………!!』

「おい。お前が神に食わせたもの、あれはまさか……」

「はい、エドガルドさま!」


 メアリの足元に散乱するのは、手のひらに乗るほどの飾り箱だ。そこから漂う甘い香りは、この夜会で悪女らしく振る舞うために鞄に入れて準備をしてきた、メアリの大好きなものだった。


「世界一美味しい、エドガルドさまお見立てのチョコレートです!!」

「…………」


 夜会のホールが静まり返り、エドガルド以外の全員がぽかんとする。

 エドガルドはその手で額を押さえ、深く大きな溜め息をついた。毒の影響が深刻なのか、眉間には深く皺が寄っている。


「やはり、神殺ししか手立てはないな」

「どうしてですか!? レデルニア神を殺さずに鎮めなくては、エドガルドさまを解毒する手段がなくなってしまいます!」

「鎮める方法がないだろう! 万が一こいつが回復しては、再びお前を狙……」


 レデルニア神が呟いたのは、そのときのことだった。


『……あまい』

「!!」


 先ほどとは違うざわめきが、ホールの中を支配する。


『あまい。……一体これは、これはなんだ……?』

「まさか……」


 エドガルドが低い声で呟くも、ひび割れた声がぽつりと呟く。


『これは、甘露だ……』

「はい! レデルニア神さま」


 神のお気に召したことがよく分かり、メアリはぱっと笑顔を作った。


「これはチョコレートと言いまして、とても素晴らしいお菓子なのです。美味しいでしょう?」

『菓子……?』

「ここにいらっしゃるエドガルドさまが、私に教えてくださったもの」


 メアリは微笑み、エドガルドの手を自分からきゅっと握る。


「私が知る、最も甘い欲望の味です!」

「…………」


 自信満々にそう告げると、エドガルドが再び溜め息をついた。


「エドガルドさま?」

「なんでもない」


 そう言いながら、指を絡めるように繋ぎ返される。途端にこの状況が恥ずかしくなったが、レデルニア神はそれどころではない様子だった。


『……これは、うまいな』

「そうでしょう?」

『ああ。とてもうまい』


 話している声とまなざしが、どんどん穏やかになってゆく。


『無垢で空っぽな祈りよりも。……罪に近い欲望の結晶に、こうも心が晴れるとは……』


 大きな口が開いたかと思うと、あくびのような声が漏れる。レデルニア神が体を丸め、どんどん小さくなっていった。


 大理石の床に残ったのは、小型で可愛らしい1匹の竜だ。

 その竜がくうくうと寝息を立て、眠り始める。同時に、エドガルドの体から黒い靄のようなものが浮かび上がり、ゆらりと消えた。


「エドガルドさま! いまのはもしや、毒が……」

「……解毒されたようだな。レデルニア神が鎮まり、穢れが消えた」

「っ、よかった……!」


 メアリは思わずエドガルドにしがみつき、額を彼に擦り寄せる。それを見ていたニーナとクリフォードが、呆然としながら呟いた。


「まさか……おふたりは、鎮めてしまわれたというのですか?」

「穢れた神を、殺さずになんて……」


 それを聞いていた貴族たちが、安堵しきったように互いの顔を見合わせる。


「助かった、のか……?」


 その事実を噛み締めた上で、彼らはわあっと歓声を上げた。


「邪神と化した神を鎮めたんだ! この国の未来の国王夫妻が、我らを守って下さった!」

「聖女メアリさま!」

「そして聖なる王太子、エドガルド殿下……!!」

「くそ。ふざけるな」


 大騒ぎの中聞こえてきた言葉に、エドガルドは心底嫌そうに顔を顰める。メアリがそれを見てくすくす笑うと、エドガルドが不意に呟いた。


「この気配、兄が来る」

「お兄さまが?」


 この騒ぎを聞き付けて、夜会のホールに向かっているのだろうか。エドガルドは当然のようにメアリを抱き上げると、ニーナとクリフォードに告げた。


「茶番に付き合ってやるのはここまでだ。責任を取るというのであれば、このあとの処理の方に死力を尽くせ」

「エドガルド殿下。この度は我が国の守護神が、かような騒動を引き起こしたこと……」

「ここまでだと言っただろう。謝罪も弁明も何もかも、俺にとってはどうでもいい」

「あの、お姉さま……!!」


 ニーナがこちらに駆け寄ってきて、何か言おうと言葉を探す。けれどもそれは見付からなかったのか、彼女は不安げに尋ねてきた。


「……お手紙を書いても、いいでしょうか……」

「ええ、もちろん!」

「!」


 メアリが迷わずに答えると、ニーナが泣きそうな顔をする。それでも嬉しそうに頷いてくれたのを見て、メアリは微笑んだ。


「またね、ニーナ。クリフォード殿下、後はよろしくお願いします」

「行くぞ。メアリ」


 クリフォードの返事を待つことなく、エドガルドが居城へと転移した。

 夜会の煌びやかな余韻も、凄まじい戦闘の名残もない。




 そして転移先はメアリの寝室で、先日のように寝台へと投げ出されるのだった。



------

第1部エピローグへ続く





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 一気に読んでいました。 めちゃくちゃ面白いです。 続きも楽しみにしてます!!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ