57 神よりもずっと
その瞬間だった。
「……?」
メアリの瞳から溢れた雫が、エドガルドの手の甲に落ちて瞬く。
「これは……」
涙が星のように輝いて、ふわりと淡い光を纏った。
エドガルドがメアリの手の甲を取り、口付けを落とす。
「俺が」
彼は伏せていた目をゆっくり開き、神秘的な紫の双眸でメアリを見据えた。
「お前の心からの願いを叶えてやらないとでも、思うのか?」
「……!」
メアリが息を呑んだ瞬間に、涙の雫から生まれた光が、エドガルドの手で強い光を放った。
それと同時にメアリの中で、大きな力が湧いてくるのが分かる。この力があればなんだって守れそうなほどの、凄まじい感覚だった。
「この力、エドガルドさまも……?」
「メアリ」
大きく身震いしたレデルニア神が、その両腕を大理石の床に付ける。何度もエドガルドに削られた所為か、再生した四肢や尾には、空洞のような綻びが生じていた。
エドガルドはそれを冷静に見据え、ゆっくりとメアリから手を離しながら言う。
「傍に居ると言うのなら、絶対に俺から離れるな。近くに居ないことは許さない、いいな?」
「それでは……!」
レデルニア神は咆哮を上げ、体を更に変貌させる。ホールの隅で震える貴族たちが、怯えた声を上げるのが聞こえた。
ふたりの目の前に立ちはだかるのは、完全体の竜となった姿だ。エドガルドはその右手に、魔法で作り出した剣を握り込む。
「……援護を頼む。後ろの連中と、何よりもお前自身を守り抜け」
「っ、はい!」
メアリが頷いた瞬間に、エドガルドが竜へと踏み込んだ。
襲い来る竜の攻撃を弾くべく、メアリは結界を張り巡らせる。鋭い爪による右腕の攻撃を防ぎ、すぐさま尾による一撃も跳ね除けた。
(さっきまでよりも、防御の反動が弱い……!)
先ほどの不思議な光のお陰か、それともレデルニア神の衰弱によるものだろうか。エドガルドが辛抱強く削ったお陰で、その体に攻撃したときの毒は随分と弱まっているようだ。
「エドガルドさま!」
神が弱っていたとしても、エドガルドが毒を受けていることに変わりはない。けれどもエドガルドは一切の迷いなく、その剣で竜の首を切り払った。
その剣尖をすぐさま翻し、落下してきた首を真っ二つにする。竜が頭を再生させながら襲い掛かるも、エドガルドは再び切先を返す動きを利用して、そのまま左腕を切り落とした。
(っ、すごい……!!)
とんっと床を蹴り一歩退いて、竜が口から吐いた毒霧をかわす。エドガルドはそのまま右手を翳すと、吹き上がった炎で竜の喉を焼いた。
(先ほどまでのエドガルドさまは、やっぱり皆さまを守ろうとなさっていたんだわ)
メアリが結界で抑えていなければ、レデルニア神の攻撃もエドガルドの反撃も危険だっただろう。人々が混乱している状況で、何に巻き込むかは予想が出来ない。
けれどもその守護を、メアリに託してくれた。
(それを振り切ったエドガルドさまは、こんなにもお強い。攻撃力で神に並ぶところではなく)
メアリの視界に映るのは、愛おしい人の見せる背中だ。
(このお方は、神すらもゆうに超えてしまう――……!)
四肢を切り落とされたレデルニア神が、苦悶の悲鳴をあげてのたうち回った。
『聖女、聖女を……! 欲望の味を。甘露を味合わせろ、早く……!!』
忌々しそうに竜を見据えしながら、剣を手にしたエドガルドが踏み出した。
「貴様などが、メアリを欲すること自体が罪だと心得ろ」
『聖女、こちらへ……!』
再生しかけの真っ黒な腕が、メアリの方に伸ばされる。けれどももはやその四肢は、先ほどまでのように蘇りはしなかった。
魔力を帯びたエドガルドの剣が、竜の巨体を真っ二つに切り裂く。
「彼女は、俺の妃だ」
『っ、あ……!!』
直後、真っ黒な靄が吹き出した。
貴族たちがどよめきの声を上げる。けれどもあれは、毒霧などの類ではない。
「再生が、完全に止まった……!」
レデルニア神は動けずに、ぐったりとその腹を上に向けている。エドガルドは短く息を吐きながら、その心臓がある辺りに刃を突き付けた。
けれども彼が動く前に、メアリは慌てて制止する。
「駄目です、エドガルドさま!」
「…………」
結界を完全には解かないまま、メアリは彼にこう告げた。
「エドガルドさまを侵す毒は、神の怒りによる呪詛です。魔法が効かないエドガルドさまがそれを解毒するには、レデルニア神さまのお力がなくては……! 穢れを鎮め、正常に戻した上で解毒してもらいましょう!」
「不可能だ。こいつはもう穢れている、欲が満たされなければ鎮まらない」
「いけません! それに、エドガルドさまがここで聖国の神殺しを行ってしまっては……!」
神を殺す行為とは、その神が守護する国を侵略することになる。ここでエドガルドが聖国を手に入れると、さまざまな問題が起こるだろう。
聖国を乗っ取った『功績』により、エドガルドの次期国王の座が揺るがないものになる可能性だってあるのだ。
「もはや、どうにもならないだろう」
エドガルドが浅く息をつき、剣を握り直す。
「この神の欲を満たすために、お前をみすみす差し出すつもりは毛頭ない。……たとえ、何と引き換えであろうとも」
「いいえ、エドガルドさま……! このままでは、あなたのお身体が」
「お姉さま!」
そのとき、思わぬ人物が声を上げる。
「でしたら、私が代わりに参ります……!」
「ニーナ!?」
消耗しきった様子のニーナが、貴族たちの間から歩み出た。
「私をレデルニア神さまの贄に致しましょう。元はと言えば私の所為、ここは私を召し上がっていただくべきです」
「何を言っているの!」
「殿方を狙って自分に堕とした責任は、取らなくてはいけませんよね?」
本作の書籍化と、コミカライズが決定しました!
皆さまの応援のお陰です。本当に、ありがとうございます……!!
書籍は2024年1月〜2月ごろ発売予定です!
イラストレーターさまや出版社さまなどの情報は、コミカライズの続報とあわせて、今後のお知らせをお待ちいただけましたら幸いです!
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