55 侵食する毒
(レデルニア神さまが、またお姿を変えて……)
人の形をしていた上半身は、無数の蛇のような魔力が集まり、塊となって蠢く姿に変貌していた。
その蛇の頭がエドガルドに襲い掛かり、エドガルドがそれを魔法の風刃で切り落とす。
すかさず竜の尾が迫り来るも、エドガルドは火柱によってそれを退けた。
冷静かつ的確な対処であり、弱体化したレデルニア神が苦しんでいるのも分かる。エドガルドは全力を出していないのに、これほどまでの力を持っているのだ。
(背後に守るものがあり、毒を警戒せざるを得ない状況でも、エドガルドさまはお強い。攻撃力だけでなら、このお方は神にも並ぶのだわ……!)
『邪魔な人間め。退け、退け……嗚呼、聖女メアリを早く食わせてくれ……!!』
「口を閉じろ」
不快そうな声と共に、天井付近で閃光が爆ぜた。エドガルドの放った魔法が、レデルニア神の頭を霧散させたのだ。
『ぎあ、あ、あ……!!』
けれどもその頭は、無数の蛇が蠢いてたちまち再生する。メアリは必死に駆けながら、その神をきっと睨み付けた。
ぼたぼたと落ちた体液のようなものが、床に滲んで新たな蛇となる。エドガルドはそれをすぐさま凍らせ、砕氷した。
レデルニア神が苦しみ悶え、エドガルドは悠然とそこに立っている。エドガルドの背を見据え、メアリは息を呑んだ。
(エドガルドさまの方が、お強い……?)
勝てるのかもしれない。
そう思った瞬間に、メアリは気が付く。
『いい加減に、死ね』
「――――……」
「エドガルドさま!!」
メアリは叫び、エドガルドの眼前に結界を張った。
青い光の陣が展開し、神の攻撃を防ぐ。けれども結界を軋ませるその衝撃に、メアリは思わず背を丸めた。
「っ、う……!!」
「メアリ、何故こちらに来た!」
「エドガルドさま、こそ、どうして……!」
エドガルドがどのような状況で戦っていたのかを、メアリははっきりと理解した。
レデルニア神の周囲には、他の場所とは比べ物にならないほどの濃い毒が漂っている。魔法によって毒への耐性を高めているはずのメアリですら、呼吸が苦しく感じられるほどだ。
ましてやその魔法が効かないエドガルドなど、毒の影響を受けていないはずがない。
「……この神は心臓に近い場所を攻撃した際に、特に膨大な毒を放出するらしい」
エドガルドが僅かに掠れた声で、メアリに告げる。
「一方で頭や手足、尾などの末端部分なら、飛び散る毒は抑えられるようだ。そして欠損した体を再生するごとに、毒素の総量が僅かにだが減っている」
「つまりエドガルドさまは毒に耐えながら、少しずつレデルニア神を攻撃して削り、毒を弱めていらっしゃると……?」
「神の急所は心臓だ、殺すには左胸を攻撃するしかない。だが、いまの毒量で心臓を貫けば、放出された毒はお前の結界でも防ぎ切れないだろう」
つまり、とどめの刺し方を失敗すれば、ここにいる全員が命を落とすことになるのだ。
「皆さまのことはニーナに任せて参りました。私もどうか、ここであなたのお手伝いをさせてください……! 毒からお守りすることは出来なくとも、物理的な攻撃なら結界で弾けます!」
「不要だ。その結界は、お前に負担を齎している」
「エドガルドさまの苦しみに、比べれば……っ」
メアリの姿を見詰めるレデルニア神が、心底から嬉しそうな声をあげる。
『おいで、聖女よ。こちらにおいで、私のところにおいで』
「レデルニア神さま……」
『いつものように。無欲で罪から程遠い、清らかな祈りを捧げておくれ……』
エドガルドが舌打ちをし、使い魔たちを召喚する。呼び出されたシュニとフラムは顔を顰め、とても苦しそうな顔をした。
「シュニ、フラム……!」
「白、赤。この神からなんとしてもメアリを遠ざけろ」
いくら大聖霊といえども、神は精霊にとっての上位存在だ。日頃は互いに干渉しないはずだが、神と聖霊が敵対した場合、聖霊に勝てるはずもない。
けれどもふたりはメアリを守るため、エドガルドの命令に頷こうとした。
「はい、ご主人――……っ」
「いいえ。シュニ、フラム!」
その首肯を遮って、結界を張りながらメアリは叫ぶ。
「ふたりとも、エドガルドさまではなく私を選んで!」
「メアリさま……?」
「おい。何を……」
「言ったでしょう? 私は強欲な悪女だと! エドガルドさまの使い魔さんに名前を付けて、私のものにする悪行も行うのだと……!」
振り下ろされるレデルニア神の尾を、エドガルドが魔法で弾き飛ばした。そこにすかさず落ちてくる蛇を、今度はメアリの結界が防ぐ。
「エドガルドさまをお守りしたいの、私のお願いを聞いて! ふたりには私を守るよりも、探して欲しいものが……!!」
「メアリさま……」
「メアリ」
シュニとフラムは呆然としたあと、互いに顔を見合わせる。そしてメアリの言葉を聞き、ホールの中央へ駆け出した。
「何をしている、使い魔!!」
「ごめんなさい、エドガルドさま」
彼の背後に守られるのではなく、隣に立って結界を張りながら、メアリは告げる。
「魅了魔法の所為で、あなたは私を大事にせざるを得ません。こうして私がお傍にいることは、あなたにとってとても残酷なことのはず」
「まったくだ……! 分かっているならさっさと退がれ!」
「退がれません。毒以外のすべての攻撃からエドガルドさまをお守りします、後ろの人々も守ります! ですからあなたはどうか、すべてのお力を神と戦うために……!!」




