54 妹の存在
呆然とした妹の悲しげな言葉に、メアリはぎゅっと眉根を寄せる。
(小さな頃からずっと、大神殿から出ることも許されなくて。……司教さまに逆らえず、自分で考えることが出来なかったのは、ニーナも同じ)
メアリはそっと膝をつき、ニーナの間近に視線を合わせる。
「あのね、ニーナ」
「……おねえさま……」
メアリは彼女に手を伸ばし、こう告げた。
「歯を食い縛って」
「……え……」
そうしてニーナの顔を手でくるむと、額同士をごちん!! とぶつける。
「きゃん……っ!!」
「メアリ!?」
悲鳴を上げたニーナが額を押さえ、驚いてメアリのことを見上げた。
「悪女だから暴力で解決するの。しっかり聞いて、ニーナ!」
おでこが痺れてじんじんする。ニーナも痛かったはずなのだが、メアリも同じく痛かった。しかし、いまはそれどころではない。
「私には今、あなたが必要だわ!!」
「……!」
メアリと同じ桃色の瞳に、ちかちかと星が瞬いた。
「いますぐ立って、力を貸して! 私の結界を強化した上で、ここにいる人たちを少しずつでも転移させるの!」
「……おねえ、さま……」
「転移魔法は触れている人しか飛ばせない。私ひとりでこの人数は無理だわ! 戦うには狭いホールの中、他の人たちに危害が及ぶかもしれない状況で、エドガルドさまは全力を出せないはず」
エドガルド自身は否定しても、彼はそういう人なのだ。だからこそ、王になるのを避けるためであっても、民を直接殺めて傷付けるような方法は取らない。
「エドガルドさまをお助けしたいの。……お願いニーナ、力を貸して……」
「……っ、私は……!!」
ニーナの瞳から、先ほどよりも大粒の涙が溢れる。
「私は。……誰よりも、何よりもメアリお姉さまに、私の存在を認めてほしくて……」
「ニーナ」
幼い頃から傍に居たのに、誰よりもお互いが遠かった。
大神殿の中ですれ違う際、司教たちに囲まれたニーナの姿を遠目に見たことを思い出す。あのときニーナも同じように、メアリのことを見詰めてくれていたのだろうか。
「認めない訳がないわ」
「……!」
ニーナに手を伸べて、メアリは告げる。
「あなたは生まれたときからずうっと、私の妹なんだもの」
「お姉さま……」
ニーナがぎゅっとくちびるを噤み、メアリの手を掴んだ。そして立ち上がると、涙を手の甲で拭って言う。
「私はお飾りの聖女どころか、神を穢した大罪人です。ですがいまは、お姉さまと一緒に……!」
「ニーナ」
そのとき、レデルニア神が大きな咆哮を上げた。
『退け……!!』
「エドガルドさま!!」
轟音と共に雷鳴が走り、エドガルドの雷が竜の尾を貫く。しかし振り上げられた尾の勢いが殺し切れず、それが天井を打ち砕いた。
『通せ。通せ。そこを通せ、聖女を寄越せ……!!』
「メアリ、逃げろ!」
(いいえ。結界を!)
メアリは祈り、怯えて蹲る人々の頭上に物理結界を張り直す。それが落下してくる無数の瓦礫を弾くものの、どうしても広範囲を守り切れない。
(ただの瓦礫じゃないわ。崩れる天井の塊に、レデルニア神の魔力を帯びている……!)
穢れた神の強い魔力が、結界を作るメアリの魔力に侵食する。結界に瓦礫が当たる度に、術者であるメアリの頭がひどく痛んだ。
ニーナが隣に並び、同じく結界を張ってくれる。それによってメアリの負荷が少し和らいで、顔を上げることが出来た。
「お姉さま、結界は私にすべてお任せください!」
「ありが……」
けれどもそのとき、ニーナの頭上に瓦礫が落ちてくる。
「危ない、ニーナ!」
「!!」
結界を張り直す時間はない。メアリはニーナを抱き締めて庇おうとするが、それすらも間に合うはずがなかった。
その瞬間メアリの目の前で、ニーナに覆い被さった人物がいる。
「ぐ……っ」
「クリフォード殿下!!」
ニーナを押し倒して抱き締めたクリフォードの背中に、邪気を帯びた瓦礫が直撃した。
「く、あ……」
「クリフォード殿下……!? どうしてですの、なんという無茶を……!」
ニーナの顔色が真っ青になり、クリフォードの下から急いで這い出る。ニーナとメアリが治癒魔法を使おうとするのを、クリフォードはすぐに止めた。
「私の治癒は、いま必要ない……」
「ですが、クリフォード殿下……!」
「それよりもニーナ、他の方々の、避難や救助を。……そしてメアリ、君には……げほっ、ぐ」
苦しそうに咳き込んだのは、瓦礫が直撃したことだけが理由ではないはずだ。
神の穢れた魔力か、あるいは毒の所為で、クリフォードの顔から血の気が失せてゆく。
「私の優柔不断や浅慮で、君を、君たちを傷付けた。君が追放されるときだけでなく、そのずっと昔から、僕だけは君の味方であるべきだったのに……」
「クリフォード殿下」
メアリはぎゅっとくちびるを結び、クリフォードに治癒の魔法を掛ける。
「メアリ。私は……僕は」
「ニーナ、クリフォード殿下をお願い。そしてクリフォード殿下は、ニーナをお願いいたします」
クリフォードからの謝罪なんて必要ないのだ。メアリが望んでいるものは、そこには存在しない。
「託したわ」
「……っ!!」
ニーナは相変わらず泣きそうな顔で、それでも懸命に頷いた。
「私にお任せくださいませ。行ってください、お姉さま!」
「ありがとう。ニーナ」
ニーナひとりの結界で、この会場にいる人たちを守れるはずだ。それを確信し、メアリは再び駆け出した。
目指すのは、レデルニア神と戦うエドガルドの元だ。




