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【書籍①発売】雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章 大罪の悪女〜

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53 妹の願い


 ニーナは両手を強く握り締めると、大きな声で叫んだ。


「――嫌!!」

「ニーナ」


 幼い子供が癇癪を起こすかのように、瞳を潤ませながら言う。


「このままでは、また全部お姉さまのものですもの……!! 私にあるのは空っぽだけ。派閥争いのために与えられた特別、嘘ばっかりの愛情! 実際のお役目を果たさせてもらえない、名ばかりで空虚な聖女の立場……!!」


 ニーナはレデルニア神を振り返ると、泣きそうな声で懇願する。


「レデルニア神さま……! お願いです。私のことを愛しているのでしたら、どうか……!!」

『あう、あ、あ……』


 焼け爛れてあぶくを生み出す蛇鱗の腕が、溶けながらゆっくりと一点を指差す。


『……愛しているのは、あの聖女だ』

「――え?」


 ニーナが途方に暮れた声を上げた。なにしろ神が示すのは、ニーナのことではない。


「私じゃ、なくて」


 その指は真っ直ぐに、メアリの方へと向いていた。


「……お姉さま……?」


 エドガルドが、レデルニア神を静かに睨み付ける。


「魅了魔法が切れたか。人間による精神支配の魔法が、神相手に永続するはずもなかったな」

「ですが、レデルニア神さまが正常に戻る様子は……」


 それどころか体を覆う鱗が溶け、いっそう醜い体に変化してゆく。


「当然だ。強制的に『人間と同じ欲』を教え込まれた神が、これまでの超然とした存在のままでいられるものか」

『これが、人の欲……!』


 人間のような形をした顔で、その口から割れたような声がする。レデルニア神は竜の尾を振りながら、両手で自らの顔を撫で回して笑った。


『これが欲。これが望み。なんという甘露……!!』

「罪を拒み、欲を嫌うはずの神に、恋慕という欲を与えるからこうなる」


 エドガルドが忌々しそうに呟いた。どろどろと溶けたレデルニア神が、にたりと笑って恍惚と言う。


『……お前はもっと甘いのか? 聖女』

「!!」


 メアリを掴もうと迫ってきた神の手が、ぱんっと音を立てて弾け飛んだ。


「エドガルドさま!!」

「あれを討つ。お前だけを転移させたところで、どうせどこまでも追ってくるからな」


 エドガルドの魔法で腕を壊され、レデルニア神はけたけたと声を上げ笑う。エドガルドは邪魔そうにマントを払って翻し、メアリに告げた。


「逃げる気がないのなら、せめてこの愚神から離れた場所にいろ」

「……っ」


 エドガルドの傍にいると、縋り付きたい気持ちでいっぱいだった。


(いくら弱体化していようと、相手は神さまだもの。人間ひとりで戦うなんて、普通なら無謀でしかないわ……けれど)


 いまのメアリに出来ることは、愛おしい人の元にいることではない。


「結界を補強し、参加者の皆さまを守護します! エドガルドさまは何卒、レデルニア神さまの毒にお触れにならないよう……!」

「分かっているから、早く離れろ」


 メアリはくちびるを結び、エドガルドたちに背を向けて駆け出した。


『聖女を寄越せ。聖女を食わせろ。私の恋しい無垢なる聖女を……!』

「黙れ」


 エドガルドが返すと同時に、メアリの背後でおぞましい音がする。無数の蛇が蠢くような気配と共に、雷鳴が鳴り響いた。


(毒の危険がある以上、エドガルドさまは強引に力で押すことが出来ないはず。私に出来るのは、少しでも集中しやすくすること……!)


 唯一の出口である階段が崩れた会場で、貴族たちは混乱しながら逃げ惑っている。


「バルコニーの方へ!! 背に腹は変えられん、飛び降りるぞ!!」

「無茶だ、この高さでは死んでしまう!! おい、誰か私の踏み台になれ!! 私は由緒正しき侯爵家の当主だぞ!?」

「みんなあの邪神に殺されるんだわ……!! 息が、息が苦しい……」

「皆さま、落ち着いてください!」


 メアリは息を切らしながら立ち止まり、両手の指を祈りの形に組む。なるべく多くの魔力を込め、魔法を唱えた。


「呼吸が、楽になった……?」


 彼らの体が光を帯び、ざわめき声がする。メアリは先ほどの頭痛をまだ引き摺りながらも、平然としたふりをして背筋を正した。


「皆さまのお体に、毒の耐性を増す魔法を掛けています。エドガルドさまがレデルニア神を遠ざけてくださっている限り、すぐに危険が訪れることはありません」

「エドガルド殿下が……」

「我々を、邪神から守って下さっているのか?」


 ひどい混乱が少し落ち着き、メアリは息を吐き出す。そして次に、一組の男女の元へと駆けた。


「ニーナ!」


 床の上に力なく座り込んでいるのは、異母妹のニーナだ。クリフォードが手を引き、どうにかここまで連れて来たのだろう。


「クリフォード殿下、ありがとうございます! ニーナと一緒に逃げて下さったのですね」

「め、メアリ。すまない、ニーナが……」

「……どうして……?」


 ニーナは俯いたまま、小さな声で何度も繰り返している。


「どうして、お姉さまだけなのでしょう。どうして、どうして……?」

「……ニーナ」

「私は死ぬまで、飾りのまま。自らの力を使うことも、行動することも許されず……にこにこ笑って座っていることだけを求められる、お人形」

「ニーナ!」


 メアリの呼び掛けに、ニーナがゆっくりと顔を上げた。

 泣き腫らしたその目からは、それでもいくつもの涙が零れている。


「私のことを必要としている人なんて、誰もいません……」

「……っ」


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