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【書籍①発売】雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章 大罪の悪女〜

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50 触れる口実



「ん……っ」


 驚いて声を上げるいとまも無く、口付けが深くなる。触れている箇所は熱くて柔らかく、とてもやさしい。


 甘やかされているキスであると、初めてのメアリでも分かるほどだ。

 一方でエドガルドの大きな手は、メアリが逃げることを少しも許さない。


「!」


 掴まれている輪郭ばかりでなく、もう一方の手で腰すら引き寄せられて、反射的にぎゅっと目を閉じた。

 腰からゆっくりと背中まで上がってきた手が、メアリの髪をくしゃりと弱く握り込む。


 別れの言葉を告げるための武装が、混乱によって何もかも溶けてしまいそうだった。メアリが何も言えなくなったのを汲み取ってか、エドガルドがようやくくちびるを離す。


「っ、ぷあ……!」

「…………」


 永遠に重なっていたような気さえするのに、実際はほんの数秒だったのだろう。

 それでも全てが限界であり、なんとか肩で呼吸をするメアリのくちびるに、エドガルドが触れる。


「……閉じなければ、無理やりに塞ぐと先に言った」

「〜〜〜〜……っ!?」


 親指でくちびるを拭われて、耳まで熱くなるのを感じた。


「っ、ひどい、です……!」

「仕方がないだろう。お前が弱っているのを見ると、ひたすらに甘やかしたくなる」


 今日のエドガルドがやさしすぎるのは、メアリが眠れていない所為なのだろうか。

 だからといって、いまのは甘やかされたなんて言わないはずだ。メアリが真っ赤になりながら自身の口を押さえると、エドガルドは目を眇める。


「こうやってお前に触れる口実を、あまり俺に与えるなよ」


 メアリの手首が捕まって、彼の方へと引き寄せられた。

 エドガルドはお互いの指同士を絡めながら、メアリの手のひらに口付けを落とす。


「お前がいま想像している以上に、俺はその弱みに付け込むぞ」

「う……」


 まるで一種の宣戦布告だ。そんな意地悪をされたとしても、口を閉ざす訳にはいかないのに。


「ご自身を縛り付けるような恋心(わたし)など、消してしまうべき物のはずです……」

「メアリ」


 エドガルドに名前を呼ばれるだけで、左胸に幸福が溢れてしまう。

 自分の浅ましさに絶句した。メアリは感情を押し殺しながら、抱き締めてくれているエドガルドを見上げる。


「俺は、お前を――……」


 そのときだった。


「!!」


 地響きのような音と共に、空間がずれたような衝撃を感じる。凄まじい力の発生源は、この穏やかな海辺ではない。


「エドガルドさま! 夜会の会場が……」

「お前はここに居ろ」

「いいえ、行かねばなりません!」


 メアリは咄嗟にエドガルドの腕へとしがみつき、彼を見上げる。


「エドガルドさまもお分かりのはず。この力は恐らく……」

「…………」


 エドガルドは溜め息をついたあと、メアリを連れて踏み出した。


(災害のように大きな魔力。けれど、この中にほんの少しだけ混ざるのは――……)


 周囲の景色が歪むように揺れ、浅瀬の波打ち際から夜会のホールに移り変わる。


「!」


 エドガルドの腕に掴まっていたメアリは、その冷えた空気に息を呑んだ。

 グラスを手にした貴族たちが、強張った顔でざわめいている。ホールに音楽をもたらす楽団も、演奏を中断していいものか戸惑った様子で、恐る恐る音楽を奏でている。


「何事だ」

「エドガルド殿下!」


 エドガルドの姿を見た面々は、安堵と恐怖が半分ずつ混ざった表情を見せた。

 そしてひとりの男性が、ぎこちなく一点を指差すのだ。


「あちらに聖女、ニーナさまが……」


 先ほど隠し部屋で感じた強大な魔力に、異母妹のそれが混ざっていたことは分かっていた。


 エドガルドとメアリの存在に気付いた貴族たちが、視界を遮らないよう左右に分かれる。ニーナに繋がる道を空けるかのように、少しずつ導線が作られていった。


 開け放たれたバルコニーへの扉の前に、ひとりの少女が立っている。

 音色の乱れた演奏が続く中、メアリの髪色のような紫色のドレスを纏った彼女は、満月を背に微笑んだ。


「――お姉さま」

「ニーナ……」


 メアリは思わず目を見開く。


 光に照らされたニーナが、美しく微笑んでいたためではない。傍らにいる元婚約者のクリフォードが、真っ青な顔色をしているからでもない。


「あなたが従えている、その精霊……」

「あら」


 ドレスから剥き出しになったニーナの肩口に、どす黒い何かが纏わりついている。


「精霊だなんてひどいですわ。お姉さま」


 男の上半身に竜と蛇が混ざり、それを醜く捻じ曲げたかのような、歪な異形だ。

 右腕に大蛇を巻きつけ、下肢が巨大な竜のそれである存在は、背中に破れた羽を持っている。それを静かに睨んだエドガルドがメアリを抱き寄せ、守るようにマントで覆ってくれた。


「精霊なんて低次元の存在と、一緒にしては失礼です。ね? クリフォード殿下」

「……そ、それは……」


 クリフォードの声が、助けを求めるかのように震えている。異形が傍にいるとはいえ、その怯え方は尋常ではない。


「エドガルドさま。あの異形の竜は……」

「……お前の想像している通りだろう」


 エドガルドの腕の中で、メアリはぎゅっと眉根を寄せた。ニーナの傍にいる精霊のような異形は、次の瞬間に大きく体を捩る。


 そして歪んだ咆哮を上げたかと思えば、高いホールの天井いっぱいに巨大化した。


『ああああ、あ……!!』

(っ、なんて力……!!)


 エドガルドの腕に守られていても、肌の表面が痺れるほどだ。夜会の参加者である貴族たちが、シャンデリアを揺らす異形を見上げて悲鳴を上げる。


「化け物……!!」

「に、逃げろ!」


 彼らは一斉に走り出した。けれども竜が長い尾を振るい、出口に向かう階段を砕く。


「うわああ、階段が!!」

「行かないでくださいませ、皆さま。歴史が変わる日には、証人が必要なものですわ」


 異形の竜を連れたニーナが、可愛らしくくちびるを尖らせて拗ねた。その傍ではクリフォードが、何もかも諦めたように項垂れているのだ。


「ニーナ。あなたが連れている、その存在は」


 クリフォードの様子を見たメアリは、ニーナが何をしたのか確信する。


「レデルニア聖国の、守護神なのね……?」

「……ふふ……っ!」


 メアリの言葉を肯定して、ニーナは無垢な少女の微笑みを浮かべた。





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