49 そして塞がれる
強引な命令に聞こえるのに、それは祈りや懇願のようだった。
魅了魔法によるものだと分かっているのに、思わず縋りたくなってしまう。メアリはそれを懸命に堪え、彼の名前を呼んだ。
「エドガルドさま……」
その背中に腕を回して、滑らかな手触りの上着を握り締める。心臓が強く鼓動を刻むのを気付かれないよう、深呼吸をして言い放った。
「し……しっかりなさって! あなたが抱き締めていらっしゃるのは、聖女のくせに神殿を追放された、メアリ・ミルドレッド・メルヴィルですよ?」
魅了魔法が発動していなければ。
そして、エドガルドに『神に厭われて玉座を退ける』目的さえ無ければ、彼が絶対に手を伸ばすこともなかったであろう存在だ。
「……」
エドガルドの手の力が少し弱まり、そのことに安堵する。
メアリ自身が何を望んでいるのか、それに向き合うことを避けながら、メアリは手を伸ばした。
「ほら、ね?」
エドガルドの頭に触れて、毛先が跳ねた黒髪を撫でる。
「いい子ですから、どうか離れて……」
けれどもどうやら、エドガルドがその腕を片方だけ解いたのは、決してメアリを離すためではなかったようだ。
「――嫌だ」
「嫌だ、って……」
何処か甘えたような言い方に、言い知れない色気が滲んでいてくらくらする。
「お前は、国をも滅ぼしかねない悪女なんだろう?」
メアリの顔を見詰め、瞳を覗き込んだエドガルドは、いつもよりも低い声でこう紡ぐのだ。
「それならば、俺をこのまま籠絡してしまえ」
「……っ!」
なんと残酷な誘惑だろうか。
涙でぐずぐずに濡れたメアリの顔を見て、エドガルドが眉根を寄せる。メアリは心底困り果てて、エドガルドに思い出させようとした。
「ご、ご存知でしょう……? 私が悪女をやっているのは、あなたに雇われたからです……!」
だからこそ、その雇われ仕事がどれだけ不出来なものであるかは十分に分かっているはずだ。
「そうだな。だが」
エドガルドが目を眇め、真っ直ぐにメアリを見下ろした。
その指が、薄紫色をしたメアリの髪を柔らかく梳いた。
エドガルドは愛おしそうに、大切そうに、やさしくメアリの髪を撫でてゆく。
「……俺が、こうまでお前に焦がれる羽目になったのは――……」
「……?」
メアリがエドガルドを見詰めると同時に、彼はそこで言葉を区切る。
その上で、少しだけ意地悪な声音がこう言った。
「……一体、誰の所為だと思っている」
「そ、れは。……私の、所為です……」
まだぐずぐずの双眸を拭いながら、メアリは分かり切った事実を口にする。
「……私の魅了魔法によって、エドガルドさまが一時的かつ強制的に、私のことを好きになってしまったから……」
「――――……」
すべて魔法によるものだ。
だから強制された恋心は、永遠に続くことはない。それを自分に言い聞かせるよう、敢えてそう口にした。
(エドガルドさまだって、ご存知のはずなのに)
どうしてメアリの言葉を聞いて、少しだけ傷付いたように目を伏せるのだろうか。
「わ……!!」
再び強く抱き締められて、エドガルドの掠れた声がする。
「……お前が悪い」
「……っ!」
意地悪なのに、さびしい声だった。メアリがまた泣きそうになっているのを、エドガルドは気付いているようにも思える。
「だから、さっさと諦めろ。――どんな魔法が使われていようと、傾国の悪女だろうとなんだろうと、手離せないのだからどうしようもないだろう」
突き放すようなその口ぶりが、メアリを安心させるためのものであると確かに分かる。
エドガルドと離れたくなくて泣いているのも、彼は恐らく見抜いているのだ。
その上で、彼にとっては厄災でしかないはずのメアリを傍に置き、手離せないと言葉にする。
「ほ、本当にお可哀想なエドガルドさま……!!」
心の底からそう思う。
(こんな不本意な魔法での恋なんて、捨てて下さればいいのに。そうして別の悪女を見付けて、そうすればもっと簡単に……)
なのに、そんな正論を口には出来なかった。メアリは途方に暮れ、目を瞑る。
「その口を閉じろ。……でなければ、無理やりに塞ぐぞ」
「だ、駄目です」
エドガルドに抱き締められたまま、ふるふると首を横に振った。
「退職を視野に入れているときは、雇用主とちゃんと話すべきと本に書いてありました……! 根本はこんなにも悪女なくせに、肝心な雇われ悪女としての勤めが果たせないのですから。私は……」
「メアリ」
「私は、いずれお傍から離れ……」
エドガルドの手におとがいを掴まれる。
続きを言うことが出来なかったのは、言葉を発する手段を奪われたからだ。
「――――……!」
瞬きをしたメアリのくちびるに、エドガルドのくちびるが重なった。
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