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【書籍①発売】雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜5章 大罪の悪女〜

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48 沈黙の悪女

 周囲の人垣が散ったことを、俯いたメアリは気が付かない。

 後ろから肩に触れた手に抱き寄せられ、その声に呼んで貰えるまで、愛おしい人が傍に来てくれたことなんて知らなかった。


「メアリ」

「……っ」


 振り返ったメアリは、神秘的な紫色の双眸を見上げて目を丸くする。


「エドガルドさま……」

「…………」


 メアリの睫毛が濡れているのを、エドガルドにはきっと見抜かれただろう。


 エドガルドはぐっと眉根を寄せ、舌打ちをしたあとで、メアリの手首を掴み歩き出す。取り残されてざわめく人々のことを振り返る余裕は、メアリにも無かった。


「あの、エドガルドさま……!」


 無言の背中に声を掛けるも、前をゆくエドガルドは何も言ってくれない。彼の手がホールの壁に触れたかと思えば、魔力の光に体が包まれる。


「……っ!」


 眩しさに目を閉じて開いたあと、メアリはその景色に息を呑んだ。


「ここは……」


 メアリたちが立っているのは、穏やかな海の浅瀬に浮かぶ東屋だ。

 東屋はウッドデッキのような形状をしており、長椅子の上にはふわふわとしたクッションが置かれていて、メアリはそこに降ろされる。


「隠し部屋だ」

「これが、王族の魔力にだけ反応する『お部屋』……」


 透き通った水色の海と、晴れ渡った水色の空が広がっている。

 エドガルドはメアリの前に跪くと、頬に手を伸ばした。


「どうして、泣きそうな顔をしている」

「……っ」


 メアリは思わずくちびるを結ぶ。

 それを見たエドガルドは目を伏せると、息を吐き出して立ち上がった。


「……あいつらか」

「!」


 その声は冷え切っていて、聞くだけで身が竦むほどだ。メアリは急いで首を横に振り、エドガルドの上着を掴んだ。


「違うのです。皆さまには私が悪女であるという懺悔と告白を、聞いて頂いただけ」

「懺悔?」


 地を這うような低い声に、辿々しく頷く。


「私は悪女です。……いつか本当に、国をも滅ぼしかねません」


 決して偽りの悪女などではない。


(だってエドガルドさまは、神に選ばれて王になるのだもの。たとえ一度は王になることを回避できたとしても、またいつ神託によって玉座に引き戻されるか分からない、それほどまでに素晴らしいお方)


 世界で最も優れていると言えるほどの魔法の力や、明晰な頭脳を持っている。

 それらをどんな風に活かすことも出来る、そんな立場の男性なのだ。


(私が無理やりに、恋をさせてしまった人……)


 抗えない魔法の力によって、エドガルドのすべてはメアリの望み通りになる。

 先ほどみんなが言っていたように、あまりにも卑劣で、愛しい人の心を踏み躙るような行いだ。


「ずぴっ、ですから……!」

「!」


 ぐすぐずになった鼻を鳴らしたら、エドガルドが目を丸くする。


「エドガルドさまの魔法を解いて、お別れしなくては――……」


 その決意を口に出した瞬間、顔をくしゃくしゃにして我慢していた涙が、桃色の瞳からいくつも零れ落ちた。


「メアリ」

「ごっ、ごべんなざい」


 ごめんなさい、とどうにか言いたかった。

 手首で擦るようにして涙を拭い、必死に顔を隠す。小さな頃から泣いたことが少なくて、上手に涙を流す方法すら分からない始末だ。


「すんっ、お役目は、果たします……! エドガルドさまが望まない王にならずに済むよう、誠心誠意努める覚悟。ですが私のような悪女は、たとえエドガルドさまが玉座から離れようとも、妻の立場に居るべきではありません」

「…………」

「魅了魔法を解く方法も、いま全力で探しています。私の魔法なのですから、私がなんとか出来るはずなのです!」


 先ほどのエドガルドは、メアリが疲れていると気遣ってくれた。


 それは実のところ、魔法を解く方法を探すためなのだ。シュニたちに城内を案内してもらい、古い文献の眠る書庫を訪れたメアリは、そこにある本に深夜まで目を通し続けている。


 愛おしい人と自分を繋ぐ鎖を、どうあってでも断ち切りたかった。


「――あなたは私に、新しい世界を見せて下さった大切なお方」


 何処までも続く海と青空が、視界いっぱいに滲んでいる。

 涙で揺れる世界の中でも、エドガルドだけは鮮明に美しい。


「だから私は、さよならを――……っ」


 その先の言葉が口に出来ず、目を見開く。

 メアリの体を、エドガルドが強く抱き締めたからだ。


「あ、の……」

「――うるさい」


 苦しそうなエドガルドの声に遮られて、メアリはますます泣きたくなる。

 エドガルドは、メアリの耳元に口付けそうなほどの近しさでこう囁くのだ。


「俺から離れると告げるためのくちびるなら、そのままずっと閉ざしていろ」

「……っ」




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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルで、今から次回が待ち遠しすぎます!!! 早く、魅了魔法抜きでもお互いを思い合っていると気づいて欲しいです。
[良い点] ほんとうに切ないシーンの情景描写が美しすぎる…ワードセンスと表現が最高に好きです… [気になる点] 次回のッ、次回のタイトルがッ…!! [一言] 悪虐聖女と同じで、ちょっとズレているヒロイ…
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