47 決意の悪女
「実のところ、私自身もまだこの恋心に慣れておらず……! エドガルドさまに知られたら、ますますどうしたら良いか分からなくなってしまいます!」
「こ、恋心を自覚したてということですか!?」
「それはなんというか、一大事では……!」
(ちょっと待って。これはもしかしたら、チャンスかもしれないわ)
メアリは思考を巡らせる。羞恥心に襲われているのは事実だが、同時にあることを閃いてもいたのだ。
(恥ずかしいけれど。すごく恥ずかしいけれど……!! この失言を利用して、悪女アピールに活用しなくちゃ……!!)
貴族の男性だけではなく、女性たちも心配そうに集まってくる。年若い令嬢ばかりではなく、メアリよりもお姉さんが多いようだ。
「エドガルドさまのことを考えるとぼんやりしてしまい、使い魔さんたちとのお掃除にも身が入らず……。せっかくエドガルドさまの御本をお借りしたのに、あのお方の持ち物が手元にあると思うと、それを読むこともままなりません」
「まあまあ、メアリさま……」
「今日の夜会だって、本当なら皆さまにご挨拶をして回るべきですのに。エドガルドさまのお傍から離れがたく、この時間にまでなってしまいました……」
これらはすべて事実なので、話しながらも罪悪感が凄まじい。
(恋心に溺れて、王太子の婚約者にあるまじき時間を過ごしてしまう大罪。こんな人間が王太子妃になってしまっては、国の未来が危ういと不安に思っていただけるはず!)
メアリは恥じらいと戦って、ぷるぷるとしながら周りに語る。
「昨日もそうです。エドガルドさまのうたた寝に遭遇して、すぐに起こして差し上げるべきでしたのに……! どこか無防備に眠っていらっしゃるお顔が愛おしくて、三十分も眺めてしまいました……!」
「あらあら、まあ……」
(皆さましかとご覧ください! これぞ! 色欲と怠惰の合わせ技!!)
メアリの行った所業のうち、一番の悪事は『魅了魔法を掛けてしまったこと』だ。
「何よりも、私が罪深いのは……」
それを秘密にする代わりに、二番目の悪事を打ち明ける。
メアリは真っ赤になっている顔を上げ、その大罪を告白した。
「……このような浅ましい恋心を抱いていることを、エドガルドさまに打ち明けていないことなのです……!」
「メアリさま……」
周りを囲む人の表情が、なんだか深い思いやりに満ちている。
それを不思議に思って瞬きをすると、傍にいた女性が瞳を潤ませてこう言った。
「メアリさまは本当に、心底エドガルド殿下に惚れ込んでいらっしゃるのですね……!」
(あれ……っ!?)
その発言をきっかけに、女性たちがメアリを励ますよう駆け寄ってきた。
「健気なメアリさま。殿下に恋をなさって、ずっと悩んでいらっしゃったのですね?」
「あ、あの、皆さま?」
「わたくしたちメアリさまの味方ですわ。今度ぜひお茶会にいらして! 切ない恋を経験したお友達も、見事成就させたお友達もお呼びしますわ。みんなで一緒に語り合いましょう?」
(あわわわわわ! 駄目だわ、悩んでいたのは本当だもの! やさしい言葉がうっかり胸に沁みちゃう……!!)
女性たちは目を輝かせながら応援してくれ、男性陣はうんうんと頷いている。なんだか微笑ましく見守られている雰囲気であり、悪女に向けるまなざしではない。
「冷酷と噂されるエドガルド殿下であろうとも、メアリさまにとっては愛おしいお方なのね」
「! は、はい……! エドガルドさまは私におやさしくて、それに……」
そのとき、誰かが呟いた。
「――メアリさまはエドガルド殿下によって、魅了魔法に掛けられているのでは?」
「!!」
その場の空気が一気に凍り付き、メアリを見る目がはっきりと変わる。
「違います! エドガルドさまは、私にそのような魔法など……」
「メアリさま……」
婦人がそっと手を伸ばし、メアリの頬をやさしく包んだ。
「お心当たりはありませんか?」
「!」
「魅了魔法とは、対象を強制的に恋に落とす魔法。大変難しい魔法ではありますが、エドガルド殿下でしたら可能なはずです」
「有り得ません。私は断じて、魅了魔法に掛かったのではありません」
魅了魔法を使っているのは、エドガルドではなくメアリなのだ。
「私は自分自身の感情で、エドガルドさまに恋をして――……」
「魅了魔法とは、なんと卑劣なことをする……!!」
誰かが言い放ったその言葉に、メアリの肩がびくりと跳ねた。
「筆頭聖女を手に入れるために、魅了魔法によってメアリさまを陥落させたのだ。神に指定された王位を強固にするべく、ご自身の妃殿下にそのような裏切りを……」
(違うわ。エドガルドさまが望んでいるのは、その逆だもの)
そんな弁解をしてしまっては、エドガルドの計画を妨害してしまう。メアリの心臓に突き刺さった鋭い言葉が、じくじくと痛みを疼かせた。
「人の心を魅了魔法で操り、その想いに付け入って利用するなど!」
「そんな悪人を、神が決して許すはずもない」
「……っ」
それらはすべて、メアリに向けられるべき言葉なのだ。
「――悪女はただひとり、この私です」
「メアリさま……?」
震える声で口にして、メアリは背筋を正した。
(悪女のふりなんて、する必要すら無かったのだわ)
彼らの言うことはすべて正しい。
魅了魔法で人の想いを支配し、操って恋をさせることこそが、他者を踏み躙る悪事なのである。
(……神に許されない大罪を、私は最初に犯している……)




