46 悪事の告白
魅了魔法の効果によって、メアリから離れがたく感じているのだろう。良心が痛みつつも、メアリはきりっと気合を入れ直した。
「お気遣いいただいた通り、少し気疲れしたようでして。女の子同士のお喋りでしか回復出来そうにありません」
「……男が混ざっても良いだろう」
「だ、駄目です!」
これは想像だが、エドガルドがその輪に加わった場合、みんな見惚れるか緊張するかのどちらかに違いない。
(私も限界だけれど、エドガルドさまのためにも離れなくちゃ。いまは調子が悪くてこのご様子だけれど、正気に戻ったらきっと後悔なさるわ)
人前でメアリを愛でるなんて、きっとエドガルドの本意ではない。
そう思うと、メアリだってしょげている犬のように、思わずしゅんと項垂れてしまう。
「メアリ」
「……ともかく! 行って参りますね、エドガルドさま」
メアリの腰を抱く手に触れれば、エドガルドは渋々と腕を離してくれた。メアリは長椅子から立ち上がると、遠巻きに見ていた人々に一礼して歩き出す。
(顔が熱いし、心臓がずっとどきどきしているわ……!)
火照りを誤魔化すべく、自分の頬を手のひらでむにむにと揉んだ。エドガルドの視線が背中に刺さっているような気がするものの、気付かないふりをして歩みを進める。
そこに、貴族男性たちの話し声が聞こえて来た。
「――しかし、ヴィンセント殿下は今夜の会もご欠席か」
「!」
メアリが近くにいると気付いていれば、彼らはこの話をすぐに止めただろう。
(エドガルドさまの、お兄さまのお名前……)
第一王子ヴィンセントの姿は、この夜会には無かった。彼らの口ぶりでは、どうやらそれも珍しくないことのようだ。
「エドガルド殿下がいらっしゃる場に、ヴィンセント殿下がお見えになることはない。その逆も然りだ」
「それがたとえ弟君の婚約お披露目会であっても、ということなのだろう」
「国王陛下もご病床にあって、さぞかし思い悩んでいらっしゃることだろうな。おいたわしい……」
貴族たちは溜め息をつきながら、こう言った。
「神も何故この国の次期国王に、魔法が効くことのない『呪われた』エドガルド殿下をお選びになったのか……」
「……」
メアリはきゅっとくちびるを結ぶ。
(エドガルドさまにも魔法は効いたわ。だからこそこうして今だけは、私に恋をしてくださっている……そんな話をしたとしても、このお方たちのエドガルドさまに向ける目は変わらない)
エドガルドはずっと以前から、次期国王に相応しくない振る舞いを続けているはずだ。本当は民を助け、大聖霊にも慕われているのに、そのことを一切表に出さない。
(エドガルドさまを悪く言われるのが嫌なのも、私の自分勝手な感情。ちゃんと、分かっているのに……)
貴族のひとりがメアリに気が付き、表情を強張らせる。
「こ……これはメアリさま!」
「……皆さま。先ほどはご挨拶に来ていただき、ありがとうございました」
「滅相もない! いまの会話は少々その、誤解なさったかもしれませんが……」
彼らはあからさまに狼狽えていたが、やがて何かに気が付いたようだ。救いを得たように表情を変え、メアリに尋ねてくる。
「……いえ、そ、そうです。本当はメアリさまも、逃れたいと思っていらっしゃるのでは?」
「逃れたい、とは?」
「それはもちろん、このご結婚からですよ!」
貴族たちはメアリを取り囲み、口々に言う。
「エドガルド殿下は、神から賜った力である魔法が効かないお体。呪われた王太子というだけでなく、その言動も非常に冷酷で恐ろしいお方です」
その言葉に、メアリはむっと眉根を寄せた。
「ご結婚なさるのであれば、兄君であるヴィンセント殿下の方が聖女さまによくお似合いかと! この国の守護神もいずれ、次期国王がヴィンセント殿下であらせられると神託を下されることでしょう」
「我々はヴィンセント殿下に、日頃から重用いただいております。如何ですか? メアリさまのご命令とあらば、すぐにでもヴィンセント殿下とのお時間を――……」
「生憎ですが」
「!」
貴族たちの言葉を遮って、はっきりと言い切る。
「そのようなお気遣いには及びません。エドガルドさまを悪し様に仰るお口は、私の前では閉じていてくださいませ」
「メアリさま……?」
メアリは何ひとつ躊躇うことなく、彼らに向けて真っ直ぐ告げる。
「――私はエドガルドさまのことを、心から恋慕い申し上げています」
「な……っ」
いっそう大きなざわめきが、湖面に雫を落としたかのように広がった。
周囲の貴族たちは顔を見合わせたり、口元を扇子で隠して何かを言い合う。
「メアリさまが、エドガルド殿下をお慕いになっているだと……? いくらエドガルド殿下が、類稀なる美貌をお持ちといえど……」
「大神殿育ちの無垢な聖女さまが、あのように残虐なお方に恋などするはずがない。ましてや殿下は呪われているのだぞ?」
(は……っ!!)
ようやく自分の発言を自覚したメアリは、両手で顔を隠しながら慌てて叫んだ。
「……今の発言っ! 皆さまどうか、エドガルドさまには内緒にしてくださいませ……!!」
「め、メアリさま?」
自分の顔がどんどん赤くなっていくのが分かる。メアリは座り込みたくなるのを必死で抑えつつ、取り囲む人々に懇願した。




