45 様子が変です
「何か飲みたいものでもあるのか? 好きなものを言え。あちらのテーブルにも、お前のまだ知らない甘味を用意させている。給仕を呼ぶぞ」
「い、いえ! それは大変嬉しいですし、後で是非ともいただきたいのですが。いまはその」
メアリは言い、自分の腰に視線を落とした。
大きなホールは立食形式だが、壁際にいくつかの椅子が用意されている。エドガルドとメアリはそこに座り、周囲を大勢が取り囲んでいる状態だった。
問題はこの座り方だ。
エドガルドは長椅子の左側にメアリを座らせると、自分はその右側に座り、メアリの腰をしっかりと抱いている。
メアリは心臓をばくばくと跳ねさせながら、小さな声で抗議した。
「これではまるで、私を人前に連れて来て下さったものの、『誰ひとりとして近付けるつもりはない』という意思表示のようでは……!?」
「そうだが?」
「『そうだが』!?」
あまりにもしれっと言い切られて、供給過多のメアリはちょっぴり泣きそうになった。
いくら魅了魔法に掛かっているとはいえ、溺愛は不本意そうなのが普段のエドガルドだ。それなのに、今日は一体どうしてしまったのだろう。
「エドガルドさま、頭を何処かにぶつけてしまいましたか?」
「ぶつけてない。撫でなくていい」
メアリの腰をがっちりと抱えながら、サイドテーブルに並べられているメロンを一切れ口元に運んでくれる。
人目が恥ずかしくて躊躇するが、美味しそうに思っていたのはバレているのだろう。エドガルドは素知らぬ顔で、メアリのくちびるにメロンをちょんちょんと触れさせる。
「食べないのか? メロンは知っているのだろう」
「は、はい。果物は多少なら……むっ」
口を開いてしまったため、抵抗虚しくメロンを放り込まれた。芳醇な甘さが広がる中、メアリは必死に顎を動かす。
「んむむ……」
「は。そんなに懸命に咀嚼していると、小動物のようだな」
そんなメアリたちを見て、周囲はますますどよめくのだ。
「エドガルド殿下が、あれほど機嫌よく過ごしていらっしゃるとは……」
「あの、エドガルドさま……!」
メアリはなんとかメロンを食べ終えると、ひそひそとエドガルドに耳打ちした。
「こ、これはどのような作戦なのでしょう? 私、今日こそは頑張って、『国をも滅ぼしかねない悪女』を演じるつもりで来たのです!」
「お前の気概は知っている。その小さな鞄に氷魔法をかけて、チョコレート入りの箱をありったけ仕舞い込んでいる様子も見ている。何に使うのか全く分からんが」
「え!? これはもちろん皆さまの前で美味しそうに食べて自慢し、暴食と傲慢を同時に行う作戦です。我ながら安直で、想像しやすいと思っていたのですが……」
「国をも滅ぼしかねない悪女というより、冬眠前に好物を溜め込むリスのようだったぞ」
エドガルドは呆れたまなざしのあと、ふっと柔らかく笑った。
その表情がやはり、これまでと全然違っている。
(そう見えるのは、私がエドガルドさまを愛おしく思うからなんだわ)
「メアリ」
エドガルドはメアリの髪を指で掬いながら、耳元で小さく囁いた。
「今日は悪女の振る舞いをする必要はない。普通にしていろ」
「そんなことを仰って……」
メアリは嫌な予感がして、ひそひそとエドガルドに反論する。
「また先日のように、エドガルドさまおひとりが悪者になられるおつもりでは?」
「そうじゃない。今夜はお前の披露目だろう?」
「……!」
「俺が、お前を見せびらかすための日だ」
エドガルドは葡萄をフォークで刺すと、それを同じように口元へと差し出す。
「分かったら、もっと愛でさせろ」
メアリの口に葡萄を放り込み、むぐむぐと食べる様子を満足そうに眺めて、指で戯れるように髪へと触れた。
「……お前のことをいくら自慢しても、まったく足りる気がしない」
「……っ!!」
メアリは葡萄を飲み込んだあと、両手で顔を覆って嘆く。
「うう……!! エドガルドさまがっ、壊れておしまいに……!!」
「どうした、疲れたか?」
エドガルドはそう言って、メアリの頬に手を伸ばす。
「先ほどから、ふとした拍子に疲れた顔をしている。溜め息も多いな」
「そ、れは」
「何かあれば言え。王族の魔力にだけ反応する隠し部屋で、休ませてやれる」
(疲れているのは事実だし、有り難いお申し出だけれど……!)
隠し部屋というのは恐らく、有事の際の避難経路なのだろう。だが、人前で凄まじい注目を浴びている現状であっても、メアリがその言葉に甘えるのは難しい。
(これ以上いまのエドガルドさまのお傍にいては、柱に何度も額を打ち付けてしまいそう)
心臓の鼓動がとんでもなかった。魅了魔法に翻弄されるエドガルドの気持ちが、いまのメアリにはよく分かる。
「え、エドガルドさま! 私、少しあちらの女性たちとお喋りをして来たいのです!」
咄嗟に思い付いてそう言うと、エドガルドは少し眉根を寄せた。
「……どうしてもか?」
(どうしましょう、しょげているお顔が可愛らしい……!)




