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4 呪われた王子さま

※本日21時にも更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。




 具体的な数字は分からないものの、それがとんでもない金額だということはこれだけで察する。


「……聖女を雇おうという考えに至るなら、土地の豊穣を祈る立場の人かしら。あなたのご主人さまは、何処かの国の要人?」

「ええ、仰る通りです」

(あの司教たちのことだもの。私を売り付けるにしても、自分たちの悪事を暴露されないように、事前に私の信頼を地に堕とすような触れ込みをしたはずだわ。そんな罪人に大金を払うだなんて、よっぽど訳有りなのね)


 けれどもメアリには、言っておかなくてはならないことがある。


「あのね、使い魔さん。私、もう聖女としてのお勤めは果たさないって決めているの。あなたのご主人さまと司教さまのあいだにどんな取り引きがあったとしても、私はきっと従わないと思うわ。ごめんなさい」


 こんな発言をしてしまうと、何か折檻でもされるかもしれない。しかし、少年はにこりと笑った。


「よろしければ、お話だけでも聞いていただけませんか? 我があるじがメアリさまを買い求めたのは、聖女の力を欲したからではないのです」

「……?」


 だとすれば、一体メアリの何処に価値があるというのだろうか。


「使い魔さんのご主人さま、お名前は?」

「はい。我があるじは、エドガルド・ヴィル・ハンクシュタインさまです」

「――……」


 その名前には、長らく神殿から出してもらえずに暮らしていたメアリでも、さすがに聞き覚えがあった。


「それってまさか……」


 真っ白な使い魔の少年は、再びにこりと笑う。


「失礼だったらごめんなさい。使い魔さん、あなたに触ってもいいかしら……」

「ええ、どうぞ」


 メアリは不躾さを申し訳なく思いつつも、真っ白な使い魔の少年に触れた。彼の主君は、どうやらこういった行為は禁じていないようだ。


(使い魔を攻撃された場合、術者にも影響が出るはずなのに。使い魔に身を守らせないという時点で、強力な術者だとすぐ分かるわ)


 少年に込められた魔力を利用し、その主君の下へと辿る。

 それからメアリは、少年の肩に置いているのとは別の手で、目の前に水鏡を浮かび上がらせた。


 少年は、表情から微笑みを消して呟く。


「……本当にすごいですね。あるじは他者からの監視を嫌って、こういった魔法を防ぐような結界を張っているはずなのですが」

「しー。この魔法、向こうからこちらの様子は分からないものだけれど、念のため静かに……」


 メアリが少年を制すると同時に、水鏡にはひとりの人物が映し出された。


(――……!)


 そこに居たのは、黒い髪に神秘的な紫の瞳を持つ、冷たくて美しい顔立ちの男性だ。


 怜悧な雰囲気から大人びて見えるが、年齢はおおよそ十八歳前後といったところだろうか。

 大きな椅子に掛けたその男は、気怠げに足を組んで座った姿勢でも、長身であることがよく分かった。


 鍛えられているその体を、上等な仕立ての軍服が包んでいる。細部に施された控えめな装飾に反して、いくつも連なった勲章が物々しい。


 男性の前には、さらに別の男性が跪いていた。


 黒髪の青年は、長い睫毛に縁取られた目を物憂げに伏せる。

 そんな僅かな仕草で、彼を水鏡越しに見ているだけのメアリですら、ぞくりと背が凍るほどの緊張感を抱いた。


『……愚者の言葉を聞く気は無い』


 低い声がそう紡ぐと、跪いた男性が身を竦ませる。


『貴様は、俺の命令に逆らおうとしたな』

『も、申し訳……』

『そればかりか、自らの身の程も弁えずに進言しようなどとは』

『申し訳ございません、エドガルド殿下……!』


 そのやりとりに、メアリはこくりと喉を鳴らす。


(とんでもなく冷たい空気を帯びたお方。……噂で聞いたことがあるわ、この殿方が……)


 ゆっくりと立ち上がった黒髪の男に、怯えた声が懇願した。


『お許し下さい、命だけは……!!』

(――エドガルド・ヴィル・ハンクシュタイン殿下。大国アイゼリオンの王太子さま……!!)


 エドガルドが手を翳すと、呼応した雷鳴が迸る。


『もう黙れ』

『ぐう……!!』


 雷鳴は、跪いた男の背中を貫いた。

 男は短い呻き声をあげると、その場にがくりと項垂れる。死んではいないようだが、あんな魔法を食らっては、ひとたまりもないだろう。


『殿下!』

『この男を放り出せ。二度と俺の目に触れない場所にな』

『っ、は……!』


 臣下らしき男が、エドガルドに向かって頭を下げる。水鏡からそれを見ていたメアリは、真っ白な少年に尋ねた。


「……あなたのご主人さまが私を買ったのは、聖女の力を欲したからではないのよね?」

「ええ。仰る通りです」

「だけど不思議。聖女の力以外に、一体何を望むというのかしら」


 真っ白な使い魔の少年に、メアリは重ねて問い掛ける。


「――アイゼリオンの呪われた王太子、エドガルドさまが」

「……」


 水鏡に映ったその王子のことは、神殿から出ることのなかったメアリだって聞き及んでいる。


 エドガルド・ヴィル・ハンクシュタインは、たくさんのものを持っているのだそうだ。


 世界で最も大きく強い国の、王太子という身分。

 強い魔力とそれを使いこなす才能、明晰な頭脳。

 魔法の腕前ばかりではなく、武術にも秀でた身体と、大層麗しい顔立ち。挙句、彼には強力な特性が備わっていた。


『アイゼリオンの王太子エドガルドには、強力な呪いが掛けられている』


 司教たちがそんな風に話していたのを、メアリもかつて聞いたことがある。


(……彼には、他者からの一切の魔法が効かない。攻撃魔法も精神操作も、治癒の魔法ですら……)


 それは、エドガルドが呪われているからなのだという。


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