表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/66

38 悪女の望み



 そんな自覚がなかったので、メアリは緩やかな瞬きを重ねた。

 エドガルドが不機嫌そうに顔を歪め、柱の前で蹲り咳き込むクリフォードを見下ろす。


「お前に視線で制されていなければ、こんな男は殺しているところだ」


 先ほどの雷撃は、クリフォードの結界によって防げた訳ではない。エドガルドが加減したからこそ、結界ごと砕かれて絶命せずに済んだのだ。


「貴殿が……エドガルド・ヴィル・ハンクシュタイン殿か」


 床に手をつき、浅い呼吸を繰り返しながら、クリフォードが身を起こした。


「貴殿の行いは、暴挙という範疇を超えている……。筆頭聖女メアリ・ミルドレッド・メルヴィルを独占することなど、許されるはずもない……!」

「ふざけたことを」


 腕の中で聞いているだけのメアリですら、背筋が凍えそうなほどの冷たい声だ。


 その一方で、メアリを撫でてくれる手はやっぱりやさしい。

 背中に触れて、メアリのことを落ち着かせるように、柔らかく甘やかすようにあやされる。


「メアリは俺の花嫁だ。俺が独占し、誰にも渡さぬように愛でて然るべきものだが?」

「金銭で、彼女を得ておきながら……!」

「メアリの道徳心と罪悪感を刺激し、無給で縛り付けて搾取するのと変わりはしないな」

「!」


 エドガルドの言い放ったことが、クリフォードにとっては思いもよらなかったのだろう。知らない言葉を耳にしたかのように、クリフォードが呟く。


「搾取……?」

「転移の瞬間に聞こえていたぞ。大神殿に居たころの酷い扱いを、メアリが平然として話す理由がよく分かった」

「……違う。司教たちは世界中の神に繋がる者として、メアリに勤めを果たさせようと……」

「他人のためにメアリが犠牲になることを、誰もが当然だと思ってきたのだろう?」


 心から憤っている口ぶりに、メアリは驚いてエドガルドを見上げた。


「誰かが手を掛けた料理を出してやれば、メアリは幸せそうにそれを頬張る。年頃らしい衣服を用意すれば目を輝かせ、意匠に喜び、生地の手触りに触れて楽しむことを知っているか?」

「エドガルドさま……」

「自分の仕事のために創意工夫を凝らそうとし、上手く行ったと思っているときは誇らしそうにして、それが失敗だと知ると分かりやすく落ち込む」


 エドガルドがメアリを見詰め返し、何かを思い出したかのように目をすがめる。


「……甘いものを口に入れてやれば、蕩けるように愛らしく笑う」

「!」


 チョコレートの一件を思い出し、メアリは反射的に顔が熱くなった。エドガルドは再び前を見据えると、冷ややかなまなざしでクリフォードを蔑む。


「――たったそれだけである感情の、何処が欲深いものだというんだ?」

「……っ」


 クリフォードがぐっと言葉に詰まり、エドガルドをただ睨み付けた。けれどエドガルドからしてみれば、そんな視線はどうでもいいようだ。


「本当に無欲な筆頭聖女だったのではない。貴様らはメアリがそういった存在でなければ、生きることすら許さなかった」

「違う!! 私は搾取した訳じゃない。彼女が立派に勤めを果たせるよう、傍で支えて励ますのが私の役割で……!!」

「いまのメアリが抱いている望みや喜びは、どれも人間にとって当然のものだ」


 先ほどからメアリが俯いている理由を、エドガルドは察してしまっているだろうか。


(そんな風に、思っていて下さったの……?)


 メアリが美味しいものを食べて、美味しいと嬉しくなっているときも。


 綺麗なドレスが幸せなときも、悪女を勤めるための作戦立案が楽しいと感じているときも。それが失敗してかなしいときも。けれど誰かに喜んでもらえるのを、内心で喜んでしまっているときも。


(エドガルドさまは、ずっとそれを慈しんでいて下さった)


 小さな頃、温かな寝台に憧れたのを思い出す。

 その憧れも忘れたあと、エドガルドの城で眠った寝台の温かさに驚いたのだ。だというのに、それよりももっと温かな腕があるなんて知らなかった。


「そういった欲を持つことが、貴様や司教どもの言う悪なのであれば」


 メアリの髪を指で梳きながら、これまでで一番やさしい声が紡がれる。


「……俺には、その悪女が誰よりも愛おしい」

「……っ!」


 透き通った紫色をしたエドガルドの瞳は、メアリをやさしく見下ろしてくれているのだろうか。


 それを確かめることが出来ないのは、いまの顔を見せたくないからだ。

 エドガルドにぎゅうっとしがみつき、涙が溢れそうになるのを堪えたかったのに、どうにも我慢出来そうにない。


(私もです)


 心の中だけで懸命に、こう告げる。




(――……私も、エドガルドさまのことが愛おしい……)




 こんなに何かを欲しいと思ったのは、生まれて初めてのことだと気が付いた。




(このお方に本当に恋をしているのは、私のほうなのだわ……)


 そう自覚すると、なんだかとても嬉しくて、泣きたくなる。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ホント、ざけんなよ!?クリフォード!
[良い点] 魅了魔法のせいだとかなんとか言いながら、しっかりメアリのこと好きになっちゃってませんかねエドガルド殿下(笑) 本当に好きじゃなかったらそんな具体的にメアリの好きなところ挙げられない気が…。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ