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【書籍①発売】雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章 色欲の悪女〜

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37 聖女として

 けれどもクリフォードはすぐにはっとして、声を震わせた。


「……なんという、愚かなことを……!」


 燃え落ちた蔦から火が出ないよう、ドレスをたくし上げて踏み締めていたメアリは、顔を上げて首を捻る。


「クリフォード殿下?」

「分かっているのかいメアリ! 大神殿に叛いては、君は本当に戻れなくなる。それだけの力を持っていながら、もう二度と聖女として生きられなくなるんだ……!」

「そ、それが何か」


 クリフォードの手がメアリの肩を押さえる。


「いけないよ。力を持って生まれたものが、それを果たさないなんて間違っている」

「!」


 その言葉を聞いて、反射的に体が強張った。

 クリフォードはそんなメアリを見下ろして、やさしくあやすように微笑みかけるのだ。


「私たちは幼い頃から、ずっと司教たちに教わってきたじゃないか。地位を持ち、能力を持った人間は、持たない人々を助けなくてはならないと」

「……それ、は」


 そうして思い出してしまうのは、クリフォードの言う通りの教えだ。


『優れた力を持って生まれた、その時点でお前は幸運なのだ。あとのすべての人生が不幸であろうとも、それで帳尻を合わせられるほどに』

『司教さま……』


 小さかったメアリに向けて、彼らは繰り返しそう説いた。


『安心して眠る場所がない民を思えば、お前が勤めのために眠れないのは些事であろう』

『次の食事が約束されているという事実だけで、この世界の大半の人間よりも恵まれているのだぞ。分かったら早くそのパンを食べて、次の祈りを捧げなさい』

『お前は人と違う能力を授かり、その恩恵によって努力せず生かされている』

『自分の生き方がどれほど幸せなものなのか、よく分かっただろう?』


 足元が少しだけぐらぐらして、立っていられないような錯覚を覚える。


「君が聖女であることは、その力を持つ以上当然の義務なんだ……!」


 メアリの双眸を覗き込んだクリフォードは、肩を揺さぶりながら続けた。


「司教たちには私から話しておく、すぐに大神殿に戻る手筈が整うよ。安心してくれ、今までの暮らしが変わらずに帰ってくるから」

「や……っ」

「ねえメアリ。君だって君の我が儘の所為で、民たちを苦しめたくないだろう?」

「!」


 メアリが思い出したのは、エドガルドの元に来てから接した人々の表情だ。


 大神殿で祈りを捧げるだけでは、民の言葉や笑顔に触れる機会などなかった。

 下手くそな悪女ではあったものの、それによって見ることの出来た彼らの喜ぶ顔は、これまでのメアリには得られなかったものだ。


(……だからこそクリフォード殿下の仰ることが、前よりもはっきり想像できてしまう)


 このアイゼリオンは、聖女を持たない国のひとつである。聖女がいない他の国々の国民も、メアリが今日まで出会って来た人と同じだろう。


(私が神殿に戻らなければ、各国の人々が……)


 心臓の辺りに、翳りの感情が滲んでゆく。

 クリフォードはメアリの表情を見て、ほっとしたように説得を重ねた。


「戻ろうね、メアリ。大神殿へ」

「私は……」

「そして今までの、無欲な筆頭聖女である君にも戻ろう」


 その声音は、婚約していた頃と同様にとてもやさしい。


「自分のことばかり考えるような、欲深い悪女になんて、どうかならないで」

「……っ」


 そのときだった。


「!!」


 燃え盛るような殺気を感じ取る。メアリが咄嗟に振り返ると同時に、凄まじい雷光が迸った。


「く……っ!?」


 クリフォードは咄嗟に反応し、自身の眼前へ結界を張ろうとしたようだ。それでも衝撃に耐え切れず、吹き飛んで柱に背中を打ち付ける。


「――貴様」


 こつりと硬い靴音が響き、転移魔法の光から影が現れた。


「誰の許しを得て、メアリの肩に触れている?」

「っ、あなたは……」

「口を開くな。貴様如きの雑音じみた声が、メアリの耳に入ることすらおぞましい」


 現れた青年はメアリに手を伸ばすと、クリフォードから庇うようにぐっと抱き寄せる。


「エドガルドさま……!」

「無事か。メアリ」


 その声に、メアリは途方もなく安堵してしまった。


 メアリの背中に回された腕の力は、先ほどのクリフォードよりもずっと強くて強引だ。

 それなのに、この手は決してメアリを傷付けることがないのだと、心の底から実感してしまった。


「なんとも、ありません」

「なんともなくはないだろう」


 大きな手がゆっくりと、メアリの頭を撫でるように触れる。


「……泣きそうな顔をしていた」

「……私が……?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 正に洗脳 これほどの洗脳を受けても神殿を脱しようと思えたメアリの精神力を誉め讃えたい そしてそういうなら司教様たちが死力を尽くして祈ればいい、それが出来ないならそんな神殿はエドガルド様が燃…
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