35 単純な方法
エドガルドはここにいる神に、王になることを選ばれてしまった。
だからそれを拒絶するために、様々な策を講じているはずだ。
(自国の神を殺すなんて聞いたことがないし、不測の事態を避けていらっしゃるのかしら? アイゼリオン国はどんな神さまに守護されているのか、学んでおきたい……とはいっても)
再び先ほどのことを思い出して、ずうんと反省の感情に沈み込む。
(何よりもまずは、もっとしっかり悪女を勤めなくては……!)
真っ直ぐに前を睨み、気合を入れて背筋を正した。
(エドガルドさまの元に戻らなくちゃ。たくさんお詫びをして、その上で他のやり方がないかをご相談するの)
エドガルドが悪役として振る舞わず、メアリの不出来な悪女ぶりでも、なんとか神に嫌われる方法を模索したい。
そう思い、来た道を振り返って歩き始めたところで、向こうから響いてくる足音に立ち止まった。
「本当にこの神殿に来ていたのか。メアリ」
「え……」
思わぬ人物の姿に、メアリは目を丸くする。
(まさか)
さらさら金色の髪に、青色の瞳。
かの国の色を象徴する白の軍服と、整っていて穏やかそうなその顔立ち。メアリを見て困ったように笑う表情も、決して見間違えるはずがない。
「会いたかった。あのときどうして君を行かせてしまったのか、ずっと後悔していたよ」
こちらに歩いてくる美しい青年の名を、メアリは驚きながら口にした。
「クリフォード殿下……?」
ここにいるはずのない『元』婚約者が、疲れ切った表情で微笑んでいる。
メアリは無意識に身構えつつ、クリフォードに尋ねた。
「一体なぜ、クリフォード殿下がこちらに……? 神殿への立ち入りは、その国の国民にしか許されないはずです」
神殿には守護神が眠っており、守護神を殺められれば国が落ちる。その性質上、ここは国防のための重要拠点だ。
(ましてや、他国の王太子なら尚更だわ)
こちらにゆっくりと歩いてくるクリフォードが、徐にこう話し始める。
「君が居なくなってから、諸外国の王が怒って大変なんだ。どうして浄化を行うのが筆頭聖女ではないのだと、大神殿の司教たちに詰め寄っていてね」
「皆さまが、ですか?」
「いままで『聖女ふたりで』行っていた浄化が、今後ニーナひとりに集中することを危惧しているのだろう。無理もない」
その言葉を不思議に思い、メアリは首を傾げた。
(これまで日常の浄化を行なっていたのは、私ひとりだわ。浄化だけじゃなく、豊穣の祈りや雨乞いの歌も、疫病を退けることも――ニーナが浄化を行うのは、人目に触れる式典のときだけ)
それ自体に思うところがある訳では無いが、元婚約者が口にした言葉は気に掛かる。
(クリフォード殿下はそのことを、ご存知だったはずなのに)
微笑んでいるクリフォードは、やはり顔色が悪いようだった。
「各国に生まれ落ちた聖女の役割は、国のために祈りを捧げることだ。けれど君も知っている通り、ここ数十年で聖女の生まれない国が増えつつある。――そんな国々のために祈りを捧げることが、どの国にも属さない『大神殿の聖女』の役割だろう?」
(建前上はそうだと聞いているけれど。とはいえ大神殿に引き取られた聖女は代々、最大の出資者であるクリフォード殿下の国と、政略結婚をさせられてきたのよね?)
今回だってそもそもが、メアリの身柄は大神殿の司教に売り飛ばされ、それをエドガルドが買ったのだ。
それを口に出さず、引き続きクリフォードの話に耳を傾けてみる。
「各国は必死だ。自国に穢れが溜まった暁に、ニーナがひとりで浄化しきれないことを恐れている。その結果、大神殿を管理する立場である我がレデルニア聖国に対しても、彼らの風当たりが強くてね……」
「まあ。それはおいたわしい」
クリフォードが疲弊している理由を悟り、メアリは両手で口元を覆った。
「だが、王たちの懸念は決して大袈裟なものではないはずだ。……メアリ、君だって聖女を持たない国々を見捨てたい訳ではないだろう?」
「!」
「穢れが溜まれば作物は育たなくなり、民が飢えてしまう。彼らは何も豊穣の祈りのような、自国を特別に豊かにする力を欲している訳じゃない……」
クリフォードは額を押さえ、悲痛な声で言う。
「君が居ない現状で、大神殿はどうやってその国々の民を救えばいいんだ? 教えてくれ、メアリ……」
「……その方法は、ひとつですね」
顔を上げたクリフォードが、メアリを見て頷いた。
「ああ、ひとつしかない。君も分かってくれていたんだね」
「はい、クリフォード殿下。私が去り、ニーナだけになってしまった大神殿で、遠くの国々をも浄化する方法……」
きりっとした表情を作り、メアリは告げる。
「――それはつまり。司教さまたちにも毎日休憩込み、最低五時間は働いていただくことです!」
「……え……っ?」




