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【書籍①発売】雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章 色欲の悪女〜

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34 『色欲』の悪女

「……メアリ。待て」

「エドガルドさまったらヤキモチ妬きさんで、いつも私を独り占めしようとなさるのですもの! こんなに大勢の方々の前で独占欲を出されては、嬉しいけれど照れてしまいます……!」


 メアリが叫んだその言葉に、人々はぽかんと口を開けている。エドガルドも絶句しているが、構わずに続けた。

 もちろんこれは、わざとである。


(だって、エドガルドさまがひとりで悪役になってしまわれるから……)


 そのことがとても悲しくて、半ば自棄になりながら演技を続ける。


「私に『聖女の力など求めない、代わりに傍に居ろ』と仰ってくださったエドガルドさまですもの。私の力ばかりが注目される状況を案じて下さっているのは、心から感じ取れますが……」

「待てと言って――……」


 内心ものすごく恥ずかしいものの、わざとみんなに聞こえるように言った。


「独占欲を示してくださるのは、ふたりのときになさって下さいませ!!」

「メアリ!」


 その途端、眼下のバルコニーがどよめきに包まれる。


「み、みんな聞いたか? つまりエドガルド殿下は、メアリさまを心から寵愛なさっていると……」

「独占欲……さっきのあれは、そうだったのね?」


 エドガルドの冷ややかな視線が向けられるが、メアリはその腕をぐいぐいと押し遣って抜け出した。そして神殿の方に駆けると、居た堪れなさによる涙目でエドガルドを振り返る。


「私は今! これまでで最も悪い女として振る舞った、その自負があります!!」

「お前……」


 その上で、ふんす、と宣言した。


「これぞ公衆の面前で『いちゃいちゃ』して人々を不快にさせる、『色欲の悪女』! ……それでは、お叱りは後で受けますので追わないでください!!」

「メアリ!」


 バルコニーのエドガルドに背を向けて、神殿の中へと全力で駆け込む。

 こうして後に残った民衆は、エドガルドの背中を見上げながらも、ざわざわとそれぞれにささめき合うのだ。


「エドガルド殿下は未来の妃殿下を愛するがあまり、俺たちに見せるのも嫌なんだなあ……」

「素敵! あんなに冷たそうでいらっしゃるのに、まさかの愛妻家だったんなんて!」

「常日頃からそうみたいなご様子じゃないか。メアリさまのことが、よほど大切で……ひいっ!!」


 エドガルドが静かに睨み付けると、全員がそそくさと帰り支度を始める。

 家畜たちを連れ帰ろうとしている民衆を見下ろして、エドガルドはくしゃりと前髪を掻き上げた。


「くそ。あいつは本当に、何処までも俺を……」


 独白のあとに溜め息をつき、メアリを追うためにバルコニーを出ようとした、そのときのことだ。


「エドガルド・ヴィル・ハンクシュタイン殿下」

「――――……」


 バルコニーに現れた人物を前に、エドガルドは足を止めた。


「……貴様は」


 そして心から不快そうに、その姿を睨み付けるのである。




***




「……迅速に謝罪をしなくては……」


 アイゼリオン国の神殿を、メアリはとぼとぼと歩いていた。


 黒の大理石で作られた建物は、メアリが暮らした大神殿と雰囲気が違う。

 けれどとても広いのは同じであり、足音が静かに反響して、辺りには誰も居る様子がなかった。


(エドガルドさまの計画を、悉く邪魔してしまっているわ。よくよく考えたら私、エドガルドさま限定の悪女になっているんじゃないかしら……)


 そんなことを考えると、申し訳なさで胸が痛む。


(……エドガルドさまが悪者だと誤解されるのが嫌だなんて。一介の雇われ人が、雇用主に大それたことをしてしまった……)


 けれども同時に、メアリは怒ってもいるのだ。


(大勢の前で私に意地悪のふりをして、それでご自身を貶めようとなさるなんて! こんなに大胆に計画を修正するなら、私にもやっぱり教えて欲しかった。契約内容の一方的な変更は、雇用契約に抵触するんじゃないかしら! やっぱりもう一度、これについては話し合いをしなくちゃ)


 そう思ってきりっと背筋を伸ばすものの、数歩ほど歩いたあとですぐに萎れる。


(……変更せざるを得なくなったのは、私の悪女が下手くそだからだわ……)


 ゆっくりと足取りが鈍くなり、ついには立ち止まってしまった。


(そもそも私。エドガルドさまが怖くて悪い人だと思われることが、どうしてあんなに嫌だったのかしら?)


 けれども考えれば考えるほどに、あの『新たな作戦』が成功しなくて良かったという気持ちになる。


(嫌なのは、当たり前ね)


 それに気が付き、メアリはゆっくりと目を伏せる。


(――エドガルドさまから頂いたようなやさしさを、生まれてから一度も知らなかった)


 それを受け取ったときの温かさは、この先も忘れることが出来ないだろう。


(たとえそれが、魅了魔法での想いによるものだとしても)


 メアリにとっては宝物だ。

 どんなに凍えた場所を歩くときも、この温かさがあれば進み続けられると、そう思えるほどに。


(エドガルドさまの目的は、王にならないことだわ。……悪女業務が失敗する分、他の何かでお役に立てないかしら……)


 長い長い回廊の途中で、メアリはそっと柱に寄り掛かる。


(エドガルドさまを選んだ守護神が祀られる神殿。本当に、大きな建物)


 目を瞑り、大理石のひんやりとした冷たさを感じ取った。


(国ごとに違う神を祀るから、国ごとに神殿の内装や作りが異なってくるのよね? そのことを知識では知っていたけれど、こうして自分が訪れるのは不思議だわ)


 神殿の大きさは、その国の守護神の強さに比例して大きくなる。


 なにしろ人同士が戦争をする際には、相手国の神を狙うのだ。

 神殿に祀る神を殺された国が負けとなり、敵国の神に取り込まれる。勝った国とその守護神はそうやって、国土や守護する対象を広げてゆくのだった。


(各国の神殿には神さまが居て、普段は目に見えないけれど、神殿が侵略されるような有事には姿を現して戦うのよね)


 そのときだけは、触れることも声を聞くことも出来るのだという。つまりは攻撃や魔法も通用するということだが、人間の強さとは比にならないそうだ。


(神さまに勝てる人間は滅多にいない。だから、国が滅ぶような戦争が起きることは、長い歴史の中でも数少ないはずだけれど……)


 アイゼリオン国はその中で、他国を侵略して自国に取り込んだ実績のある、数少ない国だ。

 それも、その戦争にエドガルドも参加している。


(神さまを殺せば、その国も我が物に出来てしまう。……エドガルドさまには、そうしてきた過去がある)


 そこでふと、メアリは気が付く。


(王になることを、あんなにも嫌厭していらっしゃるのに)


 寄り掛かっていた柱から身を起こし、そこに刻まれた神の彫刻に目を向けた。


(エドガルドさまは、この国の守護神を殺そうとはなさらないのだわ――……)


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