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【書籍①発売】雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜4章 色欲の悪女〜

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32 暴食の支度

「も……っ!」

「も?」

「もしかするとニーナは聖女として、瘴気の浄化のことで困っているのかもしれません!」


 咄嗟に思い付いた話題にしては、なかなか上手い切り替えだったのではないだろうか。エドガルドが訝しそうに片目を眇めたので、メアリは推測を続ける。


「この世界の国々は、それぞれ守護神の加護を受けているでしょう?」

「……」


 それは幼子でも知っていることだ。すべての国には、一国につき一柱の守護神がついている。

 その神は文字通り各国を守護し、国に魔力を循環させたり、魔物や人間の生息域のバランスを保ったりしているのだ。


 エドガルドが撤回したがっている『次期国王の任命』についても、その国についている守護神が、自らが守護する国の王を選ぶために神命を下すものだった。


「神が国を守るために干渉するとき、その代償として、国全体に漂う魔力が穢れます」

「本当に面倒なことだ。頼んでもいないのに一方的に手を出してきて、好き勝手に魔力を使うのだからな」


 エドガルドは、小さな声でこう呟く。


「本当に、忌々しい」

「……?」


 エドガルドが神に抱く感情は、あまり良いものではなさそうだ。第二王子でありながら、神によって王太子の座につかされたためだろうか。


「……それで? お前の異母妹が、魔力の穢れを浄化することについて相談をしたいのではないかと言っているのか?」

「も、もしかしたらですけれど。聖女のお勤めの大半が、この浄化に関するものですし」


 いきなりメアリが居なくなってしまったことで、その浄化に支障が出ているのかもしれない。


「私ではなくエドガルドさまに会いたがっているのは、ううんと……買われた身の上の私ではなく、雇い主のエドガルドさまに筋を通そうとしているからかもしれません」

「魔力の流れの大半は、それぞれの国内で完結している。他国の穢れがこの国に流れてくることも、滅多にあることではない」


 エドガルドの言う通りだった。

 『国』というものは要するに、どの神がどの地域を守護しているかという区分に過ぎない。それというのも、人間が国を作ったのではないからだ。


 神々がそれぞれの土地に自分の魔力を流し、循環を作った。神ごとの区域が最初に決まっていて、人はその境界線に国境を引いたのだ。


 だからこそ、その土地に住まう人間の中で最も神に愛された一族が王族となり、神に任命された者が王位につく仕組みが出来上がっている。


「他国がどれほど穢れようと、俺にもお前にも無関係だ。その穢れがこの国に流れ込んでくる可能性は、非常に低いのだからな」

「そうかも、しれないのですが」


 メアリはそっと項垂れる。

 これはニーナの目的を想像しただけの、根拠もない話に過ぎないものだ。けれどもこうして考えてみれば、十分に有り得る理由にも思えた。


(神殿を追放されたのは嬉しかったけれど。その所為で、罪のない人たちが瘴気によって体調を崩したり、増えた魔物に襲われるのは……)


 先ほど習得した方法を思い出し、メアリはじっとエドガルドを見詰める。


「エドガルドさま……」

「……なんだ」


 声音は無愛想そのものだが、神殿にいたあの頃とは違う。話をちゃんと聞いてもらえている実感があり、メアリは続けた。


「私、食べたいものがあるのです」

「言ってみろ」

(お返事が早い!)


 即答ぶりに内心で驚きつつも、こほんと咳払いしてもっともらしく言う。


「大神殿でさまざまな国の浄化を行っている際に、ずっと考えていました。穢れをただ浄化するだけでは、なんだか勿体無いのではないかと」

「……もったいない……?」

「勿体無いです! たとえばお腹ぺこぺこでお庭の草花を食べるときも、どうしても食べられない部分がありました。なのでそういった皮や種などは、衣服の傷みを誤魔化すための染め物に使ったりしていたのですが……」


 エドガルドが再び額を押さえ、何かへの怒りを堪えるような溜め息をつく。


「エドガルドさま?」

「いま、ひとまず頭の中で司教どもを八つ裂きにしているところだ。それで?」

「はい。ですから食べられない葉っぱと同じように、穢れも有効活用したいと思いまして!」


 そのときエドガルドが、未知のものを見るような目を向けてきた。メアリはふんふんと張り切りつつ、身振り手振りで説明する。


「そのとき閃いた魔法ですが、穢れを一度自分の魔力に吸収するというもので」

「……土地を枯れさせ、魔物を狂わせ、人を死に至らしめる毒にもなる穢れを?」

「けれど一度試そうとしたものの、私だけでは上手く制御出来ませんでした。しかしエドガルドさまのお力をお借りすれば、もしかするかもしれないです!」

「待て。つまりお前が食いたいものというのは比喩であり、実態は……」


 メアリは大きく頷いて、両手を広げる。


「はい! 穢れすら吸収して利益にしてしまうという、『暴食の悪女』になろうかと! ですのでエドガルドさま、私をこの国の神殿に連れて行って下さいませ!」

「…………」


 エドガルドがこちらを見るその顔には何故か、『嫌な予感しかしない』という感情が、ありありと透けて見えていたのだった。




***




 エドガルドの使い魔であるシュニは、主君の執務室でびっくりしていた。


「では、お出掛けになるのですか? 神殿に」

「メアリがどうしてもと言うのだから、仕方がない」


 エドガルドが長椅子に脱ぎ捨てた上着を拾いつつ、まだ信じられない気持ちでいる。この主が神殿に足を運んだことなど、シュニが知る限りでは一度もない。


(王族のお勤めであるお祈りにすら、ご主人さまは絶対に参加なさいませんのに。まあ、僕たちがあまり干渉することでも無いのですけれど)


 神とは精霊の上にいる存在だが、直接的な繋がりがある訳ではない。エドガルドが神を嫌っていようとも、シュニたちにとっては良い主人なのだ。


「メアリのために、また新しいドレスを用意しておけ。着飾らなくともどうせ美しいが、神殿の連中にはあの類稀さを示しておく必要がある」

「仰せの通りに。……それとご主人さま、魅了魔法の効果を消す方法の件は、生憎まだ分かっておらず……」


 エドガルドから命じられていることのひとつに、『メアリの掛けた魅了魔法を解除する方法を探す』というものがある。

 これは、使い魔全員が受けている命令だ。


(曲がりなりにも僕たちは、全員が大精霊なのですから。魔法を解く方法を見付けるまでに、そう時間は掛からないはず)


 そうしてシュニたちは、そのことを内心で恐れていた。


(ご主人さまの魔法が解け、メアリさまのことを好きではなくなったら、メアリさまとの契約結婚はどうなるのでしょう? もしかしたら、メアリさまとすぐにお別れしてしまう可能性も……)


 けれどシュニたちは、メアリのことが大好きなのだ。


 大精霊たちの中には、魅了魔法を解く方法を探したくないと言い出す者までいる。

 主君の命令に背けば契約違反となり、眷属としての魔力が貰えなくなるのだ。そうすればこの世界に生きる人間に干渉できなくなり、また孤独になってしまうのに。


(それでも僕たちは、メアリさまとご主人さまに一緒に居て欲しい……)


 シュニは少し勇気を出し、顔を上げる。


「あの。ご主人……」

「――――……」


 声を掛けようとしたその瞬間、エドガルドの後ろ姿に違和感を覚えた。


「……ご主人さま?」

「…………」


 ゆっくりと振り返ったエドガルドは、いつもと変わらない退屈そうなまなざしでこちらを見下ろす。


「なんだ?」

「……い、いえ。なんでも……」


 いまのは一体なんだったのだろうか。胸の辺りがひどくざわざわして、シュニは俯いた。


(本当は、僕たちですら知らない。ご主人さまがメアリさまを『悪女』に仕立ててまで、次の王になりたくない理由を……)



***


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