3 それでは悪女を目指しましょう
「私は自由! これで自由! ううっ、嬉しい……!!」
その事実を噛み締めて、思わずその場でくるくると回ってしまう。
「神殿の監視さえなくなれば、たとえ誰に買われたのだとしても逃げ出せるわ! そうすれば分刻みで決められた予定に沿って動かなくてもいいし、神殿関係者以外と話しても怒られない! 休憩どころか休日だって確保できる可能性はあるし、体が温まるまでお風呂にも浸かれるかもしれないのね!? ひょっとして、眠る前にアイスクリームを食べるのだって許されるんじゃないかしら……!」
長年夢見てきたことが実現しそうで、そのことを想像するだけでも心が躍った。
「寄付金を積んだ国『だけ』の豊穣を、毎日倒れるまで祈る必要もないし、『お給金という概念があるお仕事』も探せる! 今後は働いた分の報酬がもらえるようになるかもしれないということ……? わああ。そんな夢のようなお仕事、すぐに見付かるかしら……!?」
クリフォードは予想すらしていないはずだ。
お互いが生まれて十六年間、ずっと婚約者の関係だったとはいえ、クリフォードは聖女としてのメアリしか見ていない。
けれども本当のメアリとは、恐らくクリフォードが想像していた以上に、聖女を辞めたがっていた。
(物心ついてから十六歳までの間、ずっと神殿に縛られていたわ。……けれど)
よく磨かれた神殿の壁には、自身の顔が映り込んでいる。
「筆頭聖女としての生き方は、もうしない」
自分への誓いの意味も込め、メアリは笑って口にした。
「――これからは、悪女として生きてみせましょう」
想像も付かない未来に胸が躍る。
全身全霊で我が儘に、どこまでも悪どく。そんな生き方を自分で選び、誇りを持つのだ。
(それはそれとして、誰かに売り飛ばされた身の上なんだものね。悪女として司教に追放された聖女を買おうだなんて、ろくでもない人の予感しかしないわ)
そもそもが、建前では『規律によって殺せないから追放する』とされていても、あの司教たちが黙って逃してくれるだろうか。
メアリを買ったという人もグルで、移動先でそのまま殺されてもおかしくない。
(その人と神殿での売買に、私が素直についていくと危ないかも? でも、逃げ出してすぐに自分ひとりで生きていく手段は見付けられないわ。生きていくにはまず労働って、いつだったか本で読んだもの!)
考えていると、廊下から扉をノックされる。メアリがきちんと荷造りしているか、魔術師が外から窺っているのだろう。
(……魅了魔法で司教たちも護送の魔術師も私を買った人も全員魅了して、言うことを聞いてもらおうかしら。悪女らしく!)
そう閃いて、メアリはふわりと魅了魔法を発動させた。メアリの瞳の桃色が、いつもより少しだけ赤色を帯びる。
この状態のメアリと目が合うと、対象者はメアリに強く恋焦がれ、虜になってくれるのだ。
(とはいえ。魅了魔法は一見すると、使い勝手の良い魔法だけれど……)
『強い恋心』が相手の行動にさまざまな影響を及ぼすため、出来れば避けたい手段だった。
(やっぱりやめておいた方がいいわね。自分に恋をする人が、自分にとって無害な人とは限らないわ。下手に執着されても大変だし……あら?)
メアリが思考を中断したのは、いつのまにか自身の足元に、魔法陣が現れていたからだ。
「転移の魔法陣!?」
まさか迎えが来たのだろうか。だが、それにしたってこれはおかしい。
「神殿内の転移魔法は結界に阻まれるはずなのに、どうし――きゃあ!!」
転移の陣が発動し、メアリは悲鳴ごと飛ばされる。荷造りをする時間どころか、魅了魔法を解除する暇もない。
こうしてメアリは、十六年間過ごしてきた神殿を追放され、呆気なく去ることになったのだった。
***
ぱちりと瞬きをしたメアリは、ふかふかした寝台の上にいた。
「お目覚めですか? メアリさま」
「ここは……」
辺りを見回せば、そこは広くて豪奢な部屋だ。
大理石の床に柱、天井から吊るされたシャンデリアと、神殿でも司教たちの執務室などでしか見たことのない造りだった。
とはいえこの部屋にある調度品は、天蓋付きの寝台だけだ。メアリはその上にぺたんと座り、向かいに立っている少年を見つめる。
「突然お呼び立てしてごめんなさい。それから、我があるじが大変な失礼を」
「――あなた、魔力で出来た使い魔さん?」
「!」
メアリが確かめると、肌も髪も全部が真っ白な少年は、目を丸くしたあとに微笑んだ。
「触れてもいないのに使い魔だと見抜くだなんて、メアリさまが初めてです」
「感覚で分かるのもそうだけれど……何よりあなたには、いま発動させている魅了魔法が効いていなさそうだもの」
いまのメアリは、先ほど神殿で試しに使ってみた魅了魔法が発動している。そんなメアリと目を合わせても、なんら様子が変わらないのは、彼が人間ではないからだ。
「使い魔なら、ご主人さまの命令で動いただけでしょう? だったらあなたに罪は無いわ。だから、謝ったりしなくて大丈夫」
「ふふ。……使い魔を気遣うなんて、奇妙なお方ですね」
少年はくすくすと肩を揺らしたあと、改めてメアリに告げた。
「メアリさま。我があるじは、小国の国家予算一年分の金額であなたを買いました」
「こ、国家予算!」
思わぬ金額を告げられて、メアリは目を丸くする。
果たしてメアリを買ったのは、一体どんな人物なのだろう。
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