23 弱さと悪女
張り切って歩を進めたメアリだが、次の行動にはいささか迷う気持ちもあった。
(これから私がやろうとしていることは、大変な悪事だわ)
その自信があるからこそ、胸が痛みもする。
(なにせ、夜会の場で楽しんでいらっしゃる女性たちのところにわざわざ行って、嫌な気持ちにさせて帰ってくるという非道な所業……!)
それがあまりにも申し訳なさすぎた。そんなメアリが会場内を歩いていると、大きな声が聞こえてくる。
「貧乏人がこんな場にやってくるなんて、恥ずかしくないのかしら!」
(あれは……?)
声が聞こえてくるのは、会場を出た先のバルコニーのようだ。
メアリがそっと覗き込んでみれば、夜会の華やかな光の影で、ひとりの少女を複数人が取り囲んでいた。
「見てよ、ろくに手入れもされていなくてぼろぼろの指。髪をセットするどころか、化粧もろくに出来ないくらい貧しいのに、人前に出る勇気を讃えるわあ」
「ドレスだけは手の込んだ刺繍だけど、それが却ってみっともないわ。全体の調和って大事だと思わない? たとえばそう、夜会の参加者に場違いな人間がひとりでもいると、全員の質が落ちるのと同じね」
「う……」
みんなに囲まれている茶髪の少女は、小柄で華奢な体型だ。
恥ずかしそうに背を丸めた彼女は、確かにほとんど着飾れていない。他の少女たちはその少女を笑い、ひどい言葉を投げ掛けているようだった。
「いいこと? 私たち、今日はメアリさまと親しくなって帰らねばならないの。ひょっとしたら、そこからエドガルド殿下と繋がる機会が生まれるかもしれないのだから」
「なにせメアリさまは、贅沢の限りを尽くして神殿を追放されたのよ? あなたみたいな貧乏臭い人間が居たら、親しくなる計画に支障が出るの」
(……どうやら)
彼女たちの会話を聞きながら、メアリは気が付く。
(エドガルドさまの妻の座を自慢するよりも、よほど明白な悪事が見付かったわね)
メアリは方向転換をして、彼女たちの方に足を踏み出した。
「!」
バルコニーにこつりと靴音が響けば、少女たちが一斉に振り返る。
「あなたは……」
メアリの姿を見付けた彼女たちは、一瞬だけ表情を強ばらせた。
「初めまして、皆さま」
「……っ」
メアリが微笑み掛けると、彼女たちは引き攣った笑顔を浮かべる。その中のひとりが、ぎこちなさを取り繕うかのように口を開いた。
「め……メアリさま! は、初めまして。お目に掛かれて光栄ですわ!」
彼女の言葉を皮切りにして、少女たちは口々にメアリへと挨拶を述べる。
「今宵は、その、良い夜ですわね。メアリさまにおかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「私たち、メアリさまと是非ともお話したくて、今日を楽しみにしておりましたの!」
少女たちは慌てた様子で、メアリの周りを取り囲む。
そんな中、他の少女たちにひどいことを言われていた茶髪の少女だけは、俯いたままだ。
「わたくしの父が、今日は必ずやメアリさまと仲良くなって帰るようにと申しておりまして!」
「私もですわ。もちろん父に言われなくとも、メアリさまとお近付きになりたいと願っておりましたが」
「ええ、ええ。なにせメアリさまは、皇太子妃となられるお方ですもの!」
「エドガルド殿下がご婚約を発表されるなんて、驚きました。どのようにして殿下の御心を射止めたのか、あちらで是非……!」
少女たちはそんなことを言いながら、メアリを会場へ誘導しようとする。
「皆さま。実は私……」
メアリは微笑みを浮かべたまま、彼女たちに告げた。
「弱い者いじめというものを、してみたいと思っておりますの」
「え……?」
その言葉に、周囲の少女たちは一瞬ぽかんとする。
一度後ろを振り返り、俯いている茶髪の少女を見遣ったあと、少女たちは一斉に緊張を解いた。
「……なあんだ、そうでしたの!」
一気にその場の空気が緩み、彼女たちは胸を撫で下ろす。
「もしや誤解でもあったかしらと、思わずどきどきしてしまいましたわ。メアリさまもやはり、貧乏人なんてお嫌いですよね?」
「不快なお気持ちになられたのなら、是非ともこの貧しいアイリーンに直接お言葉をぶつけてやってくださいませ。すっきりいたしますよ?」
「う……」
アイリーンと呼ばれた茶髪の少女は、俯いたまま震えていた。
(……『弱い者いじめ』なんて悪事があるなんて、盲点だったわね)
メアリは浮かべていた笑みを消し、すっと目を細める。
少女たちはすかさず左右に分かれ、メアリに対して道を開けた。その先で俯いて震えているアイリーンのことを、メアリはじっと見つめる。
(これぞまさに、傲慢な悪女の行いのはず)
メアリがアイリーンの前に立つと、彼女はびくりと肩を跳ねさせる。メアリがどんな言葉をアイリーンに向けるのか、少女たちは楽しそうに見守っていた。
「さあどうぞ、メアリさま。アイリーンに向かって、『弱い者いじめ』をなさって下さいませ」
「アイリーンをこの夜会から追い出したら、私たち仲良くいたしましょう?」
くすくすという笑い声を聞きながら、メアリは口を開く。
「……先ほどから、とっても不思議だったのですけれど」
そう口にして、メアリはくるりと振り返った。
「――あなたたちは、どうしてアイリーンさまの方が弱者だと思い込んでいらっしゃるのですか?」
「え……」
その瞬間、少女たちの顔から笑みが消える。
「アイリーンさまはきっと分かっていらしたはず。この夜会に出ればきっと、皆さまのような方々に辛い思いをさせられると……それでもこの場にいらっしゃるのは、何か事情がおありなのでしょう?」
「!」
メアリが振り返ると、アイリーンは驚いたように目を丸くした。
「わ、私……。その、家のために、夜会でどうしても結婚相手を……」
「守りたいものがあるから、ご自身を犠牲にしてでも夜会という戦場にいらしているのですね。そんなアイリーンさまは弱いどころか、とても強いお方ではありませんか」
「……!」
その言葉に、アイリーンの瞳が揺れる。
メアリはもう一度前を向き、アイリーンを背中に隠す形で、周囲を取り巻く少女たちを見据えた。
「一方であなた方は徒党を組み、アイリーンさまにひどい言葉を投げ付けていらっしゃいました。私と親しくなるという目的をお持ちにもかかわらず……そんなあなた方こそが弱者であるのだと、私はそう判断します」
「な……っ!?」
少女たちは目を見開き、メアリの言葉に絶句する。
「私のやりたいことは、悪女にふさわしい『弱い者いじめ』です。お友達になりたいと言ってくださるお相手を拒むのは、立派な意地悪ですわよね。……ねっ? アイリーンさま」
「えっ!? えっと、あの、そうですね……!?」
「よかった。では私、ここに宣言いたします」
少女たちをきっと睨み付け、メアリは高らかに告げた。
「弱い者いじめの精神に則りまして。――私は、あなたがたのお友達になどなりません!」
「……………………」
しん、とその場が凍り付く。
メアリはその張り詰めた空気に、内心で満足感を感じていた。
(どうかしら、私の感じの悪さときたら……! これはなかなかに悪女得点の高い、優秀な振る舞いだったのでは!?)




