21 身を守る手段は必要ですか?
「それではエドガルドさま、参りますか?」
「待て。当然だが、夜会ではずっとお前の傍に居られる訳では無い」
確かにエドガルドの言う通りだ。夜会という公の場になれば、彼がメアリから離れなくてはならない場面も出てくるだろう。
「ティストの森にお前を行かせている間、何をしていても気が気では無かった。最低限、お前の護身方法については考えておくぞ」
「ですがシュニからのお話によると、夜会の会場には結界も張られているし、警備の方もいるのですよね? それほど心配していただかなくとも、そこまでの危険は無いような……」
何の気は無しにそう言うと、エドガルドは顰めっ面のまま当たり前のように返してきた。
「……お前、夜会のあいだ中ずっと俺の腕に抱えられて居たいのか?」
「な、なんとか致しましょう!」
そんな状況のエドガルドが、途中で我に返ってしまうのが可哀想すぎる。メアリがこくこく頷けば、エドガルドはじっとこちらを観察するように覗き込んできた。
「それだけ潤沢な魔力があれば、攻撃魔法くらいは当たり前に使えるだろう。これまでに経験は?」
「神殿の決まりでは、聖女は攻撃魔法を使うことが許されていません。神に反する行いだからということを説かれていましたが、真の目的は聖女から武力を取り上げて、神殿に反抗出来ないようにするためかと」
メアリもそれくらいは分かっていたが、攻撃魔法を使いたいと思う場面も無かったので、その教えに逆らうことは無かったのである。
「……待っていろ。神殿をいつ滅ぼすかは、最も効果的な機会を検討して考えている」
「ですからそれ、実行すると世界各国の報復を受けてしまいますので!」
「まあいい。ひとまず念のため、攻撃魔法を習得しておけ」
エドガルドは言い、手のひらを上にしてメアリの前に差し出す。そこにぼんやりと浮かんだ魔法陣は、繊細な魔法式で描かれたものだった。
「この魔法陣は、エドガルドさまが考案したものですか?」
「考案というほど大袈裟なものではない。適当に組み上げたらこうなった」
「改めて、天才的な思考をお持ちですね……」
魔法を発動させるには、体内に流れる魔力があることは大前提の上で、その魔力を一定の法則に従って構築する必要がある。その法則を式にしたものが、魔法陣だ。
「式の内容を説明する。まず……」
「いえ。恐らくは、理解できたと思います」
「!」
メアリは目を瞑り、魔法陣から読み取ったことを頭の中に思い描いた。
「これは炎の魔法陣ですよね? 初級のもので、威力も弱い代わりに消費魔力も少ないもの。正しいですか?」
「……筆頭聖女が、攻撃魔法への才もあるとはな」
エドガルドはシュニを見遣り、彼に命じる。
「窓を開けろ、使い魔」
「はい、ご主人さま」
「メアリ。窓の外に向けて、試しにその魔法陣を撃て」
「分かりました、頑張ります!」
メアリは張り切って窓辺に立ち、手のひらを外に向けた。
ここは城の中でも高い場所にある部屋で、窓の近くには何も無い。初級魔法程度の火が出ても、誰かに迷惑を掛けることは無いだろう。
「では参ります。せえの……っ」
目を瞑り、脳裏に魔法式を描いてゆく。
それに合わせて魔力を練り、すべてが上手く噛み合った瞬間、メアリは目を開いて前方を睨んだ。
その、次の瞬間だ。
「――――っ!!」
ごおっと凄まじい音を立てて、炎の濁流が噴き上がった。
「え……」
「…………」
ぽかんと口を開けたメアリの後ろで、エドガルドが眉根を寄せたような気がした。
周囲の空を飛んでいた鳥たちが、突然の炎に驚いて旋回する。炎はすぐに消えたものの、いまの火柱はどう見ても、初級魔法の火では無かった。
「ごめんなさい! おかしいですね、教わった式の通りなはずなのですが……!!」
「め、メアリさま。どうやらまだ攻撃魔法に不慣れでいらっしゃるため、最大出力で魔法が発動してしまうようです」
せっかく教えてもらったものの、これでは使う機会も訪れそうにない。
たとえ夜会で何か危険があったとしても、問答無用でその相手が焼き尽くされてしまう魔法など、そうそう発動できるはずもなかった。
「エドガルドさま……」
「…………」
けれどもエドガルドはメアリを見たあと、視線を逸らしてからしれしれと言う。
「……これで『最低限』身を守る手段が身についたな。この程度ではまだ安心してひとりに出来はしないが、それでも無いよりはましだ」
「いえ!! 最低限どころか過剰すぎて、むしろどうにもならないのですが!!」
こうしてメアリは、なんだか火魔法を覚える前よりも心配事が増えた気持ちで、いよいよ夜会会場に転移したのだった。
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