2 これはとっても嬉しいです!
※17時にも更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
【1章】
「――聖女メアリに断罪を!」
「断罪を!」
「断罪を!!」
大聖堂の審判場でメアリを囲んだ司教たちは、口々にそう声を上げた。
「メアリ・ミルドレッド・メルヴィルは、この神殿の筆頭聖女という立場を悪用し、各国からの寄付金を着服したのだ! なんとおぞましい……」
「人々を救うための力に溺れ、民のために使うべき財で私腹を肥やすとは醜悪な!」
老人たちに罵られる中、メアリは悲嘆に暮れた表情を作り、そこに立っている。
ふわふわした紫色の髪に、桃色の瞳を持つメアリの姿は、筆頭聖女の響きにふさわしい美しさだと賞賛されることも多かった。
しかし、いくら美貌や類まれなる力を持っていても、権力者たちに疎まれればそれでお終いなのだ。
「司教さま……」
メアリは悲しげな表情で、司教に告げた。
その悲しみが見せ掛けだけであるなど、誰も思いはしないだろう。メアリはそのことを十分に分かった上で、丁寧に述べる。
「私は、そのような罪は犯しておりません」
この場にいる全員が、本当はそれを知っていた。
なにしろ私腹を肥やしているのは、メアリを取り囲む司教たちだからだ。
彼らは全てを仕組み、この聖女メアリに冤罪を被せることで、各国から向けられた疑いを清算しようとしているのだった。
「聖女のお役目は、世界の繁栄を祈ること。その祈りが神に届くことで、祝福を賜った地がより一層豊かになるのが理です」
そう訴えるメアリの体は、傍目から見ても分かるほどに震えている。
けれど、その震えが恐怖や悔しさとは別の感情から来ていることも、司教たちに見抜けるはずもなかった。
「私は生まれてから十六年間ずっと、この神殿で筆頭聖女として育てられました。誇りを持って務めを果たして来たというのに、罪に手を染めるはずなどありません……!」
すると司教たちは、再びメアリを糾弾し始めるのだ。
「だからこそそれを繰り返すうちに、己が特別な存在とでも錯覚したのだろう?」
「その年にどの国がどれだけ豊作になるかは聖女次第。海や大地の実りも疫病の廃りも、その祈りひとつでいかようにも左右できるのだからな」
「強大な力を欲する大国ほどその恩恵を望み、浅ましくも多額の金を積むのだ。浅しきお前は、それが自分自身の価値とでも思い上がったのだろう!」
浴びせられる言葉に、メアリはますます俯いてみた。
周りにはきっと、メアリが怯えて竦み上がり、何も反論出来なくなっているように見えるはずだ。そのとき聖堂の扉が開き、金色の髪を持つ青年が現れる。
「メアリ」
「……クリフォード殿下……」
歩み出たのは、聖国レデルニアの王太子であり、メアリの婚約者でもある青年だった。
「殿下! お待ちしておりました。さあ、この者に最後の審判を」
「……メアリ、私は……」
目を潤ませて震えるメアリを見て、クリフォードは沈痛な面持ちを作る。しかし、メアリを助けるための行動を取る訳ではなく、僅かな葛藤を見せただけだ。
やがてクリフォードは、静かな声音でこう告げた。
「メアリ・ミルドレッド・メルヴィル。……君との婚約を、破棄する」
「……っ」
その言葉にくちびるが震えたのは、メアリにとって演技ではない。
けれどもそれを隠し、泣きそうなのを堪えるかのような表情で堪えたあと、ドレスの裾を摘んで頭を下げた。
「承知いたしました。殿下」
美しい所作で受け入れたメアリを見て、クリフォードはぐっと両手を握り締める。
「……メアリ。罪人からは聖女の名を剥奪し、この大神殿に居住する資格も抹消するのが定めだ。君はこの裁判が終わり次第、神殿には居られない身となる……」
「だが、我らの慈悲に感謝するがよい」
司教が一歩歩み出て、メアリに恩着せがましく言った。
「一度でも聖女の資格を得たものは、罪人であろうと処刑してはならない掟がある。それを免れたとしても、着のみ着のまま追放され、野垂れ死ぬのが通例だが……今回は、お前の身柄を引き受けてもいいという者が現れた」
その言葉に、メアリは驚いて目を丸くする。
「一体どなたなのですか?」
「黙れ。お前に尋ねる権利はない」
恐らくは、筆頭聖女の力を得たい何処かの国に、大金でメアリを売りつけたのだろう。メアリはきゅっとくちびるを結んだあと、俯いてから懇願した。
「……せめて一度、部屋に戻って荷造りをさせてください。身元引き受けをして下さる方に、みすぼらしい格好で会いたくはありませんから」
「ふん。いいだろう」
「この地で聖女として務め、人々の助けになれていたことは私の誇りでした。――さようなら、皆さま」
「メアリ……」
クリフォードが罪悪感に駆られた顔で、小さくメアリのことを呼ぶ。
彼はきっと、知るよしもないだろう。
魔術師たちに見張られながら廊下を歩き、窮屈な自室に戻ったメアリが、どんな反応をしたのかを。
「……った……」
自室でひとりになったメアリは、大きくぴょんと跳ねてこう叫んだ。
「〜〜〜〜……っ、やったあ……!!」
両手を掲げて、ぴょんぴょんと何度も飛び上がる。聖女だった時なら『はしたない』と咎められたはずの行為でも、今ならば誰にも叱られないのだ。
「悲しそうな演技で乗り切れたわ! 途中笑ってしまいそうになって、何度も体が震えたけれど! 結果が良ければ全て良しだと、前に読んだ本に書いてあったもの!」
メアリの中ではこんな喜びが、いっぱいに胸を満たしていた。
「――これで私! 規律に縛られた筆頭聖女としての生き方から解放されて、自由になれるのねーーーーーーーーっっ!?」
この幸福を噛み締めていたら、震えも起こるというものだ。
晴れて『元』の冠がついた筆頭聖女メアリには、今回の追放騒動は、願ってもないほどの出来事だったのである。