17 傲慢悪女を目指したい
(本当にお可哀想……)
メアリはしみじみ同情した後、彼の問い掛けに答える。
「あそこは素敵な森ですね。使い魔さんたちも可愛くて、楽しくて! 魔力はすっかり回復いたしました」
「……ならいい」
「エドガルドさま、いかがでしょう? お披露目の夜会の前に、何処か直近で開かれる夜会に連れて行って下さいませ。これなら私、悪女としての業務を果たせると思うのです!」
「……」
長椅子に寝転んだままのエドガルドが、気怠そうに身を起こしながら言う。
「説明してみろ」
「はい。ずばりこうすることにより、悪女として果たすべき六つの罪のうちのひとつ、『傲慢』を果たすことが出来るのではないかと」
そう言うと、エドガルドはますますその顔を険しくした。
「ますます分からん」
「夜会にはきっと、たくさんの女性が参加されますよね? そこで私、エドガルドさまという旦那さまがいることを、なんと皆さまに自慢しちゃいます」
「……」
それこそが先ほどティストの森で、メアリが閃いたことだった。
「皆さまきっとエドガルドさまのお嫁さんになりたいでしょうから、私のことが羨ましくて、すっごー……く嫌な女に見えるはず」
「……」
「自分自身の実力ではなく、夫の自慢をすることで優位性を取ろうとするのは、まさしく傲慢な悪女のすることではありませんか? これなら目撃者もたくさんいますし、失敗もありません!」
「……」
メアリは自信満々だ。だが、エドガルドはまったくそれに賛同してくれる様子もなかった。
「目論みは現時点で失敗している」
「まあ、何故?」
「『呪われた』と称される俺の妻になることを、心底から羨む人間がいると思うのか?」
「???」
メアリは首を傾げたあと、ととっと彼の傍に寄り、長椅子の隣に腰を下ろした。エドガルドは長椅子の中心に座っていたので、メアリが隣に並ぶと狭い。
「……おい」
「どうしてそんなことを仰るのです?」
「……っ、待て。俺から離れろ」
彼が反対側にずれようとしてくれたのだが、メアリはずいっと距離を詰めた。
「まず、エドガルドさまのお顔立ちは端正です。こんなに美しいお顔の方、この世界には他に居ないのではないかしら」
「うるさい。お前に言われたくない」
「魔法の才能もあって、お体も鍛えていらっしゃる上、大勢の魔術師が雇われた悪徳領主の元に単身で乗り込まれる豪胆さ! 頭脳明晰と名高いことは存じ上げておりますし、それに……」
神秘的な紫色の瞳を見上げ、メアリは微笑む。
「それに、とてもお優しいですもの」
「……は……?」
心底から訳の分からないものを見る目を向けられたが、そんな顔をされても構わなかった。
「使い魔さんたちから聞きました。あの子たちは漫然とした魔力の塊として過ごしていたころから、この世界の生き物や人が大好きだったと。いつか人と契約して実体を持ち、人と過ごすことを楽しみにしていたと」
メアリが名前を付けた使い魔たちは、あの森で一生懸命に教えてくれたのだ。
「だけどあの子たちには、どうやら事情があるのですね? 時折自分たちの存在を感知できる魔術師に出会っても、とても契約してもらえなかったと悲しそうでした。けれども幼い頃のエドガルドさまは、大きな魔力の渦の中からあの子たちを見付け出して、契約をなさった……」
それを話す使い魔たちの瞳は、きらきらと宝石のように輝いていた。
「契約の際、エドガルドさまが消費した魔力は膨大だったのだとか?」
「……どうだろうな」
知らないことのようにエドガルドは言うが、使い魔たちの言葉が本当なのだろう。
「魔力が減って枯渇する感覚は、とても苦しいものですよね」
神殿で祈りを捧げる日々の中、メアリもそれを味わった。
心臓が締め付けられる感覚や、燃えるような痛み。呼吸が出来ないまま指ひとつ動かせず、小さな頃はたくさん泣いたのを思い出す。
「私はそれがお役目でしたから、やらないという選択が出来ませんでした。しかしエドガルドさまはご自身の意思で、使い魔さんたちのために、何度もあの苦しみを……」
「……一体何を、言い出すかと思えば」
エドガルドは冷たい声で、メアリを見下ろして言った。
「使い魔のためにしたことではない。俺は俺の利のために、あれらが利用できると判断したから契約した」
「エドガルドさまのお力があれば、使い魔さんは不要のはず。ご自身の魔法でなんだって叶えられる、それがあなたの魔力ですもの」
メアリのこんな見解は、使い魔たちも同意見なのだ。
『ご主人さまが僕たちに、何かをお命じになることは少ないです。せいぜい使用人としての働きくらいですが、そんな役割を命じるだけならば、もっと消費魔力の少ない使い魔で十分なんですよ』
『俺たちが他の誰とも契約できないから、ご主人が契約してくれてるんだ。仕事してないあいだは人の姿になって、人の街で自由に遊んでいいんだぜ!』
『あのね、あのね、人ね! 僕たちが話し掛けたらお返事してくれるのー! ご主人さまが契約して、僕たちに実体をくれたから。うれしい、うれしい!』
切り株に座ったメアリの膝に集まった使い魔たちが、口々にそんなことを教えてくれた。
『ふふ。つまりエドガルドさまは、他でなかなか雇われるのが難しい人を、積極的に雇用してくださっているのね。……私のように』
それを聞いて、メアリは感じたのだ。
「エドガルドさまは、あなたの手を望んでいる相手に、きちんと手を差し伸べてくださるお方です。……そんなあなたの花嫁になることを、私は心から自慢出来ますよ?」
「…………っ」




