16 使い魔たちの名前
「ほんとうか!?」
「ええ、本当」
赤い少年がぱああっと口を開けると、牙のように尖った歯がちょんと覗いた。
メアリが悩んだのはほんの数秒ほどで、彼に付けたい名前が決まる。
「ではフラム。異国の言葉で、炎を意味する名前よ」
「フラム……」
「赤い髪と赤い瞳。何より元気で明るいところが、燃え盛る炎にぴったり合うもの」
「……!」
そう告げると、嬉しそうに頬を染めた赤い使い魔の少年は、むにむにと口をつぐんでから俯いた。
「フラム。……俺の、俺だけの名前……」
噛み締めるように呟いてから、彼は元気いっぱいにぴょんと跳ねる。
「へへ。……へへへ、へへ!」
「これからよろしくね、フラム」
「おう!! 俺もお前を名前で呼ぶ!! メアリ、ありがとう、メアリ!」
メアリの周りを駆け回るフラムに、シュニが呆れ顔で苦言を呈した。
「赤の使い魔。メアリさまに名前をもらったからって、調子に乗ってはいけませんよ」
「おいおい白の使い魔、俺のことはフラムって呼べよ! 俺もお前のこと、今日からシュニって呼んでやるからさ! 呼ぶ奴が増えると嬉しいだろ!?」
「う、それは……。し、仕方ありませんね……」
メアリはふたりのやりとりを眺めながら、くすくすと笑う。
「使い魔さんたちは、名前を付けられるのが嬉しいの?」
「うれしい! だって俺たち人が好きだし」
「ご主人さまに契約していただくまでは、人に姿を見てもらうことさえ出来ませんでした。僕たちは少々厄介もので、ご主人さま以外の人にはとても仕えることが出来ませんから」
「人と喋れるだけじゃなくて、名前まで貰えるなんてなあ! なあシュニ、みんなに自慢しに行こうぜ!」
「あ、待ちなさい赤……っ、ではなく、フラム!」
駆け出したフラムの後ろ姿を、シュニが慌てて追い掛ける。メアリはそれをにこにこ見送ったあと、改めてこの清廉な森を見渡した。
(本当に、佇んでいるだけで力が満ちていくような森ね)
苔むした木の幹に寄り添って、静かに目を瞑る。
(『怠惰』は悪女の条件だけれど、誰も見ていないところで休んでも意味がないわ。やるべきことを果たすべく、悪女の作戦……。悪女の作戦……)
そしてしばらく考えたのち、メアリははっと目を見開いた。
「そうだわ! この方法なら悪女らしい上、必然的に多くの人目に触れるはず。エドガルドさまもきっとご満足……きゃあ!」
思わず悲鳴を上げてしまったのは、小さな子供が抱き着いてきたからだ。
「この人が、あるじさまのお妃さまー?」
金色の髪をした少年が、きらきらした目でこちらを見ている。
その少年ひとりだけでなく、メアリの周囲には子供たちがたくさん集まってきていて、わあわあとはしゃぎながら口々に話した。
「これがお妃さま……。不思議。面白い」
「きらきらしていて可愛い、素敵ー! お姉さんがご主人さまと結婚するの?」
「あなたたちは……」
彼らはみんな人間ではなく、恐らく使い魔たちなのだろう。ひとりが抱っこをせがむように手を伸ばし、メアリにねだってくる。
「赤と白に聞いたのー! 私にも名前付けて、付けてー!」
少し離れた場所では、先ほど駆けていったシュニとフラムが、反省した顔で立っていた。
「申し訳ありませんメアリさま。フラムが他の使い魔たちに、不用意に自慢して回った所為で……」
「そんなこと言って、シュニのやつも自分から話してたんだからな! 俺だけの所為じゃないぞ、でもごめん!」
「名前ー! 名前欲しい名前欲しい名前、ねえー!!」
「僕も……僕も欲しい。僕の名前」
「俺にもちょうだい。ねえいいだろ?」
「……」
たくさんの使い魔たちにねだられて、メアリはふんすと気合を入れた。
「……分かったわ! 順番に付けるからこっちに並んでちょうだい、整列!」
「はあい!」
こうしてメアリはティストの森で、魔力が十分に回復するまでの時間を、たくさんの使い魔たちと過ごしたのだった。
***
「ただいま帰りましたエドガルドさま。私、この国の夜会に出てみたいです!」
「…………」
メアリが帰宅早々そう告げると、長椅子に寝転んで書類を読んでいたエドガルドは、肘掛けに足を置いたままで嫌そうな顔をした。
「……どういう意図によるものだ」
「はい、それはですね……」
「第一に魔力は回復したのか? 外出先で怪我などしていないだろうな。お前をひとりで行かせた結果、気掛かりでまったく公務に集中出来なかった。俺も同行するべきだったと何度後悔したか分からない、俺はお前のことが…………」
「……」
「………………」
エドガルドがぴたりと口を閉ざしたので、彼がいまどういう状況なのかを察する。
「……エドガルドさま……」
「――うるさい。俺だって、好きでお前にこんなにも惚れている訳じゃない……」




