15 赤の使い魔
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魔力というものは、この世界のすべての人間に流れる力だ。けれどその量には違いがあり、多ければ多いほどに強い魔法を使うことが出来る。
そして魔法をたくさん使い、体内に流れる魔力が減ると、人間も衰弱してしまうのだ。
豊穣の祈りは聖女にしか使えず、魔力を大量に消費する。
筆頭聖女として神殿に居た頃のメアリは、寄付金を積んだ国々からの依頼によって、毎日枯渇寸前まで祈り続けていた。
「さっきの魔法を使ったことで、残った魔力は半分くらいかしら? 神殿暮らしの日々に比べたら、かなり余裕がある方なのだけれど」
メアリの話を聞きながら、傍らを歩く使い魔のシュニがぶつぶつと呟く。
「あの規模の魔法を使っても、まだ半分ある残量……。やはり規格外ですが、そんなメアリさまの魔力を毎日枯渇寸前までこき使っていた神殿とは……」
「でも、ここに来られてよかったわ!」
脱いだ靴を両手に持ったメアリは、裸足で歩いてきた景色を見渡した。
「本当に、なんて素敵な森かしら……!」
転移してきたこの場所は、ふわふわした緑の苔に包まれた、巨木の森だ。
周囲に聳え立つ木々を囲むには、十人が手を繋いだ輪でも足りなさそうだった。
一本一本がどっしりと構えていて、低い位置に枝はない。その幹ははるか上空まで伸びていて、頂が見えないほどだ。
それでいて決して暗くはなく、むしろ木漏れ日が差し込んでいる。地面を覆う苔の感触を楽しむため、メアリは素足でこの森を歩いてきたのだが、絨毯のようにふわふわだった。
恐らくは魔力の磁場なのだろう。ここには大地から溢れた魔力が溜まり、空間が歪められているらしい。
「この森で少し寛げば、魔力もすぐいっぱいになりそうだわ」
「それはよかったです。ご主人さまも時々はここにお越しになって、休まれることがありますよ」
「まあ、エドガルドさまも?」
そんな話をしていると、赤い光の球がふよふよと近付いて来た。メアリがそれを見上げると、球はぽんっと音を立てて弾ける。
「やい、白の使い魔」
「!」
そこに姿を見せたのは、赤い髪に赤色の衣服を纏った少年だった。
元気そうな吊り目と小さな八重歯が特徴的な、八歳くらいの外見年齢だ。赤い少年を前にして、シュニがうんざりと溜め息をつく。
「はあ、あなたですか……」
「シュニ。この子はあなたのお友達?」
「いえまさか」
メアリが尋ねたその言葉に、シュニはにこりと笑って首を振った。
「この不届き者は、ご主人さまの使い魔のひとりです。数多くいる使い魔のひとりに過ぎない、そんな程度の存在ですが」
「おい、白の使い魔!!」
瞳も赤色の少年は、シュニの説明に勢いよく食ってかかる。
「聞き捨てならないぞ、いま俺さまの悪口を言っただろう!」
「なんのことです? 僕はあなたの悪口なんて、何ひとつ」
「そうなのか!? なら誤解した俺が悪かった、ごめん!!」
(まあこの子、素直な上にきちんと謝れる良い子なんだわ)
赤い少年を適当にいなしたあと、シュニはメアリを見上げながら教えてくれた。
「ご主人さまのお呼び出しがないとき、僕たち使い魔はこの森で過ごしています。他にも沢山わらわらといますよ、鬱陶しいほどに」
「なあおい白の使い魔。この女、さっきから普通に居るけどなんなんだ? 人間の女がこの森に来るなんて、有り得ないだろ」
赤い少年の問い掛けに、シュニはむっとした不機嫌そうな顔をする。
「無礼な口を聞いてはなりません、赤の使い魔。このお方のお名前はメアリさまであり……」
「ひょっとして、ご主人のお妃さまか!」
赤の少年はぴょんと跳ね、苔の絨毯に着地すると、メアリの周りをぐるぐる回りながら言った。
「初めて見た、これがお妃! ご主人は強くて怖くて格好良いだろ? お妃になるお前もきっと、強くて怖くて……は、なさそうだなあ」
「赤の使い魔。メアリさまに対し、先ほどからあまりに失礼な態度」
「ふふ。いいのよシュニ」
「ですが……」
メアリのために怒ってくれる気持ちを有り難く思いつつも、本心から告げる。
「私ね、子供の頃から神殿の外に出ることが無かったの。関わる人も少なくて、それがとっても寂しかったわ。だから、私に対して色んな人が色んな風に接してくれるのは、すごく嬉しい」
するとシュニはしゅんとして、おずおずとメアリに尋ねてくる。
「……では。僕もこのような口調ではなく、赤の使い魔のような態度でメアリさまへとお話しした方が嬉しいですか?」
「あら、どうして? シュニはシュニらしい方が、もちろん嬉しいに決まっているのに」
そう言うとシュニはほっとしたように、それでいて嬉しそうに息を吐いた。
「ありがとうございます。メアリさま」
「なあなあ、さっきから気になっていたんだが」
赤色の少年は首を傾げ、シュニのことを指差した。
「お妃さまが言ってる『シュニ』ってなんだ? 聞いていると、まるでお前の……」
「シュニはこの子の名前なの。私が付けたわ」
「!!」
その瞬間、赤色の少年が大きく目を見開いた。シュニは勝ち誇ったような表情で、赤色の少年に言い募る。
「ふふん、羨ましいでしょう? メアリさまにいただいた、僕だけの名前こそ『シュニ』なのです」
「う、うおお……。そ、そんな、そんなの……」
ふるふると震えている赤色の少年に、メアリは何気無く尋ねてみる。
「あなたにも名前を付けましょうか?」
「……!!」
その瞬間、赤色の少年がメアリを見上げ、喜びを満面に表した表情で瞳を輝かせた。




