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【書籍①発売】雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜2章 強欲の悪女〜

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13 『強欲』の悪女(2章・終わり)

「……そのような戯れ言は、何もいらない」

「ですが」

「お前の勤めは、俺を知ることなどではないはずだろう」

「あ!」


 そう告げられて、メアリは反省する。


「仰る通りです。私、エドガルドさまのなさることに見惚れてしまって、悪女らしい振る舞いが十分に出来ていませんでした……今からでも、悪女の振る舞いは間に合うでしょうか?」

「ふん」


 エドガルドは冷たい視線をメアリに向けたあと、ふいっと顔を逸らす。


「もはや見物人も居ない。無意味なことをする暇があったら――……」

「確かに」


 彼の言葉を遮って、メアリは閃く。


「それでは、こちらに致しましょう!」

「は?」


 中庭の中央を目指し、メアリはととっと数歩駆ける。そこで両手の指を組むと、静かに目を閉じた。


 そして、いつものように祈りを捧げる。


「……これは……」


 心臓の辺りから、温かな力が溢れるのを感じた。


 左の胸を中心にして、その力がどんどん広がってゆく。

 メアリの鼓動が脈打つ度に、その魔法が体の中を満たし、光となって外へと溢れ出た。


「聖女による、豊穣の祈りか? ……違う。これはそんな曖昧なものではなく、もっと強力な……」

(エドガルドさまはやっぱり、魔法の知見が深いのだわ)


 生まれ持っての才能だけでは、メアリがいま使っている魔法について見抜けるはずもない。エドガルドの言う通り、メアリがここで使っているのは、神殿でささげていた祈りとは別物だった。


(豊穣の祈りは、通年を通して土地を豊かにするもの。持続的な代わりに効果が弱い、そんな魔法だけど)


 目を閉じて祈るメアリの胸元に、ふわっと光の球が生まれる。

 それはどんどん大きく膨れ上がり、メアリたちだけでなく屋敷を取り込んで、結界よりも大きな光となった。


「恵みを。祈りを。とこしえに足らずとも、この地の民が飢えを癒し、明日に怯えることのない豊かさを!」

「……っ」


 メアリが唱えた瞬間に、ひときわ強い光が満ちる。


 眩しさが消えたのを瞼越しに感じ、メアリがゆっくりと目を開ければ、辺り一面は青々とした植物に埋め尽くされていた。


「……上手く、いきましたね」

「……」


 ほっとすると同時に、メアリの頬を汗が伝う。

 呼吸が乱れ、上手く声が出しにくくなっているものの、軽い咳払いと共に誤魔化して笑った。


「エドガルドさま! ここに生えた植物はみんな、ご覧の通りの食糧です。お芋にごぼう、人参や玉葱。キャベツやカブ、お豆とかぼちゃ、茄子! それからトマトと苺と……」


 これは豊穣の祈りではない。短期的だがもっと強力な、そんな魔法なのだ。


 あれもこれもと指差してゆくと、エドガルドがぽつりとこれだけ呟く。


「…………作物に、季節感の統一性が無さすぎるだろう」

「そ、そうかもしれないのですが!」


 一応自覚はあったので、メアリは慌てて補足した。


「エドガルドさまの先ほどのお話だと、領民の皆さまは飢えて痩せていらっしゃるのでしょう? 必要な栄養素が分りませんので、とにかく思い付く限りの収穫物があるようにと……」

「……」

「お野菜だけではなく! たくさんの食べ物があると分かれば、森の動物さんたちも近寄ってくるはずです。ここに罠を仕掛けたり猟をすれば、きっとお肉も食べられるはず」

「……言わんとする理屈は、分かったが」


 エドガルドは形のいい眉を歪め、解せないものを見る目をメアリに向けた。


「一体どんな理由があって、こんな魔法を使ってみせた?」

「だって私、悪女ですから!」

「…………」


 自信満々で言ってみせたのに、エドガルドはますます渋面を険しくする。


「エドガルドさまは領主を排除して、この地をご自身の物になさるのでしょう?」

「まだそうと決めた訳ではないが」

「妻である悪女たるもの、夫の領地から得られる利益を最大限にするべきです! 領地でたくさん収入を得るには、何はなくとも領民の健康あってこそ。元気な稼ぎ手がたくさんいなくては、税金が入らない上に生産物も減りますからね」

「…………」


 もちろん本で読んだだけなのだが、その考え方には賛成だ。


「私は悪女なので、強欲なのです。エドガルドさまが得られる利益を最大限得るために、お手伝いいたします!」

「…………お前は……」

「あら? あそこ、何か物音が……」


 崩れた屋敷の一角から、がたんと音がしたのである。メアリが近付こうとすると、エドガルドがそれを後ろから叱った。


「危険かもしれないものへ、不用意に近付くな」

「大丈夫ですエドガルドさま。ここにいるのは小さな子供たちのようで……」

「子供?」


 領主がいた部屋の奥には、五歳から六歳くらいの少年や少女が、蹲ったまま震えていた。

 身を寄せ合って泣いている彼らは、領主の血縁ではなさそうだ。ひょっとしたら、領民たちが領主に逆らわないように、子供を連れ去って人質にしていたのかもしれない。


 どうやら怪我はしていないようだが、その様子はひどく怯えている。


「ひっく……た、たすけて……」

「なんてひどい……。待っていてね、今……」

「待て」

「!」


 駆け寄ろうとしたメアリの肩を、エドガルドの大きな手が掴んだ。


「怪我もしていないのだから放っておけ。どうせ領民共が異変に気付き、子供を助けるためにやってくる」

「離してくださいエドガルドさま!」

「……っ」


 メアリが願うと、エドガルドはすぐさま手を離してくれた。どうやら彼の本意ではないが、メアリの願いへ咄嗟に反応してしまったらしい。


「おい!」

「心配なさらずともご安心ください。せっかく目撃者に会えたことですし、ちゃんと悪女らしく振る舞いますから!」

「っ、本当だろうな……!?」


 子供たちに駆け寄ったメアリは、彼らに目線を合わせるために床へ座った。それでもびくりと肩を跳ねさせた子供たちを観察し、体調を確認する。


(魔力の乱れは無さそうだけれど、後で念のため治癒魔法を使いたいわ。とはいえ、今は何よりも……)


 メアリは深呼吸をする。


「エドガルドさま。今回ご指示いただいた悪女のお仕事は、『エドガルドさまのしていることを隣で喜びながら、美しく微笑む』ですよね」

「……待て。やはりお前、どう考えても解釈を間違って……」

「小さなみんな。安心してね」


 メアリは怯える子供たちに向け、ゆっくりとやさしい声音で語り掛ける。


「エドガルドさまが、皆さんを苦しめる悪い領主をやっつけて下さったわ。私、隣で見ていたの」

「ほ……ほんとう?」

「っ、待てと言っている!」

「本当。これでみんなおうちに帰れるわ! なんて喜ばしいことかしら」

「……!」


 子供たちが目を見開いて、信じられないという表情をする。


「怖かったのに、みんな頑張ってくれたのよね」


 メアリはくちびるを綻ばせ、まさしくエドガルドに言われた通り、美しい微笑みを浮かべて告げた。


「……けれどもう、大丈夫だから」

「……っ」


 その瞬間、硬直していた子供たちの体から力が抜ける。


「う……うわああんっ、お姉ちゃん……!!」

「怖かった、怖かったよお……!!」

「よしよし、みんな良い子。……すぐにお迎えが来るはずだから、家族みんなでお腹いっぱいご飯を食べましょうね」


 メアリに縋り付く子供たち、ひとりひとりの頭を撫でる。この小さな子供たちが安心できて、本当によかった。


(エドガルドさま! 私、ご指示の通りにやれましたよ!)


 そんな思いで顔を上げるが、メアリを見ているエドガルドの表情は、想像していた『よくやった!』という顔ではなかった。


「………………」

「……あらら?」


 何故なのか、心底げんなりしたまなざしを向けられている。


 どうやらこの日の『悪女のお勤め』は、雇い主の期待には添えなかったようなのだった。




------

2章・終わり


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― 新着の感想 ―
[一言] なんという人たらし…!
[一言] この悪女、やばいぞ……!? 悪女とは奪う者、他者から略奪し、私腹を肥やし、絶望を振りまく者……だと思っていたのですが、これだとただの優秀な人では!?(笑)
[一言] なんという悪女()ムーブ…これは次代の王は確定的に明らかですね…
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