12 旦那さまのお仕事
※今朝も更新しています。前話をお読みでない方は、ひとつ前のお話からご覧ください。
その直後、飛び出してきた魔術師が叫び声を上げる。
「食らえ!」
「……」
隆起した地面が蛇のようにうねり、エドガルドの方に襲い掛かる。そこにエドガルドが一瞥をくれると、岩塊が音を立てて破裂した。
エドガルドが指先を動かすと、岩の破片が逆流し、魔術師の腹部にぶつかってめりこむ。
「うぐ……っ!?」
短い悲鳴のあと、魔術師が倒れた。結界で身を守っていたようだが、エドガルドには紙も同然だったようだ。
(気絶なさっている魔術師たちは、皆さま実力者であったご様子なのに。その結界を破壊した上、落下しながら私を守り、魔術師との攻防をした上での見事な着地……)
メアリは興味津々で、隣に立つエドガルドを見つめた。
(凄まじい攻撃魔法と、それを繊細に制御なさるお力を併せ持つ、素晴らしい技術ね)
「……視線をやめろ」
「申し訳ありません。ついつい」
エドガルドはメアリから手を離すと、屋敷を見上げて手を翳す。短い詠唱に呼応して、彼の手のひらに光が集まった。
放たれるのは一瞬だ。
どんっという地響きが訪れる。
衝撃のあと、豪奢な作りだった屋敷の一部は崩壊し、壁や屋根が抉り取られたかのように砕け散っていた。
「ひっ、ひい……!」
崩れた部屋の一部から、震えた男が飛び出してくる。中年の男は恐怖に顔を歪め、エドガルドを見て尻餅をついた。
「なんだ貴様は……!?」
「シャンデリアに吊るした無数の宝石は、南大陸からの輸入品か?」
エドガルドは無惨に床へと砕けたシャンデリアを見遣り、冷たい声を発した。
「この一室の調度品だけで、庶民ひとりが十年は生きられる。……この地の領民が、あれほど痩せ細っていたわけだ」
「か、金が目当てか!? そうか分かったくれてやる、好きなものを持っていけ!!」
太った男の指が、床に散らばった宝石を掻き集める。
引き攣った笑みを浮かべた領主は、両手を掲げるようにしてエドガルドに祈った。
「な!? ほら、嬉しいだろう! 誰に雇われた魔術師か知らないが、そ……そうだ、私の元に来ないか!?」
「……」
「お前ほどの魔術師であれば、いくらでも金を積んでやろう! だから、な!?」
「黙れ」
「ぐ……っ!?」
エドガルドが冷淡に言い放つ。作り出された氷の刃が、領主の眼球すれすれに突き付けられた。
「……耳障りな声で、よく喋る……」
「はっ……、は」
領主が目を見開いたまま、声が出ないくちびるを開閉させた。
「どうやら貴様は、よほど俺を不快な気分にさせたいらしい」
(エドガルドさま……)
表情を変えないエドガルドの声が、地を這うような低さで響いた。
空気が張り詰めて痛いほどだ。本で読んだことがあるのだが、これが殺気というものだろうか。
「跪け」
「く……っ」
ぶるぶると身を震わせる領主が、汗を地面に滴らせながら片膝をつく。
「もしやお前は……い、いや、あなたさまは。まさか……!!」
「――……」
「ぐあ……っ!?」
雷鳴が、領主の腹部を貫いた。
「誰が話していいと言った?」
「……エドガルド、殿下……っ」
「その不愉快な声で、勝手に俺の名を呼ぶな」
エドガルドの淡々としたその言葉は、領主の耳に入っていないはずだ。
どさりと地面に倒れ込んだ領主を見下ろし、エドガルドはつまらなさそうに言い放つ。
「利用価値がひとつも無ければ、この場でさっさと殺してやったものを」
「……エドガルドさま!」
「!」
わあっと拍手をしたメアリの声に、エドガルドがぴくりと肩を跳ねさせた。
「すごいですエドガルドさま! 見事な手腕、感嘆いたしました!」
「は? ……何がだ」
「多数の私兵に守られた領主さまを、武力で制圧すると仰っていましたから。私、絶対に重傷の怪我人が出てしまうと思って、こっそり治癒の準備をしていたのです」
ほわっと手のひらに光の球を浮かせて、メアリは「ね?」と首をかしげる。
「けれどもこれだけの結界を破った上、敵を失神させるにも最低限の攻撃だけ。このような手加減が出来るのは、エドガルドさまが本当にお強いからですね」
「……」
「こんなにすごい魔法を使うお方は、本の世界の作り話にしかいないと思っていました。殺気というものを感じたのも初めてで、どきどきしています」
神殿の外に広がる世界は、こんなにもたくさんの出来事に溢れているのだ。メアリはエドガルドの手を取ると、きゅっと繋いで微笑んだ。
「どうか私の手を握って下さい。素晴らしい方に出会えて幸せなときは、その相手に握手をねだると本で読んだのです」
「…………」
「ふふ、大きな手。……よく見ると、懸命に書き仕事をなさるお方特有のペンだこがおありなのですね」
魔法や武力ばかりでなく、王太子としての仕事もこなしているのだろう。昨晩一緒に食事が出来なかったのも、もしかしたらそれが理由なのかもしれない。
「決して表に出さないけれど、たくさんのことを頑張っていらっしゃる。……そんな旦那さまのことが知れて、嬉しいです」
「…………っ」
そう告げると、エドガルドが渋面を作り、メアリの指から逃れるようにぱっと手を引いた。




