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【書籍①発売】雇われ悪女なのに、冷酷王子さまを魅了魔法で篭絡してしまいました。不本意そうな割には、溺愛がすごい。  作者: 雨川 透子◆ルプななアニメ化
〜2章 強欲の悪女〜

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11 最強の王太子さま

 メアリはほっと胸を撫で下ろす。


「神殿を敵に回すと大変ですよ。自国の豊穣のために寄付金を注ぎ込んでいる各国が、全力で徒党を組んで護ろうとするはずですから」

「それくらいはどうとでもなる。そんなことよりも、お前の部屋の調度品について希望はあるのか? いま置いている寝台も好みの物に取り替える。白の使い魔に要望を出しておくよう――……違う、本題は更に別だ……!!」

「お可哀想なエドガルドさま……」


 エドガルドは死ぬほど疲れた顔をしたあと、今日一番の大きな溜め息をついてから言った。


「これより、国の南西にある街へ向かう。お前は婚約者として、俺に同行しろ」

「はい! お役目ですね」


 メアリは握り締めた両手を構え、戦いのポーズを取って頷く。


「ちなみに、そちらの地にはどのような御用向きで?」

「領主が不当な重税を課し、領民から搾り取っていたことが分かった。兄より先に俺が赴き、片を付ける。領主の私兵による警備を突破し、武力で制圧する流れだ」


 なるほどなるほど、と頷いた。


「それはつまり、悪い領主から領民の方々を救うということでしょうか!」

「……違う」

「あら?」


 メアリが首を傾げれば、エドガルドは冷たい声音で言い放つ。


「領民のことなんざどうでもいい。俺が他人を救うなど、有り得ないことだと覚えておけ」

「ですが、領主さまをやっつけるおつもりなのでしょう? それは紛れもなく、領民の皆さまのためなのでは……」


 エドガルドはふんと鼻を鳴らし、不機嫌そうに言葉を続けた。


「これは、見せしめだ」

「見せしめ……」


 紫色のその瞳が、窓の外にある景色を睨み付ける。


「王の座に興味は無いが、逆らう人間の存在は不快だからな。愚かしい領主は虫けらも同然だが、その虫の死体を軒先に吊るしておけば、ほかの虫がしばらくは寄り付かなくなる」

「エドガルドさま……」

「転移後は領主の結界をこじ開け、そのまま踏み込んで生け捕りにする。お前は俺の隣で、喜ぶふりでもしながら見ていろ」


 厭わしげなまなざしが、メアリの方に向けられた。


「――美しく微笑んでいれば、それでいい」

「…………」


 エドガルドの物言いや振る舞いは、恐ろしい暴君そのものだ。部屋の空気が、背筋も凍るような冷たさを帯びる。


 けれど、メアリが臆することはない。


(悪女としてのお役目。任せていただけて、とても嬉しい)

「!」


 にこっと微笑み、エドガルドの言った通りの表情を作ると、彼は不意を突かれたかのように目を見張った。


「こうですか? エドガルドさま」

「……っ」


 尋ねれば、エドガルドが苦虫を噛み潰したような顔で言う。


「…………俺にいまそれをやる必要は無い」

「まあ。大変失礼いたしました」


 彼は舌打ちをしたあとに、メアリの手首を掴んだ。


「さっさと終わらせる。……転移をするぞ」

「はい、お仕事頑張りま……すっ!?」


 元気よく返事をしようとした瞬間、目の前の光景が切り替わる。


 真っ黒で広大な空間だ。一瞬で転移したその場所に、不穏な雷鳴が轟き始める。ばちばちと音を立てる稲妻が、メアリとエドガルドの体に纏わり付いた。


「ん……!」


 少しでも前に進もうとすると、四肢に絡んだ稲妻がそれを阻み、押し留める。ともすれば、呼吸をする余裕すらなくなりそうだ。


(すごい抵抗……! 全力で侵入者を拒んでいるんだわ)


 それを肌で感じて、メアリは目を輝かせた。


「エドガルドさま、ここは領主さまの結界の中ですね!? すごいです、予備動作もなく一瞬で転移なさるなんて!」

「静かにしていろ」


 エドガルドはメアリの肩を掴み、彼の方へと引き寄せる。そして目の前に手を翳し、小さな声で詠唱をした。


「!!」


 轟音と共に、真っ暗な空間へ亀裂が走る。


 空間が持ち堪えたのは数秒ほどで、そこから一気に決壊した。

 目の前の暗闇が砕け散ったあと、メアリたちは森の中に建てられた大きな屋敷の、その上空に転移している。


 メアリたちが落下し始めるのと同時に、悲鳴じみた叫び声が下から聞こえた。


「結界が破られたぞ!! 何をしている、侵入者を殺せ!!」


 領主らしき怒号が響き渡る。百人以上の魔術師たちが屋敷を取り囲み、彼らの周りに魔法陣が出現した。


「離れるなよ」

「はい、エドガルドさま!」


 メアリがエドガルドにきゅっとしがみ付けば、エドガルドは物凄く顔を顰めた。

 舌打ちのあと、彼が下方へ手を翳すと同時に、地上で迎え撃つ魔術師たちが魔法を放つ。


「!」


 ごうっと凄まじい音を立てて、噴火のような火柱が噴き上がった。

 突風と熱気に目を細め、生き物としての本能で身を竦める。エドガルドは、メアリを守るように抱き寄せながら詠唱した。


「――――……」

「!」


 すぐ足元まで迫り来ていたその炎が、光の壁に弾かれる。


(これだけの凄まじい火柱を、こんなに簡単に防ぐだなんて……!)


 エドガルドは平然とした顔で、次の呪文を結界に重ねた。

 たったそれだけで、全てを焼き尽くすかのような業火の柱が退けられ、次の瞬間に霧散する。強大な火柱を弾き返され、魔術師たちが慌てて魔法を解除した。


「ぐあ……っ!!」


 エドガルドの放った風の刃が、迎撃体制にいた魔術師たちを斬り裂いた。

 メアリたちの足元に生まれた魔法陣が、落下の衝撃を和らげて、庭の芝生に着地するのを助ける。


「す……っ」


 破られた結界の内側、悪徳領主に雇われた魔術師たちが気絶した中庭で、メアリはぱちぱちと拍手をした。


「すごいです、エドガルドさま!」

「ふん」


 エドガルドはどうでもよさそうだが、これは並大抵の手腕ではない。





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