11 最強の王太子さま
メアリはほっと胸を撫で下ろす。
「神殿を敵に回すと大変ですよ。自国の豊穣のために寄付金を注ぎ込んでいる各国が、全力で徒党を組んで護ろうとするはずですから」
「それくらいはどうとでもなる。そんなことよりも、お前の部屋の調度品について希望はあるのか? いま置いている寝台も好みの物に取り替える。白の使い魔に要望を出しておくよう――……違う、本題は更に別だ……!!」
「お可哀想なエドガルドさま……」
エドガルドは死ぬほど疲れた顔をしたあと、今日一番の大きな溜め息をついてから言った。
「これより、国の南西にある街へ向かう。お前は婚約者として、俺に同行しろ」
「はい! お役目ですね」
メアリは握り締めた両手を構え、戦いのポーズを取って頷く。
「ちなみに、そちらの地にはどのような御用向きで?」
「領主が不当な重税を課し、領民から搾り取っていたことが分かった。兄より先に俺が赴き、片を付ける。領主の私兵による警備を突破し、武力で制圧する流れだ」
なるほどなるほど、と頷いた。
「それはつまり、悪い領主から領民の方々を救うということでしょうか!」
「……違う」
「あら?」
メアリが首を傾げれば、エドガルドは冷たい声音で言い放つ。
「領民のことなんざどうでもいい。俺が他人を救うなど、有り得ないことだと覚えておけ」
「ですが、領主さまをやっつけるおつもりなのでしょう? それは紛れもなく、領民の皆さまのためなのでは……」
エドガルドはふんと鼻を鳴らし、不機嫌そうに言葉を続けた。
「これは、見せしめだ」
「見せしめ……」
紫色のその瞳が、窓の外にある景色を睨み付ける。
「王の座に興味は無いが、逆らう人間の存在は不快だからな。愚かしい領主は虫けらも同然だが、その虫の死体を軒先に吊るしておけば、ほかの虫がしばらくは寄り付かなくなる」
「エドガルドさま……」
「転移後は領主の結界をこじ開け、そのまま踏み込んで生け捕りにする。お前は俺の隣で、喜ぶふりでもしながら見ていろ」
厭わしげなまなざしが、メアリの方に向けられた。
「――美しく微笑んでいれば、それでいい」
「…………」
エドガルドの物言いや振る舞いは、恐ろしい暴君そのものだ。部屋の空気が、背筋も凍るような冷たさを帯びる。
けれど、メアリが臆することはない。
(悪女としてのお役目。任せていただけて、とても嬉しい)
「!」
にこっと微笑み、エドガルドの言った通りの表情を作ると、彼は不意を突かれたかのように目を見張った。
「こうですか? エドガルドさま」
「……っ」
尋ねれば、エドガルドが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「…………俺にいまそれをやる必要は無い」
「まあ。大変失礼いたしました」
彼は舌打ちをしたあとに、メアリの手首を掴んだ。
「さっさと終わらせる。……転移をするぞ」
「はい、お仕事頑張りま……すっ!?」
元気よく返事をしようとした瞬間、目の前の光景が切り替わる。
真っ黒で広大な空間だ。一瞬で転移したその場所に、不穏な雷鳴が轟き始める。ばちばちと音を立てる稲妻が、メアリとエドガルドの体に纏わり付いた。
「ん……!」
少しでも前に進もうとすると、四肢に絡んだ稲妻がそれを阻み、押し留める。ともすれば、呼吸をする余裕すらなくなりそうだ。
(すごい抵抗……! 全力で侵入者を拒んでいるんだわ)
それを肌で感じて、メアリは目を輝かせた。
「エドガルドさま、ここは領主さまの結界の中ですね!? すごいです、予備動作もなく一瞬で転移なさるなんて!」
「静かにしていろ」
エドガルドはメアリの肩を掴み、彼の方へと引き寄せる。そして目の前に手を翳し、小さな声で詠唱をした。
「!!」
轟音と共に、真っ暗な空間へ亀裂が走る。
空間が持ち堪えたのは数秒ほどで、そこから一気に決壊した。
目の前の暗闇が砕け散ったあと、メアリたちは森の中に建てられた大きな屋敷の、その上空に転移している。
メアリたちが落下し始めるのと同時に、悲鳴じみた叫び声が下から聞こえた。
「結界が破られたぞ!! 何をしている、侵入者を殺せ!!」
領主らしき怒号が響き渡る。百人以上の魔術師たちが屋敷を取り囲み、彼らの周りに魔法陣が出現した。
「離れるなよ」
「はい、エドガルドさま!」
メアリがエドガルドにきゅっとしがみ付けば、エドガルドは物凄く顔を顰めた。
舌打ちのあと、彼が下方へ手を翳すと同時に、地上で迎え撃つ魔術師たちが魔法を放つ。
「!」
ごうっと凄まじい音を立てて、噴火のような火柱が噴き上がった。
突風と熱気に目を細め、生き物としての本能で身を竦める。エドガルドは、メアリを守るように抱き寄せながら詠唱した。
「――――……」
「!」
すぐ足元まで迫り来ていたその炎が、光の壁に弾かれる。
(これだけの凄まじい火柱を、こんなに簡単に防ぐだなんて……!)
エドガルドは平然とした顔で、次の呪文を結界に重ねた。
たったそれだけで、全てを焼き尽くすかのような業火の柱が退けられ、次の瞬間に霧散する。強大な火柱を弾き返され、魔術師たちが慌てて魔法を解除した。
「ぐあ……っ!!」
エドガルドの放った風の刃が、迎撃体制にいた魔術師たちを斬り裂いた。
メアリたちの足元に生まれた魔法陣が、落下の衝撃を和らげて、庭の芝生に着地するのを助ける。
「す……っ」
破られた結界の内側、悪徳領主に雇われた魔術師たちが気絶した中庭で、メアリはぱちぱちと拍手をした。
「すごいです、エドガルドさま!」
「ふん」
エドガルドはどうでもよさそうだが、これは並大抵の手腕ではない。




