10 お可哀想な旦那さま
※本日、複数回更新しています。前話をお読みでない方は、前のお話からご覧ください。
「それよりもメアリさま。ご主人さまはこれより早速、メアリさまとの婚約を公表なさるおつもりです」
「まあ。お仕事が早い」
しかし、王族の結婚とは本来もっと複雑なものだ。いくら本人がそのつもりだからといって、あっさり認められるものなのだろうか。
「今更だけれど、教会を追放された元聖女を妃にだなんて、エドガルドさまのご両親が反対なさったりしないの?」
「国王陛下は病の床に就かれ、現在すべての権限を第一王子のヴィンセント殿下に移譲されています」
「ふんふん。エドガルドさまの兄君ね」
「そして恐らくヴィンセント殿下は、ご主人さまとメアリさまの婚姻を許可なさるかと。その……」
シュニが言い淀んだものの、メアリはまったく気にしない。
「エドガルドさまが下手に権力を持った家のご令嬢を妃に迎えるよりも、悪名しかない無力な女と結婚してくれた方が、兄君にとっては都合が良いということね」
「……そうです。ご主人さまが次期国王の資格を失うのは、ヴィンセント殿下にとっても望む所ですので」
「ううん……。まさか王位継承権を巡って、ご兄弟の利害が逆に一致しているとは……」
王族の家族関係は複雑だ。それをしみじみ噛み締めつつ、気合も入れる。
「つまり私は明日以降、早々にエドガルドさまの婚約者として過ごす機会があるということね。頑張らないと!」
「シュニは応援しています、メアリさま」
その気持ちを嬉しく思いつつも、まずは腹拵えが必要だ。
「今夜の夕食がとても楽しみだわ。ああ、日付が変わる前に食事を取れるなんて感動しちゃう……!」
「お、おいたわしや……」
こうしてメアリは、これからの悪女生活に思いを馳せつつも、聖女業から自由になった身の上を噛み締めるのだった。
***
翌日、部屋に運ばれてきた朝食をひとりで済ませたメアリは、身支度をしてからエドガルドの元へ挨拶に向かった。
このお城はとても広い。その中でもエドガルドが居住する主城の中は、使用人が出入りすることもないそうだ。
すべての用事は使い魔たちが賄っており、人の気配がない。足音もせず、物音ひとつ聞こえてこないのだった。
そのお陰で本来の広さよりも、ずっとがらんどうに感じられる。
「おはようございます、エドガルドさま!」
「…………」
メアリが元気よく挨拶をする一方、執務室の椅子に掛けたエドガルドは、朝からものすごく難しい顔をしていた。
「魅了魔法の状態はいかがでしょう? 解呪の魔法が効かなくとも、奇跡が起こって自然と消えていたりは……」
「………………」
「していなさそうですね……」
恐らくエドガルドの渋面は、メアリのことが好きではなくなったからというものではない。
エドガルドは溜め息をつくと、大きな手で額を押さえるようにして俯いた。
「……一体どうして俺が、お前の夢など見る羽目になる……」
「まあ! 夢の私ったら、勝手にお邪魔してしまいましたか?」
夢の中のメアリは、エドガルドに粗相などしなかっただろうか。だが、それはそれで問題無いのだと思い直す。
「悪女のお勤め、思いのほか順調に進んでいて嬉しいです! 夢の中といえど、不法侵入は不法侵入ですものね」
「は?」
「え???」
エドガルドがこちらを見るまなざしが、先ほどとは別の険しさを帯びた気がした。
だが、エドガルドは深く追求しては来ず、再び深い息をつく。
「……なんとなく嫌な予感はするが、ひとまず今はいい。それよりも、昨夜はよく眠れたのか」
「はい、ぐっすりです! あんなに早くお布団に入れたどころか、朝もすごくゆっくり出来て……」
今朝の心地よさを思い出し、メアリはうっとりと目を細めた。
「朝日が昇ったあとに寝ているなんて、生まれて初めてのことです。瞼越しに光が当たって起きる素晴らしさ、感動しました……!」
「そうか」
その瞬間、エドガルドはすっと真顔になる。
「――では近々、お前にこれまで過酷な労働を強いていた神殿を、朝日よりも眩い炎で焼き払おう」
「え……っ?」
たった今、とんでもない冗談が聴こえた気がした。
「食事はどうだ」
「えと、は、はい。こちらも非常に美味しく! 祝宴の日ではないのに主菜を出していただけた上、あんなに柔らかいお肉は初めていただきました……! その上におかわりもしていいだなんて、こんな贅沢があってよろしいのでしょうか……!?」
「良いに決まっている、腹がはち切れるまで好きなものを好きなだけ食え。それと神殿関係者は焼き払う前に、監禁して飢餓状態に追い込んだ上での処刑とする」
「え……っ。あの、恐れながらエドガルドさま、先ほどからご冗談がとても過激なような」
「冗談なはずがないだろう」
エドガルドは脚を組み替えると、当たり前のような表情のまま、それでいて低い声音で言った。
「お前をこれまで害して来た愚者を、俺が看過し見逃すとでも?」
「エドガルドさま、お気を確かに!!」
「……!」
魅了魔法の効力が恐ろしすぎる。メアリが大慌てでエドガルドを止めると、彼もそこで我に返ったようだ。
「くそ、俺は一体何を言っている……!?」
「よ、よかったです正気に戻っていただけて……!」




