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スリリングな恋の代償 リリアンヌ

わたしがお父様と今後のことを話している時、カーソン子爵の屋敷ではとても大きな騒ぎが起こっていました。


リリアンヌ様の婚約者であるスライヤード子爵が婚約破棄を伝えに来ていたのです。カーソン子爵にしたら寝耳に水。まさか娘が浮気をしているなんて考えもしなかったのでしょう。


しかも、相手はアンナ・ウェスタンの婚約者。相手の男は冴えないが、ウェスタン伯爵を敵に回すことになるととんでもなく大変なことになる。間違いなく社交界からはじき出されるでしょう。いえそれより、まずは婚約破棄と言う大問題をどうにかしなくてはならないのです。


「ちょ、ちょっとお待ちください、スライヤード卿。私も今聞いたばかりで、何が何だか。いえ、もう、とにかく信じられない話で驚いていますので」

「では、リリアンヌ嬢を呼んで事実を確認なされば宜しいでしょう」


スライヤード子爵はとても穏やかな物腰ですが実はとてもやり手で、その柔和な笑顔に知らない人は勘違いをしがちですが、実はねっとりと執念深い方だそうです。


「も、勿論です。勿論です、すぐに呼んできますのでお待ちください」


そう言って応接室を出たものの、もし本当の話なら、今リリアンヌを応接室に連れていくより、不在ということにして先に手を打った方がいいだろう。


カーソン子爵はそう考えましたが、リリアンヌ様から思いもよらないことを聞かされ動揺なさいました。そして、リリアンヌ様に部屋から絶対に出ないようにきつく言い含めたのです。


「詳しい話は後で聞く!とにかく、ここから出るな!音も立てるな、分かったな!」


まさかうちの娘に限ってそんなことあるわけがない、そう思いながらも一抹の不安を覚え、声を潜めて「お前が、学院の男子生徒とデートをしているところを見た人がいるのだが、そんなバカな話、あるわけないな?」と、カーソン子爵が苦笑いをしながらそう言えば、リリアンヌ様はちょっと不満げな顔をされました。


「誰がそんなことを?それとも、どこかのご令嬢の嫉妬とか?別に、ちょっとデートするくらい、良いと思いますけど?まだ、結婚しているわけでもないのに」


そう平然と言い放つリリアンヌ様に、カーソン子爵は、全身にヒヤッと冷たいものが走り、それから得体の知れない恐怖が心を支配し始めたようです。


可愛らしく純粋で誰からも愛されるリリアンヌ様。その愛する娘の口から発せられた言葉とは思えない信じがたい内容に、目の前の娘がどこかの見ず知らずの頭の緩い女に見えたかもしれません。


そして、止めればいいのにカーソン子爵は訊いてはいけないことを口にしました。


「も、もしかして、ケビン・ガーネットとも出掛けたのか?」

「やだ、彼のことも聞いたの?ふふふ、そうよ」

「なんてことを……」


ことの重大さが全く分かっていないリリアンヌ様に、カーソン子爵は真っ赤な顔をして怒鳴られました。スライヤード子爵に聞かれるわけにいかないのに、つい興奮してしまったようです。


「あの男はアンナ・ウェスタンの婚約者だぞ!」


リリアンヌ様はまさか怒鳴られるとは思っておらず、驚かれましたがさらに大きい声で言い返されます。


「だから何?ケビンは彼女のことなんか愛していないのよ。寧ろ大嫌いなの!私だけが自分のことを分かってくれるっていつも言っていたのよ?」

「だから何だ!そんなの関係ない!」


カーソン子爵が目を剥いて怒る姿に、リリアンヌ様はさすがに怖いものを感じたようで、直ぐにカーソン子爵を安心させる一言を言いました。


「お父様、落ち着いて。もう別れたから」

「は?」

「私たちはもう別れたのよ。何の後腐れもないわ。ちょっとした遊びだったのよ」


ニコッと笑うリリアンヌ様は、男性を手玉に取って遊んでいるようにはとても見えない少女のように可愛らしい笑顔です。まさか、その軽い気持ちで犯した過ちが、このカーソン子爵家を潰さんとしていることなど、全く理解されていないのでしょう。


「なんて馬鹿なことをしてくれたんだ。何が遊びだ!それがどれほどの罪かも理解していないなんて!」


この娘は誰だ?本当にリリアンヌなのか?


声を潜めながらも、怒りで完全には潜めきれないカーソン子爵。


「何よ!ちょっと遊んだだけじゃない!別に身体を最後まで許したわけじゃないのよ!それに、別れたって言ってるじゃない」

「当たり前だ!何を馬鹿なことを言っている!!バカ娘が!」

「バカバカ言わないで!大体ね、私という婚約者がいるのに仕事が忙しいと言って週に一度しか会いに来ない、カリブ様がいけないのよ!」

「な!何を馬鹿なことを!スライヤード卿は仕事をしているんだぞ。お前みたいに呑気な学生じゃないんだ。そんな時間があるか!」

「時間は作るものよ。その努力もしないで、婚約者に浮気をされて騒ぐなんてみっともないわ!それにね、私はモテるのよ。別にケビンだけじゃないわ、他にも私のことを好きって言っている男の子は沢山いるの!そっちに乗り換えたっていいのよ!!大体、私みたいに可愛い子が何であんな醜いおじさんと結婚するのよ」


だんだんと大きくなったお二人の声が屋敷中に響いています。そう、とてもよく通るのですね、リリアンヌ様の声。


そして大きく響いたバチンという音。


「キャ!!」

「お前と言うやつは!お前と言うやつは!!」

「答えは出ましたね」


カーソン子爵がギョッとして振り返るとそこにはスライヤード子爵。


「全て聞かせて頂きました」

「な、なぜこんな所まで」

「応接室にいてもよく聞こえていましたが、折角なので近くで拝聴しようかと」


カーソン子爵は呆然として膝を突かれました。


「間違いなんです。これは全て……。そうです、これはこの子の間違いなんです。どうか、援助を打ち切るのだけはお止めください」


カーソン子爵はスライヤード子爵の足に縋りつきました。


「お父様、何をなさっているんですか!」

「うるさい!お前が馬鹿なことをしたせいで!」

「折角家族になれると思ったんですが、残念ですね」


スライヤード子爵の言葉にカーソン子爵は涙を流されました。


「お待ちください。我が家はあなたの援助がなければ立ち行かなくなってしまいます」

「分かっています」

「なら、どうかお助け下さい!どうか、この通りです」

「え?何?どういうこと?」


リリアンヌ様とスライヤード子爵の婚約は、カーソン子爵家を資金援助することを条件に結ばれたものでした。カーソン子爵が、婚約者のいないスライヤード子爵に自分の娘を売り込んで援助を手に入れたのです。


スライヤード子爵の見目は特に可もなく不可もなく。少し頭がお寂しく、少しズボンのウエストが大き目で、美男子とは言えないかもしれませんが、醜いわけでもありません。商才に長けていらっしゃるため、前子爵から爵位を継がれた後、その才能を生かし商売に成功なさいました。それでも下位貴族であることも手伝ってなかなか婚約者が決まらずにいたのです。そう言った事情もリリアンヌ様が浮気をした理由なのかもしれません。いえ、理由にはなりませんが。


「カーソン卿、援助は続けましょう。そうそう、私の従姉に丁度妙齢の令嬢が居ます。ご子息はまだ婚約者が決まっていませんでしたね?」

「い、いえ、実は決まりまして」

「ですが、私の従姉の方がご子息にはぴったりだと思いますよ?」

「な?」

「問題が?」

「い、いえ」

「私の従姉がこの屋敷にいる限り、援助をするとお約束します」


スライヤード子爵の従姉は、確か離婚歴がありカーソン子爵のご子息より十歳以上歳上の女性だったはずです。とても気がお強いとか……。


スライヤード子爵の笑顔の下に隠れた怒りに、気が付かないカーソン子爵ではないでしょう。折角取り付けたご子息の婚約を解消しなくてはならなくなりました。


「それから、リリアンヌ嬢は修道院でも何でも、私の目に付かないところにやって下さい」

「は?はぁあ?」

「し、しかしそれは、あんまり」

「何を言ってるのよ!なんで私が修道院なんて行かないといけないのよ!」

「君は一体誰を敵に回したと思っているんだい?」

「敵?」


カーソン子爵は、その言葉にハッとなさいました。


リリアンヌ様が、カーソン子爵家が敵に回したのは、社交界の華。つまりわたしのお母様。その華の周りには有力な上位貴族の夫人たち。勿論ジャネットの実家であるモーリガン侯爵夫人や、ジャネットの婚約者のアレクサンドレア様のご実家であるメガロン公爵夫人も。つまり、社交界を敵に回したのです。


「このまま無傷で済むほど優しい方々ではないんですよ。あ、そうそう、これから発生してくる慰謝料は自力で捻出して下さいね」


その言葉を聞いてカーソン子爵ががっくりと項垂れました。


リリアンヌ様が求めたスリリングで甘い恋は、一転して全てを失うほどの大罪となったのです。


読んで下さりありがとうございます

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