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嫌味くらい言わせてくれ

「嫌味くらい言わせてもらわないとね」


目の前の胸糞悪いカップルが僕を見たら、どんな顔をするんだろうね。


「やぁ、ケビンじゃないか」

「ジェ、ジェイダン先輩」


僕が突然目の前に現れて声をかけたせいで、ケビンはギョッとした顔をしたよ。しかも、辺りをキョロキョロと見回しているし。本当に馬鹿な奴。慌ててる。そりゃ、そうだろうな。僕がジャネットの兄であることは、誰でも知っていることだ。ケビンが知らないはずはないからね。


つまり、ケビンとハムちゃんのことを知っている僕が、目の前にいるってことはそれだけで、まずい状況だ。


「おや、彼女は?」


ぼくが連れの令嬢に目を遣ると、令嬢は頬を赤らめて挨拶してくるし。ケビンが蒼い顔をしていることに、令嬢は気付きもしてないようだ。


「カーソン子爵家の長女リリアンヌと申します。どうぞ、お見知りおきくださいませ」

「ああ、よろしく」


なんか、声がやたらと高くて甘ったるくて気持ち悪いな。まぁ、僕は名乗る気はないけどね。さて、そのことに気が付き、その意味を二人は理解するのかな?


「ところでケビンは、こんな所で婚約者以外の女の子とデートかい?」

「い、いえ。彼女は友人で」

「そうか」


蒼い顔をしていると益々虐めたくなるよ。あー、なんだか楽しくなってきたな。


「友人なんだね。でも感心しないなぁ。仮令友人だとしても、婚約者でもない女性と二人きりで、しかもパンケーキを食べさせ合うなんて」


僕がギロッと見ればケビンは背中を小さく丸めて、顔を隠しちゃうしね。


「は、申し訳ありません」

「いや、僕に謝られてもねぇ」


令嬢も流石に僕が言わんとしていることに気が付いたのか、真っ赤な顔をして俯いちゃったよ。って言うか、今頃気が付いたのか?


「まぁ、ゆっくり楽しんで。僕はもう帰るから。それじゃ、またね」

「はい、失礼します」


僕はニコッと笑って手を振って、店を出たよ。




ジェイダン様が去った後のお二人を、想像するのは容易いですが一応言葉にしておきますわ。


学院一のエリートに嫌味を言われ言葉を失くし蒼い顔をしているケビン様と、ジェイダン様に話しかけられてのぼせつつも、自分が婚約者のいる男性とデートをしていることをチクリと言われ、少しだけ恥ずかしい気持ちのリリアンヌ様。


心境はどうであれ、お二人にとって楽しかった時間が終わってしまったことには変わりはないようです。結局お二人は沈黙のまま食べ終え、「帰ろうか」と言うケビン様の言葉で席を立つまで、一言も話をすることはありませんでした。


ジェイダン様に知られたと言うことは、わたしに知られるのも時間の問題。そうなれば、婚約解消と言う事態にもなりかねない。それだけは避けたい。騎士団に入る必要はないし、伯爵位まで付いてくる。わたしとの結婚を手放す気などさらさら無い。そのようなことをケビン様がお考えだったとわたしが知るのは、随分後のことでした。


ケビン様にとってリリアンヌ様とはひと時の甘い恋。お互いに婚約者のいる身であるからこそ、学生時代の恋を甘く秘めやかに楽しみたい。お二人は最後の一線は越えてはいませんでした。しかし、若い欲望に応えてくれる優しい恋人とのギリギリの触れ合いを楽しみ、甘い声で不貞という罪悪感を溶かしてきたのです。秘密の恋人との時間はとてもスリリングで、秘密を共有している二人には怖いものなど何もなかったのでしょう。


ですが、バレてしまえばスリリングなんて馬鹿なことは言っていられません。カフェを出たケビン様はリリアンヌ様に告げました。


「僕たちの関係はここまでにしよう」

「え?」

「ジェイダン先輩に知られてしまったんだ。もうこの関係は続けられない」

「そんな、酷いわ」

「誰かにバレたらやめる約束だろ?」

「そうだけど」

「ジェイダン先輩に知られた。僕はかなり不味いことになったんだ。分かってくれ」


リリアンヌ様はジェイダン様のことを思い出し、僅かに頬を赤らめています。


「そうよね、わたしたちはもう終わりにするべきだわ」


リリアンヌ様の言葉にケビン様はホッとされました。ジェイダン様に余計なことを言われる前に、わたしに会わなくてはいけないと思ったのです。


「じゃ、ここで別れよう。これからは学院でも話し掛けないでくれ」

「分かったわ」


そうして二人はさっぱりと別れました。その程度の仲だったのです。




◇◇◇◇◇




雑貨店は二階建てで、王都の中でも一、二を誇る広々とした空間に、多種多様な商品が並んでいます。一階は女の子が好む可愛らしい文具や小物、二階はシックで機能的な大人が好む商品が並んでいます。落ち込んでいた気持ちは一気に楽しい気持ちに変わってきましたわ。


「このペーパーウエイト、可愛いわ」


クリスタルで作られたペーパーウエイトの中に小さな花が入っていますわ。なんて可愛らしいんでしょう。


「まぁ、素敵ね」


わたしとジャネットは好みも同じ。可愛いものが好きで、キラキラしたものが好き。なので、立ち止まる所も殆ど一緒ですわ。ふふふ、とても楽しい。


店内には他にはない変わった商品も多く、隅々まで見ていたら一時間あっても足りない気がしますわ。それに、有ったら便利だけど無くてもいい、というような微妙な雑貨ほど、可愛らしくて欲しくなるものなのです。それを買うか買わないか悩むのがまた楽しいんですわ。


わたしとジャネットは階段を上りちょっと大人の空間に足を踏み入れましたわ。私一人だったら物怖じしてなかなか踏み入れることの出来ないシックな空間。なんだか、自分が随分と立派な大人になった気分ですわ。


「あら、これいいわ」


ジャネットが手にしたのは牛革で作られた茶色のペンシース。内生地はピッグスウェードで、キレイな丸みを帯びた底は、職人の技術の高さを窺えます。


「前にアレックス様に万年筆をプレゼントしたんだけど、とても気に入って下さって、いつも持ち歩いているんだけど、傷付かないか心配していらしたの」


素敵だわ。婚約者からのプレゼントを大切にして下さっているのね。


メガロン公爵家の嫡男で次期当主のアレクサンドレア様と、ジャネットとの仲がとっても良好なことは誰もが知ることです。互いに尊敬しあい互いを立てる。理想の夫婦ですわ。まだ、婚約者同士ですけど。


ジャネットが迷わずペンシースを購入した頃、ジェイダン様がいらっしゃいました。


「お待たせ」


ジェイダン様はとても爽やかに登場されましたわ。


「ジェイダン様」

「や、ハムちゃん。何か可愛いのが見つかったかな?」

「い、いえ」


わたしは首を大きく振りました。わたしのことより、カフェでのことが気になります。


「何も心配いらないよ。変なことは言っていないから」

「そうですか。ありがとうございます」


わたしがお礼を言うと、ジェイダン様はフッと笑ってわたしの頭を撫でて下さいました。


「わたしは小さな子供じゃありませんわ」

「うん、知っているよ。僕の可愛いハムスターだ」

「それも違いますわ」

「ふふふ」


わたしも思わずクスリと笑ってしまいましたわ。だって、今は本当にハムスターになってこの大きな手に包まれていたい気分なんですもの。


きっととっても安心できると思いますわ。ジェイダン様の手の平は。


雑貨店を出ると、馬車に乗り込みました。でもジャネットはまだ寄り道をするそうで。


「私、アレックスに会ってから帰るわ」


ジャネットの婚約者であるアレクサンドレア様は、王城にお勤めでそろそろお帰りの時間だそうです。アレクサンドレア様は、突然の訪問をとても喜んでくださるそうで、ジャネットはわざと連絡をせずに顔を見せに行くこともあります。


それはある意味抜き打ちのようにも捉えられるのですが、アレクサンドレア様はそんなことを一切考えずに大喜びして下さるそうです。素敵ですわ。


王城前でジャネットと別れ、わたしの屋敷に向かいました。


「ハムちゃん」

「はい」

「手、出して」


わたしが手を出すとその上に綺麗な水色のリボンを乗せて下さいました。


「これは?」

「プレゼント」

「わたしに?」

「うん」


ジェイダン様はニコッと笑っていらっしゃいます。きっとわたしを励ますために買って下さったんですわ。


「あまり好きな色じゃなかった?」

「いいえ!とっても素敵な色ですわ。ありがとうございます、大切にします」


わたしは嬉しくて、リボンをじっと見つめました。リボンの縁を銀糸で縫われた綺麗な水色のリボンは、角度を変えると少しキラキラしているように見えます。


「とってもきれい」

「よかった。ハムちゃんの金色の髪に合うと思うんだ」


そう言って微笑むジェイダン様は、昔と変わらない天使の笑顔でした。わたしったらその笑顔にドキッとしてしまって。


あー、わたしは、なんて浮気性でふしだらな女でしょうか。いくらジェイダン様が素敵だからって、婚約者のいる身でドキドキしてしまうなんて!


でも、勇気を貰った気がします。わたし、今日お父様に言おうと思いますの。ケビン様と婚約を解消したいって。彼の有責で。





読んで下さりありがとうございます

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