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我儘令嬢は言うことをききませんの

何故ここにアンナが?ジャネット?


そう思った瞬間にはアンナに向かって駆け出していた。そしてアンナを抱きしめた。


「アンナ、アンナ、アンナ」


ぎゅうぎゅうと抱きしめるとアンナが少しうめき声を上げた。


「ああ、ごめんねアンナ。く、苦しかった?」


僕は慌てて力を緩めて身体をほんの少し離した。遠くから変な奇声が聞こえた気がしたがどうでもいい。僕は夢見心地で腕の中にいるアンナの頭上に顔を乗せ、存分にその甘い匂いを嗅ぐ。


「あぁ、アンナの匂いだ。本物だ。あぁ、信じられない」


僕は夢中で全く周りが見えず、ひたすらアンナの頭上に口付けの雨を降らした。


「ジェイダン様……」


アンナの声は小鳥の囀りのようだな。世界一の癒しだ。


「アンナ、どうして会いにきたの?嬉しすぎるけど、ダメだろ?僕の言うことを聞いてくれないと」

「ジェイダン様に会いたくて」


そんなことを言われて僕の心臓は一気に跳ね上がってしまったよ。「ジェイダン様に会いたくて」……最高の殺し文句だな。


「はぁ、アンナ。僕だって毎日会いたいよ。でもね……」

「ジェイダン様!」


僕が言いかけた時、後ろから耳障りな声が聞こえた。アンナの囀りだけでいっぱいにしたいのに、なんてことをしてくれるんだ。無視だ無視。今は、アンナだけだ。


「ジェイダン様!!酷いわ!」


あー、五月蝿い。


僕はチラッと見遣ったけど、直ぐアンナの匂いを嗅いで幸せに浸る。


「さっきまであんなにわたしに優しくしてくださっていたのに!」


ヒステリックに叫ぶメリンダの声がキンキンしている。


一度も優しくなんかしてないけど?と思ったけど、アンナがウルウルした瞳で僕を見上げている。


あれ?これは、まさか?


慌ててジャネットを見ると、そっぽを向いた。修羅場展開じゃないか?おいこら、お前、ちゃんと誤解を解いておけよ。と言いたいが、全部僕が悪いから言えないな、そんなこと。


「ジェイダン様、わたしは我儘令嬢ですから」

「うん」

「ジェイダン様の言うことなんて聞きませんの」


かー、可愛いなぁ、我儘令嬢かぁ。こんなに可愛い我儘令嬢なんて最高だな。ニヤニヤしちゃうよ。


「無視しないで!なんなの本当に。わたしにこんなことしていいと思っているの?わたしは!わたしは……」


メリンダの言葉が詰まる。


メリンダはどうでもいいが、周りの観客が騒ついているな。メリンダを完全に無視してアンナを抱きしめているから混乱しているんだろう。本当に馬鹿だな、コイツら。僕にはこんなに可愛い婚約者が居るのに、メリンダなんかに目がいくはずがないだろう?


「ジェイダン様?」

「なんだい?」

「ジェイダン様はあの方、メリンダ令嬢と親しいのですか?」


来たー!誤解されたくないけど、このウルウルした瞳はずっと見ていたい。僕はアンナを見つめてその瞳を堪能した後に、首を振った。


「親しくはないよ。話くらいはするけど」

「まぁ!そうでしたのね!」


あれ?もう納得した?


「ふふふ」


嬉しそうに笑うアンナが僕にギュッとしがみ付いてきた。あー、我儘令嬢はどこに行ったんだー、これは生まれたてのひよこ並みに素直令嬢じゃないか!


「嘘よ!ジェイダン様がわたしをここまでエスコートしてくれたのを見ていたでしょ!ねぇ、皆さん!」


何故かメリンダは観客に語り掛けている。やっぱり女優?


「わたしとジェイダン様の関係はご存知でしょ?」


メリンダが訴えるが周りの反応が期待と違うようだ。


「ちょっと……、ねぇ?」

「なんだか、騙されてた?みたいな?」


囁くような聞かせるような声にメリンダは顔を真っ赤にして叫び出した。


「なんなの?今まで散々応援しているって言っていたくせに!」

「それは、メリンダ様の言葉を信じていたからですわ」


観客令嬢その壱が、ちょっと強い口調で言う。


「わたしたちは宿舎の中のことは分かりませんもの」

「メリンダ様がモーリガン様と良い仲だ、応援してくださいねって言ったから応援していたんですわ、ねぇ?」


観客令嬢その弐とその参も、冷めた目をメリンダに向けている。まぁ、想像通りだ。


「モーリガン様のあんなにお優しい顔を見れば、メリンダ様の言葉が全部嘘だったと分かりますわ、残念ですけど」


観客令嬢その肆の言葉に、皆が頷いている。はっきり言えば、なんでメリンダの言葉だけでそんなでたらめを信じることが出来るのかと思うけどな。


「何よ!何よ!バカにしないでちょうだい!わたしは、わたしは、社交界の華になるのよ!!」


……。


「「「「「は?」」」」」


あれ?てっきり「わたしは騎士団長の娘よ!こんなことをしてただで済むと思わないでちょうだい!」なんていうのかと思っていたぞ。社交界の華?


「まぁ、それは素敵ですわね。メリンダ令嬢なら間違いなく社交界の華になれると思いますわ!」


アンナがとても可愛く笑った。


「何よ!余裕ぶって、あんたなんか眼中にないんだから!」


アンナの言葉に敏感に反応して目を吊り上げるメリンダは全くいただけない。折角可愛いアンナが言ってるんだからそこは「ありがとう」でいいだろ?


「あなたは苦労しなくてもウェスタン伯爵夫人の威を借りて華になれるでしょうけど、わたしは……!」


メリンダの母は一度のミスで、社交界から爪弾きにされたんだったな。それから一度も返り咲くことなく、屋敷に閉じこもってしまっている。母やウェスタン伯爵夫人が華として君臨する前の話だ。


「社交界の華と呼ばれる方は母を含めて皆さま、ご自分のお力で得た賞賛ですわ。少なくとも、私の母は、自分の娘だからと言って、何も持たないわたしを、無理やり社交界の華に引き上げるような人ではありません。華になりたくば自分の力でその称を得よ、と言う人ですわ」

「嘘よ!わたしは知っているのよ。既に社交界の話題に上っているあなたのことを。未だに社交界にデビューしていないのに、話題に上るなんて、夫人が操作しているからじゃない!注目されるのを待っているからでしょ?」

「それは違うわね」


ここへ来てやっとジャネットが口を開いた。お前、なんだか楽しそうだな、おい。


「あ、わたし、ジャネット・モーリガンよ。よろしくね」

「存じておりますわ!」

「あら、ありがとうございます。それで、アンナが話題になっているって話。勿論、アンナが可愛くて魅力的なことは誰もが知っているから、デビュー前から話題になるのは当然よ。でも、それだけじゃなくて、今まで誰とも婚約しなかった兄様がアンナと婚約したからと言うのもあるわ。しかも、兄様はアンナにベタ惚れで、アンナと結婚できないなら一生独身を貫くつもりだったと言ったし。だから、あまり社交界で顔の知られていないアンナが、噂されるのよ。ご存知無い?もちろんその話をしたのは兄様。だから、その話は誰でも知っていることなのよ。社交界に精通されている方ならね。でも」


ジャネットの意地の悪い目がメリンダや観客令嬢に向けられる。


「社交界の端っこで噂だけを聞き齧っている人は、信用の無い話に踊らされるの」


ジャネットのチクチクと棘のある言葉に、さすがの観客令嬢たちも気が付いたみたいだね。己の浅はかな行動が、自分たちの首を絞めていることに。くだらない噂に振り回されている令嬢は全員下位貴族。それがどういう意味かは考えなくても分かると言うもの。


「ねぇ、メリンダ令嬢、あなたはその程度の情報収集能力で社交界の華に本気でなりたいの?」

「……なるわ」

「そう、頑張ってちょうだい」


ジャネットは上からの口調でサラッと言うけど、お相手も侯爵令嬢だからね。


「メリンダ令嬢は本気で社交界の華になろうとしていらっしゃるのね」


アンナは伯爵令嬢だけど、そこら辺を全然気にしていないところが既に夫人から度胸を受け継いでいるな。まぁ、アンナは元を辿れば王族の血筋にあたるからな。


「……そうよ。その為には美しさだけではだめなのよ。だから、実績を作って……」


メリンダが騎士団の副官になって、女性騎士の地位の向上に成功すれば、多くの女性を味方に付けることが出来るし、社交界に影響力を持つことも出来ると思ったわけか。まぁ、狙いは悪くないけど、それ以前に男絡みが多すぎて女性から総スカンだろ。


「でしたら、わたしの母を訪ねたらいかがかしら?」

「え?」

「ふふふ、ああ見えて母は、面倒見がいいんですのよ」


アンナが余計なお節介をしている。


「ウェスタン伯爵夫人に?」

「ええ。母は冷たい印象が強いかもしれませんが、本当は優しい人なのです。きっとメリンダ令嬢の力になってくれますわ」


アンナは天使の笑顔でメリンダに話しかける。その腕は僕の身体に回したままだからあんまり説得力がないけど、可愛いから全然オッケー。


「わたしなんて相手にしてもらえるかしら?」

「大丈夫ですわ。わたしも口添えいたします」

「まぁ!!本当?」


メリンダがいきなり顔を輝かせてきた、さっきまでのキツイ印象から一転して、頬を染めて喜んでいる。こんな顔も出来るのか。アンナが僕から離れメリンダに近づきその手を取った。クソー、折角のラブラブタイムが!


「アンナ様、わたし……」

「メリンダ様は必死に頑張っていらしたのですね」


アンナ、いい子過ぎる。そんな簡単に理解しちゃいけないよ。


「アンナ様、わたしはあなたに酷いことを……」

「あら、どんな酷いことをなさったの?」


メリンダが僕を見た。止めてくれ、余計な誤解を生む。


「ジェイダン様と親密な関係になるために、有ること無いことを吹聴しましたわ」


無いことだらけだから。


「そうですか。それは、ジェイダン様と仲良くなってマチルダ様と繋がるために?」

「はい。我が家は侯爵家ですが、母の件があってから社交界とは縁遠くなり、殆ど相手にしてもらえません。父が騎士団長を務めているのでかろうじてその場に居座っていますが、わたしのような若輩者が中央に入り込もうとしても……」


その隙さえ与えてもらえない。


最初からそう素直に言えばいいのにとは思うが、プライドがそれを許さないのだろうな。それなのに、なんでアンナにはああも簡単に吐露するのか分からないが。


メリンダはこの日を最後に宿舎に来なくなった。その後の活躍は目覚ましいが、ウェスタン伯爵夫人が手塩にかけ分身のように育てたことで、アンナと僕を邪魔する面倒な奴が増える、と言う迷惑な事態となった。






読んで下さりありがとうございます

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