強かなメリンダはへこたれない
「まぁ!マーク様ったら!そんなこと言って」
「本当ですよ!メリンダ嬢が居るだけでこの男臭い場所が華やぎます!」
「マークの言う通りですよ」
「ノーラン様まで、そんなに褒めても何もあげられませんわよ」
僕が夕食を取ろうと宿舎の食堂に行くと、妙に甘ったるい声を出すメリンダと、それを囲む数人の同僚を見ている。
メリンダに気に入られようと必死だな。
僕は、とにかく関わりたくはない。彼女に見つかると面倒だと思って一度部屋に戻ろうと思ったが、上手くいかなかった。
「まぁ!ジェイダン様!!」
メリンダが大きな声で僕を呼び止めたからだ。最悪だ。僕は気が付かないふりをして食堂を出ようとしたが、いきなり腕に抱き付いてきたメリンダによって足を止められた。
「やぁ、メリンダ嬢、いらしていたんですね」
仕方なくメリンダに向き直った。
「ええ、ジェイダン様に会いたくて」
豊満な胸の谷間の開いた臙脂色のドレスは完全に場違いだが、誰もそこに突っ込むものは居ない。鼻の下を伸ばした男たちは沢山いるが。その大きく開いた胸をグイグイと押し付けてくるメリンダに、ジェイダンは腕で押しのけるように距離を取りながらも溜息を吐く。何度目の遣り取りだろうか?
「そうですか。では、もう会ったので帰ったらどうですか?」
「酷いわ。ジェイダン様。わたし、来たばっかりなのよ」
僕が何を言ってもメリンダが離れることは無い。
「あなたが離れてくれないと食事ができません」
「まぁ、エスコートをして下さらないの?」
「は?何処に?」
「ふふ、意地悪なこと言って」
僕はメリンダを無視して食事の並んでいるレーンまで行き、野菜と肉のプレートとスープを取ってルーカスの隣に座った。
「おう、ジェイダン。……、とメリンダ嬢」
カークはちょっと気まずそうに僕の顔を見るけど、僕はカークを睨み付けた。逃げるなよ、と。
「こんばんは。ルーカス様」
メリンダはルーカスに妖艶な笑みを向けてから僕の横に座った。はっきり言って邪魔だ。テーブルに両肘を突き、胸を強調してくるその仕草に、それしかやることが無いのかと言いたくなる。僕が不機嫌な顔をしてることに気が付いたルーカスが話を振って来た。
「ジェイダン、明日は朝早いんだろ?」
「ああ、王都の端まで行かないといけないからな」
「まぁ、ジェイダン様はお忙しいのね」
「別に僕だけじゃないですよ」
僕がどんなにそっけなく答えてもメリンダは一向に引かない。鋼の精神だな。
「わたし知っているのよ。ジェイダン様は皆に期待されているから、お仕事も大変な所ばかり担当させられているって」
違う。自分から志願しているんだ。
「わたし、お父様に進言しようと思いますの」
「は?」
「ジェイダン様ばかり大変な仕事を押し付けないでって」
何を言っているんだ、この女は。
「余計なことをしないでください」
「でも」
僕は食事もそこそこに立ち上がった。
「もう終わりか?」
ルーカスが驚いているがそれもそうだろうな。スープを飲んだだけだ。
「ああ、やることがあるからな」
「いつものか」
「そうだ」
アンナに手紙を書く。いくら書いても足りないが、毎日書けば毎日返事が届く。僕が長く書けばその分アンナも長く返事をくれる気がするから、どんどん長い手紙になってしまう。本当は会いに行きたいが、今は我慢だ。
僕は食器を返却すると食堂を出た。そして、何故か僕の後をメリンダ。毎回毎回この女は。
「なんですか」
「そんなこと仰らないで。わたしの気持ちはご存知でしょ?」
「知りません」
「うそ」
「それに僕には婚約者がいます」
「あの伯爵令嬢でしょ?」
「……ええ」
可愛い可愛い僕のアンナ。早く手紙を書かなくては。
「でも、そのご令嬢、本当にあなたの婚約者に相応しいかしら?」
「は?」
メリンダの言葉に一瞬にして怒りが湧いてきた。
「ジェイダン様は、見目麗しく全てにおいて優秀な男性なのに、その伯爵令嬢はお子様みたいに可愛らしく、身体も……幼児みたいだと聞きましたわ」
「……誰から?」
「ふふふ、誰からでもいいじゃない」
ふざけるなよ。誰がアンナのことを。
「それに、大人しくて扱いやすいかもしれないけど、あなたの役に立つとは思えないわ」
「……」
「結婚したら伯爵。でもあなたに伯爵なんて似合わないわ」
「僕は別に爵位に何の興味もありませんよ。愛する人が平民なら平民になればいいだけだ」
「素敵だわ、とっても情熱的。わたし情熱的な人好きよ」
メリンダをどんなに拒絶をしようとしてもするりと逸らしてしまう。
「ねぇ、ジェイダン様、今度駐屯地内を案内して下さらない?」
「お断りします。忙しいので」
「騎士団長からの命令だとしても?」
「そんな命令ありませんよ」
「どうかしら?明日中にそんな命令が出るかもしれないわよ」
「騎士団長が公私混同ですか?」
呆れた話だ。
「いいえ。わたしは正式に騎士団の副官に就任するのよ。女性騎士の地位向上のために。そうしたら色々と知っておかないといけないでしょ?」
メリンダはニコリと笑った。
薄々感じてはいたが、メリンダの強かさと野心には恐れ入るな。副官?女性騎士の地位の向上?上手く入り込んできたもんだ。
騎士ではない彼女が騎士団に入り込むには、特別職として席を作らなくてはならなかったはずだ。そのためには、騎士団幹部の七割以上の賛成票と騎士団長の推薦、そして国王の承認が必要。騎士団長の推薦はともかく幹部の七割以上の賛成票と、国王からの承認を取るにはかなりの根回しをする必要がある。
「女性騎士の地位の向上をあなたが考えているとは意外です」
女性騎士の地位は確かにそう高くはない。命を懸けて国に尽くしているのに、女性騎士はまるで行き遅れのように囁かれているのも事実。
「わたしは日頃から女性の地位向上を訴えていますのよ。女性だからって力が無いわけでも、能力が無いわけでもありませんわ。女性だって男性と同じように働くことが出来るのです」
彼女は自分の言っていることとやっていることの矛盾に気が付いているのか?
「ジェイダン様はそのことについてどのようにお考えかしら?」
「確かに、女性の立場は男性とは違いますね。だからと言って、男性と張り合う必要はないと思いますよ」
「あらどうして?」
「一般的に女性の美しさや可愛らしさを男性に求めないのと同じです」
「まぁ」
「女性は男性に胸を押し付けられても喜びません」
「あら……。ジェイダン様は女性にそんなことをされて喜びますの?」
上目遣いに見上げるメリンダの目がキランと光ったような気がしたけど、見なかったことにする。余計なことを言ってしまったな。
「婚約者限定でね」
「他の女性には興味がない?」
「全く」
「ふふ、真面目ね」
女性の地位の向上を訴える人が、身体で陥落しようとしていることについては触れる気はないが、この胡散臭い女のパフォーマンスに巻き込まれるのは御免だな。
「今日は帰りますわ。送って下さらない?」
「……ゲートまで送ります」
僕がそう言うと、スルッと僕の腕に自分の手を絡ませてきた。
「わたしたち、皆さんからなんて言われているかご存知?」
「知りませんよ」
「ふふふ」
本当は知っている。秘密の恋人だろ?ふざけた話だ。彼女が取り巻きを使って噂をばら撒いていることも知っている。宿舎の前でうろつく令嬢たちの中にはメリンダのファンもいて、メリンダがポロッと言った言葉を真に受けて大げさに噂話にしてしまう。「ジェイダン様が放してくれなくて」なんて言うとあらぬ妄想をする令嬢たち。実際には僕の部屋に入り込もうとしたメリンダの手を引っ張って、宿舎のゲートまで連れて行っただけなのだが。
アンナの耳に入ることは避けたかったが、既に親切な友人が言ってしまったとか。僕はそれについて触れないことにした。言い訳なんて手紙でしても仕方がない。ジャネットも協力してくれてしっかり否定してくれているが、どうしても話が入って来るらしい。お喋り好きの親友のお陰で。
ウェスタン伯爵夫人から手紙が来たこともある。
―― 美しい令嬢と良い仲だとか。アンナに拘る必要はないからその令嬢と仲良くしなさい ――
そんな感じの内容。冗談じゃない。夫人は事実を知っていてもそうやって僕をアンナから引き離す気なんだ。結局僕の足を引っ張ることを止めない夫人。僕と結婚したらアンナが不幸になると未だに思っているのか、ワザと僕に発破をかけているのか。まぁ、後者だろうな。もっとアンナに尽くせと言っているのだ。揶揄い半分に。自分は僕にあんな条件を強要をしているクセに。
とにかく、僕はアンナに手紙を書きたい。早く頭の中をアンナでいっぱいにしたい。
「気を付けてお帰り下さい」
ゲートの手前で立ち止まって腕に掛けたメリンダの手を離した。「キャー」と小さく令嬢の声が聞こえるけど無視する。結局、これがメリンダの欲しい声だ。出入り口前でうろついている令嬢に僕との仲を見せつけて、盛大に噂話にさせたいのだ。僕はそんな令嬢達に一瞥もくれないで踵を返そうとしたが、やはりメリンダはしつこかった。いきなり後ろから抱き付いてきた。
「ジェイダン様!また会って下さいね」
何?女優?
「は?」
「今日はわたしのために時間を作ってくれてありがとうございます!」
メリンダがやたらと大きい声でそんなことを言うと、また遠くから「キャー」と聞こえる。一応僕も侯爵家の人間だから令嬢に乱暴な扱いはできないよ。でもね、ちょっと調子に乗り過ぎだ。
僕が強引に振り向くと抱き付いていたメリンダが、倒れそうになり僕から腕を離した。
「キャッ」
メリンダが声を上げると、遠くから「メリンダ様!」と叫ぶ声。その声が腹立たしくて僕はゲートの外を睨み付けてしまった。そして、チラッと見えた人の姿に僕は、息が止まりそうになった。
「アンナ……?」
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