ジェイダンの告白
その日の夕食はお母様とジェイダン様とわたしの三人で頂きました。
「とても美味しかったです」
始終お母様とジェイダン様がお話をされていて、わたしはジェイダン様に見とれるばかり。時折、ジェイダン様がわたしの方を向いてはニコッと微笑んでくださって。わたしはそれだけで、顔を赤くして俯いてしまいましたわ。
もう、わたしにとってジェイダン様は今までのジェイダン様ではありません。ジャネットのお兄様で学院の先輩だけど、それだけじゃなくて。
わたしの好きな人。
きゃー!もう、もう、もう!!
思わずパンを千切りまくってしまいましたわ。そして、ついジェイダン様の方へ視線を……。目がバッチリ合ってしまうとまたジェイダン様が微笑んで、わたしは目を逸らして俯いて。全く食事が進みませんわ……。
ずっとこんなことを繰り返しているわたしを見て、お母様は溜息を吐き、メアリーが生温かく見守り、ジェイダン様がニコニコと微笑んでいらっしゃることに、わたしは気が付くことも出来ませんでした。もう、いろいろといっぱいいっぱいですもの。
「アンナ、わたくしは部屋に戻りますよ」
「あ、はい。お母様」
「あなたはまだ終わらないようなのでゆっくり食べなさい。それから、ジェイダン様」
「はい、何でしょう」
「お早めにお部屋にお戻りくださいね」
「ははは、当然ですよ」
「……では」
お母様は意味ありげなお顔をされて席を立たれました。前に座るジェイダン様はずっとニコニコしながらわたしを見ています。
「ジェイダン様」
「なんだい?」
「お食事がお済みでしたら、お先にお部屋に戻られても大丈夫ですよ」
「ああ、いいんだ。気にしないで。アンナを見ていたいだけだから」
「わたしなんて見ていて楽しいのですか?」
「すごく楽しいよ」
「……わたしは、食事が喉を通りませんわ」
いつもはこんなに遅くないのですが、今日は本当に食事が進みません。そして、見つめないで欲しいです。わたしはフォークを置いて食事を終えることにしました。
「もういいの?」
「はい、なんだかお腹がいっぱいで」
「そっか。じゃあ少し庭を散歩しよう」
「は、はい……」
こ、これは逃げられない感じですか?
外に出ると少し冷たい風が吹いていて気持ちいいです。でも、少し肌寒いかも。そう思っていたら、ジェイダン様がご自分の着ていたジャケットを肩から掛けて下さいました。
「あ、ありがとうございます。でも、ジェイダン様は」
「僕は大丈夫。気持ちいいくらいだからね」
空を少し見上げていたら目が慣れて来たのか、満天の星空が見えてきました。
「綺麗」
「そうだね。王都じゃこんな星は見れないよ」
「ふふふ、そうですね」
王都と違ってここは建物が離れていて、夜になると辺りは随分と暗くなり、星がとても綺麗に見えます。
「それで、少しは考えてくれた?僕の言ったこと?」
来ましたー!
「は、はい」
わたしは、恥ずかしさも手伝って声が上擦ってしまいました。
「あ、あの、ジェイダン様に、聞いても宜しいですか?」
「何でもどうぞ」
「あのリボンは、ジェイダン様の、お色だと、思っていいのですか?」
「僕はそのつもりだよ。あの時はまだアンナが婚約中だったから、少しだけ色をズラしたんだ」
ああ、やっぱり。そうだと思いました。
「ジェイダン様は、わたしのことが、す、すき、だと、言うことですか?」
「うん、そうだよ。僕はアンナが好きだ」
あー、なんでそんなにはっきりとー!
辺りが真っ暗でよかったです。きっとわたしの顔を真っ赤ですわ。
「それは、わたしと、け、け、結婚、したいとかそう言う?」
「そうだよ。僕はずっとアンナと結婚をしたいと思っていたよ」
「だから、婚約者がいなかったのですか?」
「そう。僕がアンナと婚約したいと父にお願いした時は、アンナはケビンと婚約してしまった後だったんだ」
「そ、そんなに前から?」
信じられません。それって私が十歳くらいと言うことですか。
「僕はね、ずっとアンナを諦めきれずにイジイジしている情けない奴なんだ」
「そんなことありません!」
「僅かなチャンスでもモノにしようと虎視眈々と狙っていた狡い奴だよ、僕は」
「……とても、嬉しいです」
そんな風にわたしのことを想っていて下さったなんて。
「アンナ」
ジェイダン様がわたしの前に跪かれました。
「僕は、あなたを愛しています。これからもずっとあなただけを愛します。どうか、僕と結婚して下さい」
「……」
「アンナ」
「……はい。私で宜しければ」
わたしが手を差し出すと、ジェイダン様が優しく私の手を取って下さいました。そして、立ち上がってわたしをギュッと抱きしめてくださいました。
「はぁう……」
変な声が出てしまいます。
「アンナ、もう逃げられないよ」
耳、耳元は止めて下さい……!
「は、はい」
「伯爵と夫人にすぐに許可を頂くから」
「はい」
「愛してる」
「はい」
「いつかアンナから聞きたい」
「へ?」
も、もう、キャパオーバーです。
次の日はジェイダン様がお帰りになるまで、甘々な時間を過ごしました。とは言っても、わたしは耐性が無いのでドキドキオロオロモジモジしていましたが。
川下りのために乗った船の上でも、ジェイダン様はわたしを膝の上に乗せて抱きしめ、わたしの髪を撫で頭上にキスの雨を降らし、わたしは恥ずかしさのあまり何度も、いっその事、気を失えたらいいのに、と思ってしまいましたわ。本当に、わたしには恋愛の耐性が無いんです!
「あー、可愛い。本当にアンナは可愛い」
そう何度も繰り返すジェイダン様は、お帰りの時間まで殆どわたしから離れることも無いまま。
「少しの間だけ離れ離れだけど、直ぐに戻って来るから」
「は、はい」
帰りの馬車に乗り込む前、ジェイダン様はわたしを抱きしめ耳元でそっと囁かれました。
耳ー!耳元はダメー!
「んん!」
ジェイダン様をお見送りする為にいらしていたお母様。ちょっと咳払いがわざとらし過ぎますわ。
「ジェイダン様、旦那様の許可を得ていないのに、アンナに近づき過ぎですよ」
「ああ、夫人。申し訳ありません。アンナと離れがたくて」
お母様に怯むことなくヘラリと躱すジェイダン様、凄いです。
「アンナ、伯爵から許可を貰ったらすぐに迎えに来るからね」
「はい、お待ちしています」
わたしは嬉しくてやっぱり顔が赤くなってしまいますわ。
「……あー、やっぱり。このまま領地で過ごす方が良いかも」
「え?」
「僕がこっちに来ようか」
「何故です?」
「アンナの目に映る男なんて僕だけでいいだろ?」
「ま、まぁ……」
甘すぎますわぁ。
「ジェイダン様、そろそろ御者が待ちくたびれてしまいますよ」
お母様がジェイダン様にチクリと帰ることを促しています。
「はー。分かりました。アンナ、愛しているよ」
「な、みんなきいています……」
わたしがそう言うとジェイダン様は笑って馬車に乗り込みました。わたしは馬車が見えなくなるまで見送っていました。
「本当にあの男は、太々しいわね」
「まぁ、お母様ったら」
「アンナ、あの男が気に入らなかったらすぐに言いなさい」
「また、そんなことを仰って。お母様がジェイダン様を気に入っていることは分かっていますわよ」
「……気に入らないわよ」
「ふふふ。お母様とジェイダン様の性格は似ていらっしゃいますからね」
お母様は、お父様の婚約者となってからずっと、自分のように冷たい人間よりもっと女性らしく可愛らしい女性の方が、お父様に相応しかったのでは、と思っていらっしゃいました。ですから、自分とよく似たジェイダン様が、わたしの婚約者になることを心配しているのです。
ですが、お母様は決して冷たい方ではありません。確かに猫可愛がりする方ではありませんが、わたしの為ならどんな手を使ってでもわたしを守ろうとする方です。それにお父様はお母様一筋で、領地に戻っていらっしゃった時には、それこそ片時も離れることなく一緒にいます。お母様は「暑苦しい」なんてうんざりしたお顔をなさいますが、それ以上に嬉しそうですし。
「全く、アンナの男運の悪さは旦那様譲りかしらね」
お母様はそんなことをぶつぶつと仰いながら、邸に入って行かれました。素直じゃありませんね、お母様は。
それから一週間もしないうちにお父様から手紙が届きました。わたしとジェイダン様の婚約が決まったそうです。そして、ジェイダン様のお母様のミランダ様からもお手紙を頂きました。
わたしたちの婚約をとても喜んで下さっていて、今度会える時を楽しみにしていて下さっているとか。
「本当に婚約したんだわ」
わたしは手紙を何度も読み返していました。
読んで下さりありがとうございます