表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/20

煩悩滅却

屋敷に戻って来たわたしたちは、庭でお茶を頂くことにしました。甘めの紅茶とクッキーは疲れた私の身体に染みわたって行きます。身体が疲れたと言うより精神的に?


ジェイダン様に振り回され、あまつさえ自分がジェイダン様に好かれているのでは、と勘違いしそうになるくらいシロップなみに甘い時間。そりゃ、世の女性たちがジェイダン様に首ったけになるはずです。ましてや、恋愛初心者のわたしなんて、すぐにジェイダン様のことが好きになってしまいます。


でも、それだけはダメです。失恋して婚約破棄をしたばかりなのに、もう好きな人が居るなんて浅ましいことこの上ありません。


煩悩滅却ですわ。灰にして影も形も無くさなくては!


わたしは目をギュッと瞑って、繰り返しました。煩悩滅却、煩悩滅却、煩悩滅却…………。


「……ンナ、アン……、アンナ」


ふとわたしを呼ぶ声に気が付いて目を開けると、目の前には私の顔を覗き込む美しい天使。あー、近い。


「ジェイダン様、心臓に悪いんで一メートルは離れてください」

「ははは、寂しいことを言うなアンナは」

「だ、だって、ジェイダン様のお顔は美し過ぎて、心臓が痛くなるんですもの」

「アンナはこの顔が嫌い?」

「大好きです!」


勿論即答ですわ。この世に、ジェイダン様のお顔を嫌いな方なんているとは思えませんわ。


「僕もアンナの顔が可愛くて大好きだよ」

「か。可愛いって。ジェイダン様はいつも女の子にそんなことを仰っていらっしゃいますの?」

「言わないよ。僕はそんなに軽い男じゃないよ」


どの口が言うのかしら。先ほどから、女の子を喜ばすような言葉ばっかり。


「し、信じられませんわ。そんなに滑らかに歯の浮くような言葉を発するジェイダン様なんて」


ああ、わたしとしたことが、ジェイダン様に向かってなんて酷い言いようを。


言ってしまってから後悔が。ついジェイダン様から顔を逸らしてしまいました。


「……」


ジェイダン様は何も仰いません。怒っているかしら。どうしましょう怒っていたら。わたしは恐る恐るジェイダン様を見ました。


あー、シュンとしています。俯いて思いっきりシュンとしていますわー。


「ほ、本気でいったんじゃありませんわ。ごめんなさい、ジェイダン様。本気でそんなこと思っていませんから」


わたしがそう言うと、パッとジェイダン様がお顔を上げられました。可愛いです、なんですの、もー。


「アンナ、僕は本当に誰にでも可愛いなんて言わないよ。アンナにだけだ」

「分かりました、分かりましたか……ら。……わたしにだけ?」

「アンナだけ」


なんですのー!!煩悩滅却、心頭滅却ですわー!


わたしは心の中で呪文を繰り返します。


「アンナ!」


突然わたしの手を握ったジェイダン様。


「は、い」

「逃げないで」

「はひ?」

「僕の言葉を真剣に考えてみて」

「何を、ですか」

「僕が、アンナの髪に口付けをすること、アンナだけに可愛いって言うこと、水色と銀糸のリボンを贈ったこと」

「水色と銀糸のリボン?」

「そう」

「あれは、特別なリボン?」

「僕は特別な意味を持って贈ったけど、アンナにはただのリボンだよ、今は。だから考えて。あのリボンに込められた意味を」


そう言ってジェイダン様が立ち上がりました。


「どちらへ?」

「ちょっと僕の部屋に行くよ。荷物を少し片付けたいんだ」

「は、はい、分かりました」

「うん、また後でね」


ジェイダン様は邸に入り客用寝室に向かわれました。


「はー」


もう、わたしは頭がいっぱいいっぱいで。


「メアリー」

「はい、お嬢様」

「メアリーはジェイダン様が下さったリボンを見て何か言っていたわよね?」

「そうでしたか?」

「……言ってたわ」

「ふふふふ、そうだったかもしれません」

「意地悪」


本当はもうわかってしまっています。水色はジェイダン様の瞳、銀糸はジェイダン様の髪の色ですわ。本当は水色ではなく藍色の瞳と紫がかった銀色の髪ですけど。きっとそう言うことですわ。


「ジェイダン様は、わたしのことを、す、好きなのかしら?」

「どうでしょうか?」

「意地悪」

「ご自分で考えて下さい」

「無理よ」

「何故ですか」

「だって」


わたしは自分の気持ちにちゃんと気が付いています。でも、失恋をしたばかりなのに、もう次の恋に向かっている自分は許せません。


「お嬢様、メアリーがお嬢様に教えて差し上げられることは、一つです」

「何?」

「お嬢様のケビン様に対する思いは、恋ではありません、と言うことです」

「え?」

「お友達から婚約者に名前を変えただけで、お嬢様は恋をしていたわけではありません。大切な友人が自分との婚約で傷ついてしまったことへの負い目があるから、一生懸命尽くそうとしただけです」

「そうなの?メアリーもそう言うの?」

「私も、ですか」


ジェイダン様にも情だと言われました。


「わたしより周りの人がわたしのことを分かっているなんて不思議だわ」

「ふふふ、そうですね」

「メアリーは、わたしがジェイダン様を好きになっても良いと思う?」


わたしがおずおずと聞くとメアリーは優しい笑顔で頷きました。


「勿論です」

「お父様もお母様も許して下さるかしら?」

「旦那様は許して下さると思いますが、奥様は……モーリガン様次第かと」


お母様はジェイダン様次第。分かる気がしますわ。


なんだか、急に色々恥ずかしくなって「キャー」って叫びたいですわー!



◇◇◇◇◇



ちょっと先走ってしまった。こんなに一気に距離を詰める予定じゃなかったのに。名前なんて呼んでしまったら、止められないって分かっていたのに。アンナ、アンナ、アンナ。本当はずっと呼びたかったよ。だけど、呼んだら僕は悪い奴になっていたと思う。うん、間違いなくなっていた。アンナを手に入れるために、ケビンを蹴落としていたし、きっとアンナのことも傷付けていた。分かっていたから、ハムちゃんなんて呼び続けたんだ。可愛い可愛い僕のアンナ。でも、もう止めなくていいんだ。やっと、気持ちを伝えられる。


用意されていた客用寝室に向かおうと階段に向かったところで、夫人に会った。


「短い時間で随分と仲を深めたようですね」

「お陰様で。アンナも僕のことを意識してくれていると思います」

「アンナ?」

「そう呼んで欲しいと、アンナが」


僕はわざとアンナと繰り返す。夫人はケビンのことがあってから、アンナの周辺に敏感になっている。まぁ、僕には常に牽制をして敏感に反応しているけど、嫌われてはいないはずだ。


「わたくしは旦那様とは違うのよ。友人の子息だからって無条件にアンナの婚約者になんてしないわ」

「分かっています。ですから少しですけど誠意は見せた筈です」


ケビンの不貞を最初に夫人に告げたのは僕だ。それを聞いた夫人が行動を起こした。アンナがケビンの不貞を知る半年も前から、そのわずかな兆候を僕は見逃さなかった。もっと細かく言うと、僕の周りに群がる女の子たちが常に僕の欲しい情報を持っていた。だから収集は簡単。ケビンの成績が落ち始めて少しすると、あの令嬢の姿がちらつき始めたことを、楽しそうに噂する目敏い女の子たちは気持ち悪かったけど、アンナの為なら我慢できた。


僕はチャンスを逃すつもりはない。一度は諦めたが結局諦めきれずに、ここにいる。ケビンが自分から墓穴を掘ってくれたのは本当に感謝しかない。


「あの程度で誠意なんて図々しいんじゃなくて?本当に蛇のような男ね。一度は諦めたと思ったのに、ケビンを引き摺り下ろしてまでアンナを手に入れようとするなんて」

「僕が手を下したわけではありませんよ。彼が勝手に自滅したんです」

「そうなるようにわたくしに知らせたのはあなたでしょ?」

「夫人だってあいつとの結婚なんて望まないでしょ」

「今となってはね。でもいずれはあなたが手を下していたはず。だってあなたは蛇のようにしつこい男だもの」

「そうしなくて済んでホッとしていますよ」


秘密も全て見通すような夫人の目にはゾッとするね。


「ふふふ、わたくしはね、アンナが幸せならクズでも蛇でもいいの。クズにはクズの使い道がありますからね」

「蛇にも使い道が?」

「そうね、考え中よ。精々アンナをしっかり囲い込んでおくことね。アンナに見捨てられれば、わたくしが上手にあなたを使ってあげるわ」

「頑張りますよ。それに僕はこれでなかなか優秀ですからね」

「言うわね」



夫人は僕の横を通り抜けて執務室に向かおうとしていた足を止めた。


「ああ、そうそう。気持ち悪いから止めてちょうだい」

「は?」

「そのニヤニヤと浮かれた顔よ。胸焼けしちゃうわ」

「……」


僕はどうやら随分とニヤニヤしていたらしい。普通にしていたつもりだったけどな。


夫人はクスクスと笑って行ってしまった。


まさか顔を作れないほど浮かれていたとは。


僕は少し早足で客用寝室に向かった。


だって仕方がないだろう。僕にもはっきり分かるほど、アンナが僕を意識している。言葉では理解していないようなことを言っていたけど、誰にだってわかるよ、そりゃ。あんなに可愛く首を傾げて、ハッて気が付いたように慌ててて、だけど言葉に出来ていなくて。あー、可愛い、本当に可愛い。誰だって浮かれるだろ?


僕は寝室に入るとそのままベッドに倒れ込んで「あー」って悶えたよ。片付けるなんて言ったけど本当は何もやることは無いんだ。アンナにたっぷりと僕のことを考える時間をあげたかっただけなんだから。


この二日が勝負と決めていた。


正直に言えばジャネットは体調を崩していない。最初から僕だけがここに来る予定だったから。ジャネットは渋々譲ってくれたから、帰りには彼女の大好きなモンブランを買って行かなくてはいけない。感謝を込めて三個は買って行かないとな。一気に買ってこないでって怒られそうな気もするけど。







読んで下さりありがとうございます


「煩悩滅却、心頭滅却」については世界観を無視していますのでご了承下さい。


新作 始めました。

寝取られアンジェニカと鬼畜伯爵 ~随分と我慢しましたし、これからはやりたいことだけします~


https://ncode.syosetu.com/n6981hu/


よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ