わたしとケビン様
わたし、アンナ・ウェスタンはウェスタン伯爵の一人娘。
仕事の出来るお父様と社交界の華と言われるお母様、そしてわたし。わたしは両親にとても大切にされているし、婚約者のケビン様は恰好良くて素敵だし、とっても恵まれた環境でわたしは幸せ者ですわ。
それに、使用人たちも皆優しいから、わたしが我儘を言ってもなんでも聞いてくれますの。
「メアリー」
「はい、お嬢様」
「わたし、今日はお花の髪飾りを着けたいわ」
折角メアリーが綺麗に三つ編みをしてくれたんだけど、今日のドレスにはやっぱりあの髪飾りを着けたいんですわ。綺麗なガラス細工の向日葵の髪飾り。
「そうですか。では髪型を変えなくてはいけませんね」
「そうしてくれる?」
「畏まりました!」
ね?わたしって結構我儘ですの。折角綺麗に三つ編みをしてくれたのに、解かせたのよ!わたしって悪い女ね。
「お嬢様?」
「なぁに」
「今、お嬢様は最高に自分を悪女だと思っていらっしゃいますね?」
「ふふふふ、メアリーは泣きたくなったでしょ。折角三つ編みしたのに解くことになって」
「ええ、ええ。私は折角綺麗に編めたのに解くことになって、とても残念ですよ」
メアリーはニコニコしているけど、それは素晴らしい侍女だから感情を顔に出さないだけ。本当は心の中で泣いているんですわ。わたしはちょっと心がチクンとしたけど、ダメよ、そんなことで揺らいでしまっては。
わたしは我儘で悪い女になりたいのです。そうじゃないとケビン様と婚約破棄出来ませんから。
え、どうして素敵な婚約者のケビン様と婚約破棄をするのって?簡単ですわ。ケビン様はわたしじゃない人が好きなのです。なのに、昔から決められているからって私の婚約者をしていますの。可哀そうでしょ?ケビン様。だから、婚約を破棄するためにわたし有責でどうにかしようと思っているのです。
それには、まずわたしが悪い女にならないといけませんわ。そうね、かれこれ一ヵ月は悪い女になっていますのよ。昨日なんて、わたしのために作ってくれた美味しそうなケーキを「味が全然足りないわ」って言って蜂蜜をドバドバかけて食べてましたの。流石に甘すぎて歯茎が染みましたわ。でも、悪い女になるためですもの、頑張りますわ。
だけど、わたし知らなかったんですわ。そんなわたしを、小さな子供を見守るような目で見ていた使用人たちを。わたしには、あまりの悪い女っぷりに恐れ戦いているように見えたんですけど。
「お嬢様、いいことを教えて差し上げます」
メアリーは素敵な笑顔でわたしに教えてくれましたわ。
「屋敷内で悪い女になっても、誰にも分かってもらえませんよ?」
「え?なんで?」
「そりゃ、使用人たちが主の悪口を外の誰かに吹聴するわけがないんですから」
盲点!
わたしの読んだ小説では、大体我儘って言うのは知れ渡るものなのですよ、勝手に。でも、そうよね。普通に考えれば、しっかり教育をされたお屋敷の使用人が、守秘義務を果たさないわけがありませんわ。
あー、盲点!素晴らしきウェスタン伯爵家の使用人たち!
「分かっていただけましたか」
「わ、分かっていたわ」
「それは失礼いたしました」
「今は、練習中なの。悪い女は元々悪いわけじゃないのよ」
「そうなのですか?」
ふふふ、メアリーは悪い女の作られ方を知らないんだわ。
「いい?誰でもが最初から悪いわけじゃないのよ」
「そうですね」
「最初はとてもいい子だったのに悪い子になるのは理由があるの。親に虐待をされた。使用人に無視をされた。お友達が意地悪だった。これは転じて弱い子にもなるわ。そして、一番悪くなるのが、とても可愛くてちやほやされた。これは鉄板ね。更に自分より美貌も能力も劣る姉妹が居たら、もう!加えて気が強ければ最高よ。ザ・悪女が出来上がるわ」
わたしの演説にメアリーは盛大な拍手をしてくれましたわ。
「流石です、お嬢様。悪女シリーズを三十冊読みこんだだけのことはありますね」
「ふふふふ、悪女っていうのは実は悲しい存在なのよ。なりたくなくても仕立て上げられてしまう存在。私はそんな悪女に寄り添う存在になりたいわ」
え?寄り添うんですか?お嬢様は自ら悪女になろうとしていたんでは……?そして、論点がずれていますよ、お嬢様……
というメアリーの呟きは聞こえませんでしたわ。
◇◇◇◇
わたしやケビン様は王都のヴァンス貴族学院に通っていますの。貴族学院には十二歳から十七歳までの令息令嬢が通い、裕福な庶民も通う学校ですわね。
わたしとケビン様は同じ十五歳で学院の四回生。五回生からは普通科と騎士科に分かれるので、わたしは普通科、ケビン様は騎士科に進級することになりますわ。
ケビン様は私と同じ伯爵家のご子息で三男。うちに婿入りして伯爵家を継いでもらうことになっているんだけど、それは叶わないかもしれませんわ。だって、ケビン様を愛する人と引き裂くわけにはいきませんもの。
お相手はリリアンヌ令嬢。カーソン子爵のご令嬢で、確か少し年上の婚約者がいらっしゃったと思うけど。あちらも婚約を解消されるかもしれませんわね。もしくは駆け落ち?そんなことになっては大変ですわ。いざとなればわたしがお相手の婚約者様を説得するしかありませんね。
わたしは、チクンとするけど大丈夫。大好きな人が幸せになってくれれば、わたしだって幸せな気持ちになれますわ。
「アンナ、おはよう」
わたしに挨拶をして下さったのは、ジャネット・モーリガン侯爵令嬢。とっても気さくな方で、わたしの大の親友ですわ。
「おはよう、ジャネット」
「どう?上手くいってる?」
ジャネットはわたしの悪い女計画を知っている唯一のお友達。何かと相談していますの。
「結構いい感じですわ。かなり悪くなってきましたの」
「まぁ!今日はどんな悪いことを?」
二人でコソコソと顔を寄せて、わたしの悪女報告です。こういう密談も悪そうでいいですわ!
「メアリーが素敵に編んでくれた三つ編みを、わざわざ解かせて、髪飾りを着けさせましたわ!」
「……、そ、それから?」
あら、ジャネットがわたしのあまりの悪い女っぷりに泣いていますわ。
「朝食で、大嫌いなニンジンの甘煮をスープに入れてから食べましたの!」
最高に行儀が悪いですわ!
「な、なんて、わ、悪い子でしょ…!!」
ジャネットがお腹を押さえながら苦しそう。わたしのあまりの我儘っぷりに胃が痛くなってしまったんだわ。
「大丈夫?ジャネット?ショックよね?わたしがあまりに悪くて」
「ええ、ええ!もう、悪すぎて最高よ!」
涙を流しているジャネットにちょっと申し訳なさを感じるけど、わたしはこれからも悪く行きますわ。悪女は一日にして成らずですわよ!
でも、本当にこんなことをしてケビン様と婚約を破棄出来るのかしら?ジャネットが沢山アドバイスをしてくれて、その通りに頑張ってはいますけど、悪女シリーズでは悪女がヒロインの教科書を破ったり、ヒロインを階段から突き落としたり、ヒロインに水を掛けたりしているんですよね。
「心配しないで、アンナ。実はこういう小さいことが一番効果的なの。いきなりあなたが教科書を破ったなんて信用してくれる人なんて居ないわ」
「そうかしら?」
「そうよ!まずは我儘令嬢にならないと」
「わ、我儘令嬢!!それって素敵ね!!」
わたしは我儘令嬢。ふふふふ、楽しくなってきましたわ。わたし、我儘にはちょっと自信がありますの。お父様だって時々困った顔をなさるくらい我儘ばかり言っていますもの。
この前だって、馬に乗りたいって言いましたのよ。馬ですよ馬。馬車じゃないんです。お父様は危ないからダメって言うけど、わたしは乗らせてくれないなら一週間口を利いてあげないって言ってやりました。そうしたら、お父様が折れて下さいましたのよ。
きっと、屋敷中の使用人たちがなんて我儘なんだろうって辟易していることでしょう。わたしは既に、我儘令嬢で悪い女の道を歩んでいたんですわ。才能ね、これは。
読んで下さりありがとうございます。
ブックマーク、★で応援よろしくお願いします。