前編
テンプレ婚約破棄に挑戦してみました。
……本当にテンプレですよ? 頑張ったんですよ? 嘘じゃないですよ?
「君との婚約を、今を持って破棄する! そして私はこのミエル・エンド男爵令嬢と新たに婚約することを宣言する!」
貴族達の集まる卒業パーティー。王立学園主催で行われる夜会の中でも、貴族出身者の生徒以外は参加を認められない格式高い席にて、突如一国の王子であるルーザ・フラグ王子がそんな世迷い言を宣言した。
「……事情を聞かせて頂いても?」
そんな宣言を叩きつけられたのは、タナーニ・イグノール公爵令嬢。
この国最大の権力を持つとされるイグノール公爵家の娘であり、王命によりルーザ王子の婚約者となった少女であった。
「理由は言うまでもあるまい! 君はこのミエル嬢に嫉妬し、数々の嫌がらせを行った……そのような心の穢れた女と結婚することも、王妃とすることもできないからだ!」
その後、ルーザ王子はその『嫌がらせ』とやらについて語り続けた。
曰く、教科書を破った。曰く、持ち物を隠した。曰く、何かにつけて嫌味を言い続けて孤立させた、曰く、噴水に突き落とされた……などなど、非常にみみっちい嫌がらせをタナーニ公爵令嬢が繰り返したという話であった。
それを聞かされた観衆としては……正直どうでも良すぎた。確かにイジメは良くない行為であるが、それを咎めるのに相応しい場所は少なくともここではないことは他の生徒達にも警備の兵士にもわかることだ。
しかし、他人の不幸は蜜の味。他人の修羅場は至高の娯楽。その共通認識の元、周りの者達は静観を選んだ。
中には最近庶民にも出回り始めた離れた場所の相手とも会話ができる魔道具『携帯念話』を使い、外の友人に実況中継を始めるような者までいるようだ。
「一応聞きますが……私がそのようなことを行ったという証拠はあるのですか?」
「私の愛しいミエルがそう言っている。公爵家という巨大な権力にも屈せず訴えてくれたその小さき声……なによりも、真実の愛を誓った彼女の言葉だ。それだけで十分すぎる」
「被害者の証言だけで罪が成立していたら世の中えん罪だらけです。もっと信用のおける証人、もしくは決定的な証拠の用意は無いのですか?」
「なんだと?」
当たり前だが、そんな訴えをはいそうですかと受け入れる者はいない。
被害者の証言だけでいいのならば、誰だって気に入らない奴をいつでも失脚させられる地獄のような社会になってしまうのだから。
「はぁ……では、ミエル様におたずねしますが、先ほど仰られました嫌がらせとやらは、いつ行われたのですか?」
「い、いつ?」
「何日の何時頃なのか、という話です。教科書や持ち物の破損、紛失は正確な犯行時刻はわからないでしょうが、暴力を振るったりということならばはっきりとわかるでしょう?」
「ムゥ……ミエル、どうだい?」
「え? えっと、その……噴水に落とされたのは先月です! 私はタナーニ様に噴水に落とされたのです!」
いままでルーザ王子の後ろに隠れていたミエル男爵令嬢は、突然自分に話を振られて一瞬怯えたように身体を竦めた後、大声で宣言した。
正直なところ、貴族令嬢としては礼儀作法を一から学び直すべき大声である。
ついでにいえば、たかが男爵家の人間が公爵家の人間の名前を無断で呼ぶのもかなりの礼儀知らずといえるだろう。
「……礼節は置いておいて、先月のいつですか? そんな重大な問題が起こったのならばもっと正確な日付がわかるでしょう?」
「だから、その……先月の……そう、先月の10日のお昼頃です! 私がお昼休みにお弁当を食べようと歩いていたら突然背中から押されて、それで……」
「なるほど……背中から押されたのに何故犯人がわかるのかなど、状況的に言いたいことはいろいろありますが、少なくともその事件に私が関わっていないことは証明されましたね」
「なっ!? どういうことだタナーニ!」
日付を聞いて呆れたようにそう宣言したタナーニ公爵令嬢に、ルーザ王子は焦ったように怒鳴りつけた。
反論される、などと全く考えていなかったのだろう。自分は悪を裁く正義の王子であり、タナーニ公爵令嬢はただ裁かれるだけの悪役でしかなかったはずなのだから。
「先月の10日は王妃教育のため、朝から王城へ伺っておりました。これは公的な記録にも残っている事実です。つまり、その日に私が学園で何かを行うことは不可能であった……ということですよ」
「そ、そんな馬鹿な……!」
「そもそも、私は日々厳しいスケジュールで妃教育をこなし続けていました。時には学園へ行く暇も無いほど妃教育だけで一日のほとんどを使い果たしてしまうというのに、一体いつ嫌がらせなど行う暇があるというのでしょうか?」
未来の王妃を育てるための教育となれば、その厳しさは半端でない。
別にルーザ王子は王太子というわけではないので完全に未来の王妃と決まっていたわけではないが、その可能性があるのならば鍛えられるところは徹底的に鍛えるべきだと、遊ぶ暇など一切ないハードスケジュールが組まれているのであった。
「いや、まて……そうか! 貴様は、あえて自分にアリバイがある時に取り巻きを使って嫌がらせを行ったのだろう! そうに違いあるまい!」
「……そ、そうでした! きっとそのとおりですよルーザ様!」
理路整然と語られる反証に、狼狽える王子と男爵令嬢。
この訴えをこの場で論破される……等と言うことになれば、彼らの方が道化になってしまう。そうなれば、その後の未来は愛する人と真実の愛で結ばれた王子と妃ではなく、ただの間抜けとして歴史に名を刻んでしまうのだから焦りもするだろう。
「先ほど『私はタナーニ様に噴水に落とされた』と断言していましたよね?」
「それは……言葉の、綾です」
「言葉の綾で公爵令嬢を罪人扱いしたと? また、私ではない誰かの手でというのならば、その誰かを名指しして頂けますか? あれほどはっきりと個人名を宣言するほど記憶に残っているのでしょう?」
淡々と行われる追求を前に、ミエル男爵令嬢は俯いて黙るしかなかった。
ただ震える悲劇のヒロインを演じていれば良かったはずの、王子を味方につけての出来レース。この場はそれだけのはずだったのに、いったいどうしてこんなことになっているのかと頼りにならない王子を睨みながら。
「はぁ……そもそも、仮に私の罪とやらを立証できたとしても、婚約は王命により公爵家と王家の間で結ばれたもの。失礼ながらルーザ殿下にこれをどうこうする権限はありません」
完全に呆れたという素振りで告げたタナーニ公爵令嬢の顔には、隠していても隠しきれない侮蔑の感情が宿っていた。
人を見下すのは大好きでも見下されるのは大嫌いなルーザ王子は、その態度に激怒する。
「貴様! 何だその態度は! 王族に対する侮辱……許せん! 貴様など国外追放にしてくれる!」
「そんなことを決定する権限も貴方にはありませんよ。この国で罪人を罪人として認め、裁きを言い渡すのは裁判所の仕事です。王子とは言え手続きなしで処罰などできませんから」
自分の権限を越えた場所で吠える王子になど興味もないと、タナーニ公爵令嬢は一切の怯えも見せなかった。
そんな、自分の思い通りにならない女を許せるほどルーザ王子の心は広くない。口で勝てないのならば力で抑えてくれると、衆人環視の中ついに拳を振りかざすのであった。
その時――
「そこまでだ!」
その拳を押さえ、ルーザ王子を何者かが投げ飛ばしたのだった。
「ぐべっ!?」
突然のことに受け身も取れないまま、潰れたカエルような無様な姿を晒すルーザ王子。
何が起きたのかと唖然となるルーザ王子と観衆であったが、すぐに正気に戻ったルーザ王子がひっくり返ったまま叫んだ。
「なっ!? き、貴様! この私を誰だと思っている! 衛兵! 何をしているか!」
ルーザ王子はひっくり返ったまま叫び、慌てて警備の兵達も動き出す。
先ほどまでの醜態は別にして、王族に暴行を働いたとなれば捕えるのが彼らの仕事だ。本来ならば未然に防ぐべきだったのだが……そこは、兵士達を硬直させるような無様を晒した王子の責任としておこう。
そんな兵士達の動きも、数歩で止められてしまったのだが。
「失礼……レディに手をあげるような男の止め方など、これくらいしか知らなかったのでね」
「これは……セッテ皇子殿下。お久しゅうございます」
その人物の正体に気がついたタナーニ公爵令嬢が、優雅に礼を取ったことで。
「セッテ……皇子?」
「いかにも。初めましてではなかったと思うがね? ルーザ・フラグ第一王子」
ルーザ王子を投げ飛ばした男の正体は、セッテ・ガーバ皇子。フラグ王国の隣国であり、遥か格上の国力を持つガーバ帝国の次期皇帝と称される第一皇子だ。まだ皇太子と任命されたわけではないが、時間の問題であろうと各国から見なされている男である。
ルーザ王子とは同じ王家の長男という立ち位置ではあるが、その影響力にも権力にも天と地の差があると言えるだろう。
「しかし……他国の問題であるからと静観していれば、随分な愚行を働いたものですな、フラグ第一王子殿」
「な、何を……!」
流石の衛兵も、絶対に機嫌を損ねてはいけない他国の皇子を拘束するなどできるはずもない。
結果、倒れたルーザ王子を助け起こすことでその場を誤魔化したのだった。
「このような場で御令嬢の名誉を真っ向から否定するような暴言の数々……正気とは思えませんよ」
「そ、それはタナーニがミエルを虐めたからで……」
「話を聞いている限り、少なくともその犯人はイグノール嬢ではないと思いますがね。まあ、それ以前に本当にイジメなどあったのか、から調べるべきだとは思いますが」
「ぶっ!」
その歯に衣着せぬ発言に、観衆から小さく笑い声が零れた。
誰しも思っていたのだ。この喜劇は、男爵令嬢の自作自演を信じた馬鹿王子の一人相撲なのだろう……と。
「だ、誰だ今笑った奴は!」
「誰でもいいでしょう。今の貴方は、この場にいる全員から見て笑いものなのですから」
冷たく言い切ったセッテ皇子に、ルーザ王子は何も言えなかった。
まず、権力に差がありすぎること。彼に真っ向から反論できるほど、ルーザ王子の心は強くなかった。
そして、個人としてもその力の差を感じ取ってしまい、萎縮してしまっているのも大きいのであった。
「時に……先ほどの発言は事実ですか?」
「は、発言?」
「ええ。タナーニ・イグノール公爵令嬢との婚約を破棄する、という発言です」
「――もちろんだ! 私はこんな女と結婚するつもりなどない!」
ルーザ王子はセッテ皇子の問いに、半ば自棄になったような大声で答えた。
今更引っ込みが付かなくなっているだけにしか見えないが、それを聞いたセッテ皇子は批判するわけでもなく「わかりました」とにっこり微笑むだけであった。
そして、もう興味はないとルーザ王子から視線を切り、タナーニ公爵令嬢へと振り向きその場で膝を折ったのであった。
「イグノール嬢……いえ、タナーニ嬢。どうか、名前で呼ぶことをお許し願いたい」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「私はこの場にて、貴女に婚約を申し入れたいと思います」
「なっ!?」
突如、自分が捨てた女に自分よりも格上の男が求婚した。
その事実に、すっかりと外野に閉め出されてしまったルーザ王子が言葉にならない複雑な感情を宿すうなり声を出した。
当然、主役となった若い二人はそんな外野の様子になど興味も示さないのであるが。
「本気、でしょうか?」
「もちろんです。このセッテ・ガーバ。冗談でこのようなことを言うことはありません。以前我が国で開かれたパーティーでお会いしたときより、ずっと心に貴女の姿がありました。しかし、婚約者のいる貴女への愛を囁くことなどできるはずもない……そう思って諦めようとしていたのですが、このようなチャンスを前にして引き下がれるほど謙虚な男でもないのですよ」
真剣な顔で、真っ直ぐに告げた愛の言葉に、タナーニ公爵令嬢は静かに頷いたのであった。
「……実は、私もお慕いしておりました。婚約者のいる身で思ってはいけないことであると封じてきましたが、以前お会いしたときより貴方様のことをずっと思っていたのです」
「なんだと!? お前、この私がいながら浮気していたのか!!」
タナーニ公爵令嬢の言葉に怒りを露わにするルーザ王子であるが、その隣に浮気相手を侍らせているようでは誰もその怒りに同調してはくれないだろう。
事実、ルーザとミエルは誰が見てもわかりやすく浮気をしていたのだが、タナーニとセッテはお互いの心の中だけで思い合っていただけだ。それを責める法などあるはずもない。
「心より、嬉しく思います。私は決して貴女を傷つけるようなことはしないと誓いましょう。我が真実の愛は、貴方のみに向けることをお約束しましょう」
「はい……これから、よろしくお願いいたします」
「ま、待て! 私は認めないぞ!」
「……と、言っているがどう思う? 我が愛しの姫君よ」
「問題ありませんわ。だって、私は『国外追放』らしいですから」
「グッ!?」
自分の言葉を逆手に取られてぐうの音も出ないルーザ王子。
そんな無様なルーザ王子とは異なり、真実の愛を手にした二人に周囲は祝福ムードとなって拍手を送る。
そんな空気の中、もはや完全に悪役となったルーザ王子に、トドメと言わんばかりにセッテ皇子がタナーニ公爵令嬢の手を取りながら冷たく告げるのであった。
「ところで……ルーザ王子。貴方はこんなところで暢気にしている場合なのですか?」
「なんだと……?」
「この一件で、貴方……というより、フラグ王家とイグノール公爵家との関係は最悪のものとなるでしょう。もちろん、そのイグノール公爵家と縁ができる我がガーバ帝国ともね。今更何ができるかはわかりませんが、火消しに動いた方がいいと思いますよ?」
「え……」
「国内最高の力を持つ公爵家と、隣接する我が帝国の二つと同時に敵対することなどフラグ王家にとっては死活問題です。早急に両家との関係を改善するためにも、貴方は切り捨てられることになるでしょう」
今回の婚約破棄騒動の責任を、王家の総意とすれば破滅の道しかない。
となれば、全てはルーザ王子の暴走であり王家に一切その意思はないと切り捨て、またそれを証明するために公的な裁きを王子に与えるのは当然のことだ。
ただ廃嫡になる……なんて甘い裁きではない。下手をすれば、公開処刑も有り得るくらいには明確に切り捨てたことを国内外にアピールすることだろう。それをしなければ、自分達が破滅するのだから。
「当然、そちらのお嬢さんも連帯責任を問われるでしょうね。まあ……ある意味では永遠に一緒にいられるかも知れませんが」
もちろん、こんな事態を引き起こした元凶の片割れであるミエル・エンド男爵令嬢だって逃れることはできない。
生け贄の首は、多いに越したことはないのだから。
「そ、そんな……」
「うそでしょ……なんで、王子を手に入れたのにそんなことに……」
自分達の未来を悟り、蒼白となる二人。
そんな姿にもはや興味はないと、セッテ皇子はタナーニ公爵令嬢の肩を抱きながら立ち去ろうとするのだった。
「自分の行動が、どれだけの人を苦しめることになるかもわからないとはね」
と、クールに最後の一言だけを残して。
「ふ……フザケルナァァァァァッ!」
真っ白になったルーザ王子は、怒りのままにセッテ皇子殴りかかる。
……が、単純な武術の腕前は既に証明されたとおり。セッテ皇子にあっさりと返り討ちに合い、またもや投げ飛ばされるのであった。
――というところで、事故が起こった。
「ぶぼっ!?」
「あひゅ!?」
「あ」
投げ飛ばされたルーザ王子の腕が、騒動をかぶり付きで見ていたとある貴族子息の顎にいい感じで直撃したのであった。
流石にそれは予想外だったと固まるセッテ皇子を前に、完全に顎に入った貴族子息は気絶。手にしていた携帯念話は放物線を描いて投げ出され――偶然にも、念話先の音声が周囲に広がるスピーカーボタンがオンになったのだった。
『うちの王子様マジで馬鹿なんだなー……普通わかるだろ、婚約者いるのに浮気していました発言とかダメなの』
私のテンプレ力はここで力尽きました。
後編に続きます。




