8話
昔々あるところに、1匹の神獣がおったそうな。
神獣。神から力と知性と授かった、特別な存在。
ここに一匹の神獣、氷魔狼がいた。
その氷魔狼はとてもやんちゃだったそうだ。
自らのおいたのせいで、街一つを滅ぼしたことすらあるらしい。若い頃だったから仕方ないとのこと。
そんな氷魔狼の討伐を依頼されたのが、初代レイホワイト家の剣士だった。
彼は氷魔狼を討伐しようとした。
だがあまりに強大な力を討ち滅ぼすことはできなかった。
そこで、彼の持つ力で氷魔狼を封印。
その管理を王家から依頼されたのが、アルセイフ様のおうち、レイホワイト家の始まりだという。
その氷魔狼はすごくすごく不服だった。
自分を閉じ込めたレイホワイトの人たちをあまり好きとは思っていなかったらしい。
だが彼が生きるためには、レイホワイト家の人たちが供給する魔力が必要だった。
外に出られず、閉じ込められ、恨み辛みが年々積み重なってきたある日。
レイホワイト家の新しい当主が紹介された。
その男児はとても体が病弱だった。
しかも、最悪なことに、彼の魔力はとてもまずかったらしい。
もう耐えられない……! と思ったお守り様は何百年、こっそりと、ばれないように作っておいた脱出の魔法を使う。
見事レイホワイト家を脱出に成功したものの、そのときに魔力をほぼ使い切ってしまった。
あわれ神獣も、魔力が無ければただの犬。
ふらふらとさまよい歩いているところに、ひとりの美しい聖女と遭遇。
聖女の手によってみるみるうちに回復したお守り様は、お礼に、彼女に一つの【力】を授けた。
それは神獣が授けし、いわば【神の力】ともいえる氷の魔法。
女の子は氷の魔法を授かったとも、また自らがかわいがっていた犬が神獣だとも知らなかった。
そして聖女の魔力によって回復したお守り様は、彼女のもとを去った。
これ以上外に居ると、お守り様を逃がした罪で、レイホワイト家が取りつぶしになるやもしれなかったからだ。
自分を閉じ込めたやつらの家がどうなろうと知ったことではない……が。
聖女に優しくされた自分が、誰かに冷たくするのは、良くない。彼女に合わせる顔がない。
そこで仕方なく元いた場所へと帰ってきたのだった。
……はい。
以上がレイホワイト家と神獣、そして聖女の物語。
……というか、聖女は私だった。
★
「フェリー! フェリー!」
私が居るのは、レイホワイト家の応接間。
ソファに座る私の隣には、翡翠の髪の美少年が座っている。
くりっとしたお目目。
あどけない顔立ち。身長は160くらい。
ぱっと見で人間だが、
ぴんと立った犬耳に、犬の尻尾。
「コッコロちゃん神獣だったんですね……」
お守り様ことコッコロちゃんが、私に抱きついて、ほっぺをペロペロとなめてくる。
ほこらのなかでは犬姿だったのだが、私と再会したあと、この人形に変身したのである。
「会いたかったよ! すっごく!」
「私もです……が、お守り様?」
「コッコロちゃんでいいよ! 君は特別だからね!」
にこにこーっと無垢なる笑みを向けてくる。
この犬耳美少年が、本当にコッコロちゃんで、本当にこの家の守り神とは……。
「では、コッコロちゃん。本当にあなたは、神獣なのです?」
「そうだよ! 人間に変化する犬なんて聞いたことないでしょ!」
「まあ言われてみればそうですね」
「フェリ~! あいたかったよぉう!」
また飛びついて、ぺろぺろぺろ、とほっぺをなめてくる。
まさかコッコロちゃんが重要人物だったとは……。
「それで、その……シャーニッド様? いつまでそうなされてるんです?」
父上様ことシャーニッド様は、私の前でずっと土下座している。
「聖女様におゆるしいただけるのでしたらっ!」
「いや、いいですってそういうの。顔上げてください」
恐る恐るシャーニッド様が顔を上げる。
「まさか君が……我が家の救世主だったとは、本当にすまない……」
ペコペコとシャーニッド様が頭を下げる。
「いや救世主って……大袈裟ですよ」
「大袈裟なものか。我が家は滅ぶところだったんだよ。お守り様を救って、ここへ連れて帰ってきてくれた君がいたから、家は潰れずに済んだのだ。ありがとう、本当に……!」
冒頭の昔話は、シャーニッド様+コッコロちゃんの話を総合して作られたモノ。
どうやら知らないうちに、この家を私は救っていたらしい。
「というか、一番いけないのはコッコロちゃんでは?」
「うう~……だって、ずぅっと閉じ込められてたんだよ!」
「それはあなたがやんちゃしてたからでしょう?」
「うう……ごめんねぇ~……」
しゅん……とコッコロちゃんの犬耳と尻尾が垂れる。
「反省してるならそれでよし」
「フェリ~~~~~~~~!」
がばっ、とコッコロちゃんが私に飛びかかってくる。
べろべろべろ、と顔をなめる。
「ちょ、ちょっとやめてください……きゃっ! くすぐったい……」
「ああフェリ! ボクのフェリ! もうボクは君を一生離さないからね! この家に君が来てくれて本当にうれしいよ!」
と、そのときだった。
「おい」
ぎぎ……と扉が開くと、そこには鬼の形相をしたアルセイフ様がいた。
「貴様、何をしている……?」
相手を射殺すばかりににらみつけてくる……アルセイフ様。
「違います。アルセイフ様。誤解です。これは……」
私が怒られている、とばかり思っていた。
他の男と抱き合っているから、不貞を働いている……と。
だが……。
剣を抜いて、その先端を……お守り様に向ける。
「アル! 何をしてるんだ!」
「黙ってろ親父。俺は……この犬に用事がある」
コッコロちゃんは私からどいて、ひょいっ、とアルセイフ様の前までやってくる。
「ボクに……なに?」
その目の色は、アルセイフ様と同じだった。
彼の持つ氷結の魔眼。
見た相手を凍り付かせるその力は、氷魔狼であるコッコロちゃんのもの。
「あの女は俺のだ。貴様にはやらん」
「へえ……家を潰しかけた戦犯の分際で、大きな口利くね?」
ふたりがにらみ合っている。
「貴様が逃げたのが悪いのだ」
「君の魔力がゲロみたいにまずいのが悪い」
「あの女は俺の妻だ」
「悪いけどフェリはボクのフェリだから」
「「…………」」
……はぁ、やれやれ。
何を子供みたいにケンカしているのだろうか。
「だいいち貴様は神獣で、あの女は人間だろうが」
「愛に種族は関係ない。ボクはフェリが好きだ。ボクの番にする」
「ふざけるな。あれは俺のだ。奪うようなら貴様を殺……ぶっ!」」
私はアルセイフ様の後頭部を叩く。
「やめなさい、相手は守り神なのですよ? 殺すなんてぶっそうなマネはおやめなさい」
「へんっ! ばーか! 怒られてやーんの……あいたっ!」
ぺん、と私はコッコロちゃんの頭を叩く。
「こら、駄目でしょうコッコロちゃん。他の子とケンカしちゃだめって、忘れたの?」
「うう……ごめん、フェリぃ~……」
再会したとき、この子がコッコロちゃんだと信じられなかった。
でも言動を見れば、なんてことはない、私が幼い頃に拾ってかわいがった、子犬ちゃんだった。
「二人ともケンカしないの。仲良くなさい」
「「無理。こいつ嫌い」」
やれやれ……。
「とにかく、同じ屋敷で暮らしていく以上、ケンカは御法度です」
「わかったよ……フェリがそうしろっていうなら、そうする!」
笑顔で手を上げるコッコロちゃん。
「うん、良い子ですね。良い子良い子」
わしゃわしゃ、と私はかつてのように、彼のあたまをなでる。
ぱたたっ、と犬の尻尾がゆれる。
「おい止めろ」
私の手を引いて、彼が抱き寄せる。
え? 何、急に……?
「おまえ、夫が居る分際で、他の男といちゃつく気か?」
「何をバカな。この子は神獣じゃないですか。男って……」
「性別上、男だろうが。俺の女である以上、他の男には触れることすら許さん」
まあ確かに夫以外の男に触れるのは、不貞行為にはなるけれど、相手は神獣だろうに。
「君……調子乗らないでよ……?」
びきびき……とコッコロちゃんの周囲が凍結していく。
「フェリはボクのフェリなんですが?」
「ふざけるな犬。こいつは俺のだ」
「「あ゛……? いてっ」」
私は二人の頭を叩く。
「私は私です。誰のモノでもありません」
「「しかし……!」」
「お座り」
さっ、とコッコロちゃんがお座りの体勢になる。
「なんだと貴様? 俺に命令」
「お・す・わ・り」
私に気圧されたのか、顔を引いて、ちっ……と舌打ちをする。
そのまま出て行くアルセイフ様。
やれやれ、子供ですかねあの人。
「じゃ、フェリ! 今日からよろしく!」
「ええ、よろしくコッコロちゃん」
私は彼に抱きついて、あたまをなでる。
「会いたかったですよ」
「えへへ~♡ ボクも~♡」
びきびき、ばきばきばきっ……!
……とどこかで何かが壊れる音がした。