7話
私は旦那である、アルセイフ様とお出かけすることになった。
目的は、幼い頃にいなくなったコッコロちゃんを探すため……。
さすがに7年くらい前に居なくなった子が、王都に居るとは私も思っていない。
今日は単純にデートをしに来た、という認識でいる。
私たちは王都へとやってきた。
貴族は大体ふたつ、屋敷を持っている。
王都にひとつ、自分の領地に一つ。
私たちが普段住んでいるのは、領地のある【レイホワイト領】。
比較的王都からは近いものの、馬車で数時間はかかる距離だ。
そして私が以前住んでいたのは、王都にあるカーライル公爵の屋敷。
「よし、いくぞ」
アルセイフ様が馬車から降りて、ひとりでさっさと歩き出す。
「おいてかないでくださいよ」
「ちっ……」
「またそうやってすぐ舌打ちする。いけませんよ、あなたは騎士なのですから、それらしい振る舞いをしないと」
「ほんとに口の減らない女だ……まったく……」
さて休日の王都はかなり賑わっている……はずなのだが。
「……いやに静かですね」
誰も彼もが黙って、そっぽを向いてる。
店先で元気に商売していた男も、【彼】を見た途端に店の奥へとひっこんでいった。
ああ、なるほど……原因はアルセイフ様か。
「なんだ?」
「いえ、随分と有名人なのですね」
「ふん……いつものことだ」
アルセイフ様。冷酷なる氷帝。
その悪名、そして彼が醸し出す殺伐とした雰囲気が、王都の賑やかさ、華やかさを打ち消しているのだ。
端的に言えばみな、彼を怖がっているのである。
侍女のニコからうわさは聞いていたが、こうして実際に周りの人の反応を見るのは初めてだ。
人のうわさもなんとやら、というから、大袈裟に誇張されているのだろうと思ったのだけど……。
どうやら、本当にアルセイフ様は、人々から嫌われているらしい。
だが当の本人は悲しんでいる様子も、いらだってる様子もない。
私は聞いてみる。
「いつも周りはこんな感じなのですか?」
「そうだな。ひどいときは子供に泣かれる」
そのとき、一人の男の子が、アルセイフ様のお腹にぶつかる。
「ごめんな……………………」
男の子がアルセイフ様を見て固まる。
ぎろり、と彼が子供をにらむ。
「ひぎゃぁああああああああああああ!」
子供が大泣きし出す。
アルセイフ様は、またか、みたいなリアクションだ。日常茶飯事なのだろう。
「よしよし、泣かないでください」
私はしゃがみ込んで、男の子のあたまをなでる。
だが彼は泣き止もうとしない。
「あ、そうだ。あめ玉あげますよ。どうです?」
私は鞄から手作りのあめ玉を取り出す。
砂糖を煮詰めて、それを氷で包み込んだお菓子だ。
ぴたっ、と子供が泣き止む。
あめ玉を手に取って口に含むと、ぱぁ……と笑顔になった。
「どう?」
「おいしー!」
「よかった。じゃあもう1コあげましょう」
「ありがとー!」
子供は二個目を食べて泣き止んでくれた。
よかった。
「ばいばい、おねえーちゃーん!」
「ええ、ばいばい」
子供が手を振りながら去って行く。
やれやれ、大事にならなくて良かった。
「…………」
終始黙っていたアルセイフ様が、私を見て目を丸くしている。
「なにか?」
「いや……なぜ貴様、こどもをあやしたのだ?」
「なぜって……泣いてる子供が居て、そのままにするのは、可哀想じゃないですか」
ごく当然のことを言ったまで。
けれど彼は何か感心したようにうなずく。
「なるほど……」
「なんです?」
「いや……なんでもない」
すたすたと彼が歩き出す。
「その……なんだ」
「はい?」
彼は前を向いたまま、そっけなく、
「……助かった」
ぼそっと、聞こえるか聞こえないかくらいの声音で、お礼を言ってきたのだ。
……なんと。なんとも、まあ。この人からまさか礼を言われるなんて。
「な、なんだ貴様その鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔は?」
「あ、いえ。あなたからお礼を言われるのが新鮮で」
「ふん。俺だって、礼くらい言うわ」
「そうです? 初めて言われましたが」
前を歩くアルセイフ様は「ふん」とまた鼻を鳴らす。
「いつもああなのだ」
「ああとは……子供に泣かれると?」
こくん、と彼がうなずく。
「どうにも俺は『悪い子は冷酷なる氷帝に食われてしまう』と言われてるらしくてな」
「まあ……それは、お気の毒に」
ぴた、と彼が足を止める。
「気の毒?」
「ええ。あなたは人々を守るために頑張ってらっしゃるのに、そんな鬼とか化け物扱いされるのが、気の毒だなと」
また彼がジッと黙り込んでしまう。
彼の妻となってわかったのだが、アルセイフ様が黙っているときは、高い確率で何かを考えてるときだ。
邪魔しちゃイケナイので、黙っておく。
ほどなくして、彼が口を開く。
「そんなふうに言ってくれるのは、おまえだけだ」
あれ? いつもは私のこと、貴様とか言うのに、今日はおまえと言ってきたな。
「妻ですからね。夫を否定なんてしませんよ。あなたは私たちのために外で仕事してくれてるんですから」
「……そうか」
ぽりぽり、と彼は頬を指でかくと、
「悪くないな」
とだけ言う。
……どういう意図なのだろうか。
★
結局一日探しても、案の定、コッコロちゃんは見つからなかった。
屋敷に到着。
馬車から降りて、彼が言う。
「おい」
「はい」
「また行くぞ」
……また?
「え、コッコロちゃんの捜索ですか?」
「ああ。見つからなかっただろう?」
「いやまあ……」
正直今日探して、本当にいなかったのだから、もう二度と見つからない気がする。
「行っても無駄な気がしますけど」
「……俺が行きたいんだよ」
そっぽを向きながら、彼が言う。
なるほど、気晴らしに付き合って欲しいのか。
「いいですよ」
「ほんとかっ?」
彼が少し目を輝かせて言う。
「ええ」
「そうか! ならば来週も行くぞ」
「そんな高頻度に?」
「なんだ、俺と出かけるのは不服か?」
「いえ、別に」
彼はふんっと鼻を鳴らすと屋敷に向かって歩き出す。
どこか、足取りが軽いように見えた。
今日のお出かけが、楽しかった……のかな。
……私はどうだろう。
まあ、いつもより彼もとげとげしさがなかったように思える。楽ではあったな。
「フェリさまぁああああああああああ!」
屋敷の中へ行くと、
そこへ、侍女のニコがダッシュで近づいてくる。
私のお腹にツッコんできた。ぐえっ、と淑女らしからぬ声が出てしまった。
「大丈夫でした!? あの人にひどいことされませんでした!?」
ニコが心配してくる。
……あの人? ああ、アルセイフ様か。
私が彼と一緒に出かけたことを、心配してくれてたのだな。
「大丈夫です。コッコロちゃん2号は、今日は大人しかったです」
「ほ、本当に……?」
「ええ。なんか別の人みたいでしたね」
「そ、そうですかぁ……よかったぁ……」
ほーっ、とニコが安堵の息をつく。
そこまで心配することだろうか。
「使用人と両親がいないとこで、フェリ様にひどいことするんじゃないかってもう……気が気でなくって……」
「あらまあ。心配どうもありがとう。でもそれは考えすぎですよ。彼は騎士なのですから」
よしよし、と私は彼女のあたまをなでる。
「無事で何よりです! あ、そうだフェリさま、シャーニッド様がお呼びになられてました。なにか、重要なお話があるとかで」
「父上様が? なんでしょう……すぐに行きます」
私はニコを連れて、アルセイフ様のお父上のもとへ向かう。
書斎へと入ると、中には青髪の男性がいた。
義理の父シャーニッド様だ。
「おお、フェリアさん。よく来てくれた。実は君に会わせたいひとがいる」
「会わせたい、ひと?」
こくん、と彼がうなずく。
「我らレイホワイト家の守り神……【お守り様】に、君を紹介したいんだ」
「守り神……お守り様?」
初めて聞く単語だ。
「ああ。初代レイホワイト当主が、神獣であるお守り様と契約を交わし、彼を守り神としてまつることで、この家に繁栄と氷の力をもたらしてくれているのだ」
なるほど家の守護獣というわけか。
「君もこの屋敷に来て数日経つ。そろそろお守り様に挨拶をと思ってね」
「わかりました。いつです?」
「今からでもいいだろうか。どうにも、お守り様が君に会いたがっているんだ、なぜか、かなり強く」
私に会いたい?
強く……?
なんでだろう……よそ者が珍しいとか?
私はシャーニッド様につれられ、屋敷の庭へと出る。
そこから歩いてしばし、石造りのかまくらのようなものの前まで到着。
「ここから地下の祭壇へと繋がっているのだよ」
シャーニッド様に先導されて、私は階段を下っていく。
真っ暗な地下道を進んでいくと、やがてキラキラと輝く、不思議な空間へと到着。
四方を氷で囲まれており、最奥には氷でできた台座があった。
そこには……。
『フェリーーーーーーーーーーーーー!』
【その子】は私と目が合うと同時に、ツッコんできた。
私は【その子】に押し倒され、ベロベロと顔中をなめ回される。
『会いたかった! 君に会うのを、ボクは心待ちにしてたんだよ!』
中性的な声で、私にそういう。
「な、なぜ……あなたが……ここに?」
私を押し倒しているのは、1匹の巨大な犬だ。
とても、とても、見覚えのある姿……。
「こ、コッコロちゃん?」