6話
旦那様であるアルセイフ様は、日中、王城へと仕事へ行っている。
その間、私が何をしているかというと、いろいろだ。
屋敷の中の位置構造を覚えたり、使用人さんたちの顔と名前を覚えたり、交流したり。
その中でも特に割合を占めているのは、アルセイフ様の母上、ニーナ様と過ごす時間だ。
「ごめんねぇ、フェリちゃん。お掃除、手伝ってくれて」
母上様のお部屋には、私と侍女のニコ、そしてメイドさん達が集まってお茶をしている。
「それにしても、すごいわねぇフェリちゃんの魔法!」
今日は母上様と一緒に屋敷の掃除をした。
そのときに、氷の魔法を使わせてもらった。
「指ぱっちんで、一瞬で部屋が綺麗になったんですもの。あれ、どうやったの?」
「氷の魔法を応用しただけです。空間を瞬時に凍結させ、不要物のみを砕き、あとは魔法を解除しただけ」
魔法は使用者のイメージによって、色々な使い方ができる。
ただ氷の塊をぶっ飛ばすだけじゃなく、特定の何かを凍らせるというイメージを強く持てば。
落ちてるゴミや、屋根裏を這ってる虫だけを凍らせ砕くことができる。
掃除にも使えるなんて、本当に便利な力を得たモノだ。
「本当にすごいわぁ。偉い! スーパー奥さんね!」
「いえ、私なんてまだまだ」
「まあまあ! なんて良い子なんでしょう! も~~~~~良い子!」
母上様は、ぎゅっと私の頭を抱きしめてくる。
……ああ、温かいなぁ。
「あ、ごめんなさいね! せっかく綺麗なおぐしが、ぐしゃぐしゃに!」
「かまいません、むしろうれしかったです。母にこういうこと、してもらったことないので」
私は軽く経緯を話す。
母は私を産んですぐに、死んでしまった。
その後、後妻として迎えられたのが、セレスティアの母。
まあこの人もセレスティア同様にクズなのだが、まあそれはどうでもいい。
「あぁ……! なんて可哀想な子なのぉ!」
ぎゅーっとニーナ様が私を更に強く抱きしめる。
「くずなお家に育っても、こーんなに立派に、賢く強く生きるなんて! 本当に立派! えらい!」
「ありがとうございます」
母親って、こんな感じなのかな……。
「それにね、わたしはあなたにとても感謝してるのよ。アルちゃんと仲良くしてくれてるからね」
アルちゃん……。
ああ、アルセイフ様か。
ニーナ様は平民の出身なせいか、言葉使いが少々粗雑だ。
たぶん彼も母親のしゃべる言葉を聞いて育って、ああなったのだろう。
この人も、貴族なんだから、もうちょっと言葉をなおしたほうがいいと思う。
けどまあ、それを指摘するのはまだ早いか。家に嫁いだばかりだし。
「ありがとう、フェリちゃん」
「感謝されるいわれはありません。私は単に妻としての当然のことをしてるだけですので」
「いいえ、こればっかりはちゃんと謝らせて。あの子がああいう性格になったのは、わたしの責任でもあるから……」
「ニーナ様の責任? どういうことでしょう?」
「アルちゃんね、昔、とっても病弱だったのよ」
★
夜になって、旦那様であるアルセイフ様が帰ってきた。
私は今日も一緒に彼と夕飯を食べた。
食後。食堂にて。
「くそっ! おい貴様!」
「フェリアです。なんですか?」
正面に座る、銀髪の美少年が、ギリギリと歯噛みしながら私をにらむ。
「なんだこれは!」
びし! とテーブルの上に載っている、ガラスの小皿を指さす。
「食後のデザートですが?」
お皿の上には白くて甘ーい、冷たいデザート……。
私の作ったアイスクリームが載っている。
「貴様これをどうやって作った!?」
「氷の魔法で急速冷凍」
「やはりか! くそ!」
またもアルセイフ様がいらいらし出す。
「なぜ貴様は、その身に宿りし神の力を、こんな下らぬことばかりに使うのだ!」
だんだん! と彼がテーブルを叩いて怒りをあらわにする。
「テーブルを叩かないでください。お行儀が悪いですよ」
「やかましい! くそ!」
「そのちっ、とか、くそ、とかもおよしなさい。市井のチンピラではあるまいし」
「貴様が俺に命令するな!」
「命令じゃなく、注意です。ほら、溶けちゃいますよ」
常温でもアイスはほっとけば溶けていく。
「まったく、氷菓子なんぞに魔法を使うなんて……何を考えてるのだ……」
「食べないのです?」
「はっ! 当然だ。俺は氷の力に誇りを持っている。それを悪用して作られた菓子なんぞ!」
「別に力なんて誰がどう使おうといいじゃないですか。あ、ほら溶けかけてます。もったいないのでちゃっちゃと食べてください」
アルセイフ様が真顔になると、私をじっと見つめてくる。
「どうしました?」
「いや……なんでもない。仕方ないから食べてやるって思っただけだ。どうせたいして美味くないだろうがな!」
アルセイフ様はスプーンを手に持って一口すくう。
ぱくっ食べると、彼は目を丸くする。
「…………」
「どうですか?」
私の問いかけには答えず、彼が残りをすべて平らげる。
どうやらお気に召してもらえたようだ。
「おい、貴様は自分の分食べないのか?」
手つかずの、私の分のアイスをじっと見つめる。
ああ、なるほど……。おかわりがほしいのか。
「はい。どうぞ」
私は氷の風を吹かせて、テーブルの上に氷の道を作る。
つん、とお皿をつつくと、アルセイフ様の前に皿が移動。
すぐに氷は消えてなくなる。
「存外器用だな、貴様」
「これでも魔法の研究はしてましたので」
「そうか……しかし貴様、なぜ俺が貴様のアイスを欲しいとわかった?」
簡単な理由だ。
「コッコロちゃんも、あなたと一緒なので」
「こ……ああ、貴様が昔飼っていたという犬か」
「はい。あの子もご飯を食べ終わったあと、じぃっと私の顔を見つめておかわりを無言で要求してくるんです。あなた、あの子と同じ顔してましたので」
「犬畜生と一緒にするな!」
「溶けますよ、早く食べた方が」
「やかましい! くそ! 忌々しい! コッコロちゃんめ!」
ちゃんづけって。
たぶんアルセイフ様は、「コッコロちゃん」までを名前だと思ってるんだ。
面白いので黙っておこう。
「今度その犬とやらに会わせろ。一言文句言ってやる」
きれいにペロッと食べ終わったアルセイフ様が、そんなことを言った。
「無理です。消えてしまったので」
「消えた……? どういうことだ」
「ある日突然、いなくなってしまったのです」
コッコロちゃんは幼いころ、私が世話をしていた。
だがある日、まるで煙のように消えてしまい、以後、姿を見かけたことはない。
「元の飼い主のところへ帰ったか、あるいは、ふらっと出て行って死んでしまったのでしょうね」
「……そうか。貴様は、悲しくないのか?」
「まあ、当時は泣いてしまいましたが、今はもう昔のことですから」
じっ、とアルセイフ様が私を見つめた後、小さくつぶやく。
「……悪かったな」
ちゃんと、詫びを入れてきたのだ。
それを聞いて、私は母上様の言葉が、真実だったのだと気づかされる。
『アルちゃん、昔はとっても病弱でね。外をまともに歩けないくらいだったの。だからわたしたち、うんと甘やかしちゃってね』
『それでわがままな性格?』
『違うの、逆よ。自分が弱いせいで、わたしたちに苦労を、心配をかけてしまう。だから、あんなふうに、強気に振る舞ってるの。意地っ張りっていえばいいのかしらね。でも、悪い子じゃないのよ、優しい子なの』
最初、半信半疑だったけど、今彼が謝ってきたのを見て、確信を得た。
「なんだ?」
「やはりアルセイフ様は、コッコロちゃんそっくりだなって」
あの子も優しい子だった。
最初はよく噛んできたけど、私が父や義妹からいじめられたとき、慰めてくれたっけ。
「馬鹿にしてるだろう、貴様?」
「いえいえ、褒めてるんですよ」
「にやけてるじゃないか! くそ! 忌々しいやつだなコッコロちゃんは! 一度顔をぶんなぐってやる!」
「いえ、だからコッコロちゃんはもう……」
ふん、とアルセイフ様が鼻を鳴らす。
「死亡を確認したわけではないのだろう?」
「ええ、まあ」
「なら、死んだと決めつけるのは早計だろうが。どこかで生きてるやもしれんだろう?」
「いや、そんなの現実的じゃ……」
馬鹿が、とアルセイフ様が悪態をついていう。
「生きていると信じることの、何が悪い。現実的? 悲観的に考えることが現実的と同義語だというのか? 俺が間違ってるか?」
……そのとおりだ。
私は結局あきらめたのだ。
もちろん探した。
四方探した上での、結論だった。
でも……たしかに、死んだと決めつけるのは早計だったかもしれない。
泣くのは、早かったかもしれない。
「そうですね。私が間違ってました。あなたの言う通りです」
ぎょっ、とアルセイフ様が目をむく。
「き、貴様も素直に非を認めるのだな。いつもは、口やかましくいうくせに」
「それは、あなたが間違ったことばかりするからです。私だって間違えることくらいありますよ。人間ですし」
やはり、この人って、優しい人なのだな。
生きてると信じる、か。
この人の仕事っぷりを見たことがないのだが、きっといい騎士なのだろうと思う。
「では、コッコロちゃん探索につきあってくれます?」
「……まあいいだろう。俺の言いだしたことだ。休みの日になら、つきあってやってもいい」
かくして、夫婦となって初めて、私は彼とお出かけする予定が、できたのだった。