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5話

※タイトル変更しました


 夜になってアルセイフ様がご帰宅なされた。

 私は玄関まで彼を出迎えに行く。


「お帰りなさいませ、アルセイフ様」


「ああ……?」


 彼が怪訝な表情をする。


「なぜ貴様がわざわざここまで来る?」


「妻ですから、旦那を出迎えるのは当然です」


「ふん! 偉そうな口をきくな」


 ぷいっ、とそっぽを向くアルセイフ様。

 

「鞄お持ちいたしますよ」

「いらん。自分で持つ」


「左様でございますか。では、お弁当箱だけでもお渡しください」


「捨ててきた」


 捨ててきた?

 何を考えてるのだろうかこの人は。

 いや、待て。私の作ったものを、食べずに捨てた可能性と、そうじゃない可能性がある。

 この人は結構口に出さない部分が多いのは、ここ最近でわかったことだ。叱るのも怒るのもちゃんと話を聞いてからだ。


「中身が、お口にあいませんでした?」


「なに? そんなこと俺は一言も言ってないだろうが」


 おや、これはちゃんと中身を食べてくれたリアクションだ。


 ということは……。


「アルセイフ様。あのお弁当箱は、使い捨てではなく、何度も使いますのでちゃんと持って帰ってきてください」


 たぶん彼は知らなかったのだろう。

 妻から作ってもらった弁当箱、食べ終わったあとどう処理すれば良いのか。


「俺が間違っているといいたいのか、貴様?」


 じろり、とアルセイフ様が私をにらみつける。


 だが私はまっすぐ彼の目を見て言う。


「はい。次からお気を付けくださいまし。何度も捨てられては、もったいないです」


 じーっとアルセイフ様が私をにらみつけたあと……。


「最初から、そういえば俺だって捨てなかった」


 と悪態をついて、自分の部屋へと戻っていく。まったく、素直にゴメンナサイ、次から気をつけるくらいいえないのだろうか。


 まあ、でもニュアンスからして、話を聞いてくれはしそうだ。


 ややあって。


 私たちは食堂で、向かい合ってご飯を食べている。


「おい」

「フェリアです。いい加減覚えてください、アルセイフ様。あと人をおいと呼んではいけません。人には親から与えられた大事な名前がおのおのにあるのですから」


「この……! 本当に貴様は口が減らないな!」


「あなたの言動が貴族的な常識から逸脱することが多いのが悪いのでは?」


「ぐっ……! 本当に貴様は嫌いだ!」

「あらそうですか」


 口調や振る舞いが粗暴なのは、仕方ないことだと思う。


 レイホワイト家は、元をたどれば平民の血筋。


 生粋の貴族でないので、あまりそういう貴族の枠組みにとらわれないしきたりが脈々と受け継がれてきたのだろう。


 この屋敷の中ではいいにしろ、社交界でこれはかなり致命的だと思う。


 いくら陛下の寵愛を受けているとはいえ、あまり貴族らしからぬ振る舞いはよくない。


 とくにこのコッコロちゃん……もとい、アルセイフ様は家の中でも特に口調が乱暴すぎる。


 外でも絶対に同じことしてるな、これは。やれやれ。


「それで、どうしました?」


「そうだ貴様。昼間の弁当。あれはなんだ?」


「なんだ……と言われましても……何か問題でも?」


「ああ。貴様、俺の苦手なモノをわざといれたな!」


 苦手な食べ物……。


 ああ、そうか。人間誰しも好き嫌いがあるもの。旦那様の苦手なものを把握せずにいれてしまった、私の落ち度だ。


「それは大変申し訳ございません。反省し、次回からは気をつけます」


「まったくだ!」


「差し支えなければ、苦手なモノをお教えくださいまし」


「フンッ……! まあいい。よく覚えておけ。一度しか言わぬぞ」


 いいか、と指を立ててアルセイフ様が言う。

「ピーマンだ」

「ピーマン……」


「にんじん。パセリ。タマネギ。それから……」


 ……この人。野菜嫌いすぎる。

 子供か、と思ったが、そういえばこの人私より年下だった。


「おいぼんやりするな。覚えたのか?」


「はい。ピーマン。にんじん。パセリ。タマネギ。アスパラ……」


 私は彼が苦手だと言ったものすべてをそらんじた。


 ぽかん……とアルセイフ様が口を開いている。


「なにか?」

「いや……ふ、ふん! 少しばかり記憶力に優れるからって、調子に乗るなよ!」


 どうして男の人は、女が何かしたらすぐ、調子乗るなとマウントを取ってくるのだろう。バカみたい。


「ではアルセイフ様。明日のお弁当はご期待してください」


「ああ、二度と俺の嫌いなモノをいれるなよ」


    ★


 翌日の夜。


「貴様ぁあああああああああああああ!」


 乱暴にドアが開くと、アルセイフ様が憤怒の表情を浮かべながら帰ってきた。


「おかえりなさいませ」


「おい貴様! なんだ今日の弁当は!」


 鞄から弁当箱を取り出して、地面にたたきつける。


「ものをたたきつけてはいけません。ボールではないのですから」


「やかましい!」


 しかしちゃんと今日は弁当箱を持って帰ってきた。よしよし。良い子だ。骨を……って、コッコロちゃんじゃなかったっけ、この人。


 私は弁当箱を持ち上げて中身をチェックする。


 大半が残されていた。


「お残しは感心しませんね」


「バカ! 野菜を入れるなと昨日あれほど注意しただろうが! 忘れたのか!」


「覚えてましたよ」


「じゃあなぜ入れた!」


 ……本当に子供だなこの人。コッコロちゃんのほうがかしこいぞ、やれやれ。


「あのですね、アルセイフ様。お野菜は体にとても良いのです。食べると体調が良くなります」


「だからなんだ!」


「私はアルセイフ様が健康であられますよう、あえて、お野菜を入れたのです」


 口から入ってくるモノが体を構成する。


「食べ物のバランスはすなわち、バランスの良い、健康的な体を作ります。あなた様は騎士なのです。いついかなるときも人民の前にたち、剣となって敵を切り、盾となって人を守る。不健康な体で人が守れますか?」


「う……ぐ……」


 この人は態度が粗暴だが騎士としては立派だ。


 朝と寝る前に鍛錬を欠かさない。

 仕事には遅刻しない。


 ニコを通して聞こえてくるうわさも、見た目は怖がられるけど、しかしちゃんと仕事はしてるみたいだ。


 騎士としての自分に誇りを持っているのだろう。で、あるならそこにかこつければ、言うことはある程度聞いてくれるはず……。


「健康な体を保つため、これからも私はきちんと野菜の入ったバランスの良い食事を作ります。あなた様は残さず食べてきてください。いいですね?」


「…………」


「アルセイフ様。人からの問いかけに無言を貫くのは、社会では悪とされています。肯定なり否定なりをしてください」


「ああくそ! わかった! 食べれば良いのだろう!」


「ええ、その通り」


 うぐぐ……とアルセイフ様が歯がみしたあと、ふんっ! と鼻を鳴らす。


「やはり貴様は嫌いだ。口うるさいし俺に命令ばかりする! 妻のくせに!」


「どうぞお嫌いになられてください。ただ、私は命令してるのではありません。注意してるだけです。注意されるような態度を取る、あなた様がいけないのだと思います」


「ぐ……! ぎ……! こ、のぉ……!」


 きゃんきゃんと吠える姿は、やはりコッコロちゃんを彷彿とさせられ、癒やされる。


「ほら、アルセイフ様。お夕食の時間に遅れますよ」


「だれのせいで……!」


「すぐ人のせいにしてはなりません。自らに非があるかもしれないと考えて行動したほうが、よりよい結果を生みます」


「うるさい! くそ! 本当に口の減らない女だ! 俺は貴様が嫌いだ! ふんっ!」

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